神=全知全能という仮定のもと
神に
「神がもちあげることのできない石を作れるか」
と言った場合
もしその石を作れたなら
神にもちあげられない石があるので
神は全知全能ではない
もしその石を作れなかったら
神は持ち上げられぬ石を作れないので全知全能ではない。
この理論一見矛盾しているような感じもしますが
納得できますし
やはり神などというものは存在しないのでしょうか?
もしくは存在したとしても全知全能ではないのでしょうか?
皆さんの意見を聞かせて下さい
霊的現象というのは、
ま、因みに現場で関わってる人間の感想は全て一致して情緒・感情の純化された塊を認識しているんです。
因みに神にも『わたくしが好む好まない』という事象への評価判断力の基準がある。
其れを持ってして次への活動が存在する。
何に由来して情緒や感情が霊であるか
存在という発生の(この宇宙に限らず)究極の大本を知りたいだけの私にとっては、
何故エネルギーと経験・記憶の集積が意識を持ったとして、其処に情緒・感情等が宝物の様に全てを判断する材料になっているのか
解りません。