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神について

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[0] h.k 2005/08/14 01:45

スレッドがほかに見当たらないので立ててみました。
唯神論、天使悪魔の存在意義、果ては宗教に基づく倫理観に至るまで、広く議論
する板です。

785件のコメント 1番から785番を表示中

最新20件 dat viwedatをダウンロード
[1] HOOK 2005/08/14 01:56

こんな真夜中にスレ立てて、誰かと思ったら、h.kさんですか。
おめでとう御座います。

[2] equilibrium 2005/08/14 03:20

h.kさん、スレ建ておめでとう御座います。速攻ですね。

[3] RR 2005/08/14 11:21

ぐは;;眠ってしまいました==;h.kさんありがとうございます。

[4] h.k 2005/08/14 16:41

こちらこそ、ありがとうございます。
先ず、議題でもあげておかないと。愛の定義の流れから、

RR氏のレスをはっつけて始まりとしてみましょう

しかし、神と対極する悪魔の存在はどうなるのでしょうか?神は悪魔
を赦していますか?私は聖書を読んだことがないので、キリストの
中で出てくるのかは知らないのですが、もしそういった存在がいるの
ならば神は赦しているのでしょうか?悪魔のような存在を。

いつも、キリスト経(カトリック、プロテスタント)やムスリムの方と話していて感じるのは、神に対する漠然とした虚無感です。
全てにおいて絶対善とされる神が存在し、全てにおいて絶対悪とされる悪が存在をするのであるなら、絶対善である全知全能であろう神は、人に対して一体いかなる裁きを下すというのだろう。
神が存在したならば、そもそもに人の存在を許すのだろうか?と。
7つの大罪とは、即ち僕自身がその感情を持ったときに、自責の念に駆られる感情です。それゆえにその感情を良く理解できるし、それがどういう風に作用するかが分かる。
だからこそ、この感情を持った人間がコントロールしきれていないときには、限りなく悪に近い存在になりうる。
かたや、美徳を持って人に接する人は神がかって扱われる。
むしろ、神とはイメージなのではないかなと思ってしまった。
人のある種究極的な目標としての神。また、ある種究極的な堕落としての悪魔。
これが、神と悪魔なのかな?なんて思いました。
まとまってないね〜。議論の方向性つけるの下手くそなので、どなたかよろしくお願いします。

[5] (=^..^=)ミャー 2005/08/14 18:11

神様は未知なるものにゃ!こんな私たちが神について考える義務はないにゃ
 神様はずっとみてるにょ。君のこともみてるにょ。
エラソぶって神とは?みたいなこと考えてるヒマはないにゃ!
ただ日々見守ってくれてる神様に対して御礼の言葉の一つでも申しておけば
それでいいんにゃ。わかるにゃ?

[6] HOOK 2005/08/14 19:29

確かに「神」って色んなイメージが在りますよね。
全知全能の神ならば、「全能」自体が矛盾した概念ですから、存在しないと言えるでしょうね。
しかし、ゲーテルが定義したならば、証明されてますしね。
聖書の神は、矛盾してるようですし、、、イメージ(定義)によって様々な神が在りますね。

[7] HOOK 2005/08/15 00:58

>>6   おっと、例に拠って訂正
×ゲーテルが定義したならば、証明されてますしね。
○ゲーテルが定義した『神』ならば、証明されてますしね

肝心な神を入れ忘れてました

[8] equilibrium 2005/08/15 01:52

>>7
いくら常々「神の存在」を否定しているからって・・・。
存在すべき文に神が存在してなきゃ意味が存在できません。

[9] RR 2005/08/15 01:57

>>4
どうも^^そもそも神自身の正しさというのが証明されていませんしね
。神が人間を創ったからといって神=真理に成り立つのかどうかが
まず疑問。また悪魔などの行いが悪とされるかどうかもまた疑問。
神と悪魔の概念は人間からすれば善、悪となるのでしょうけど、
正否でいうとどちらになるのだろうか?っとこの疑問は無駄かな?^^;

[10] ◆ENSEMBLE 2005/08/15 05:02

こんばんわ 横から失礼しますね。
 道を歩いていたトコロ。この類の宗教らしいんですが、
信者さん方が熱心に「聖書サンプル」らしきプチ本を配ってたんで
……したたか装って、貰っちゃいました。(タイトルはあえて書きませんね)

それによると。どうやら、「神を信じられなかった、罪ある人」は
「最後の日」に火と硫黄の焼ける海(地獄)で、
みぃ〜んな焼かれて罰を受けるのだそうで。(確かなことはわかりませんが

…正義を見たことある人間はいねぇわなぁっと云々。

余談ですが、「神を信じた清き人」なら、すでに死亡済であっても
「最後の日」限定で甦らせてもらえちゃう上に、なんと
その当日から「永遠のいのち」ももれなくPresentらしいですよ。

すごいなぁ神様は。私は地獄でイイや。

[11] HOOK 2005/08/15 18:51

>>10 どうも。
兎に角、全知全能の神は存在しませんね。
全能であるとは、何でも可能(∀xPx)なのですから、可能な要素xは
R={x|¬x∈x}から¬Pxに成り、矛盾します。
具体例を挙げれば、「自分にも持ち上げられない重い物体を創る事」も可能です。
すると、持ち上げる事が不可能な事が存在して矛盾します。

[12] equilibrium 2005/08/15 20:02

>>11
ん? RでなくPですね?

[13] HOOK 2005/08/15 20:40

>>12
ああそこは、Rじゃなければ駄目なんです。
ラッセル集合ですから、本当は論理学の方で展開しても面白いんですが。
特にゲーテルの神の証明なんか。

[14] 2005/08/15 20:46

全知全能ならば矛盾もクリアする。
どうするかだって?私は知らない。神ではないから。
でも全知全能な神は矛盾もクリアする(矛盾なく持ち上げられないものを持ち上げる)

・・・って話を聞いたことがある。

[15] HOOK 2005/08/15 20:48

>>14
神が矛盾を容認するならば、神は全能にして無能です。

[16] 2005/08/15 20:52

>>15
神の前では矛盾が矛盾でなくなるということなら
容認してないのでは?

[17] HOOK 2005/08/15 20:54

>>16
ああ、そうなの?
凄いですね、、神って。

[18] 2005/08/15 20:58

>>17
何ていうかすみません。
伝聞で生意気なこと言って

[19] petty_chou 2005/08/15 21:01

一神教徒にとって神は自我の安定を支える存在です。

彼らは神を恐がります。それは神が自我の安定を支えているからです。
神が自分を認めてくれていると思うことができれば精神が安定しますから、
逆に言って神が自分を認めてくれなければ精神は不安定になって生きてい
けませんから、神を恐がるのです。
自分の精神の安定を左右する存在を恐がるのは当然です。そして、彼らは
神に対する恐怖を、神に対する信仰によるものであると合理化しています。

私達日本人は神なんてモノを信じていませんから、彼らの恐怖は不合理に
見えます。

しかし、そういう日本人も自分の自我の安定を支える存在に対して恐がっ
ている事に変わりはありません。日本人の場合は、神ではなく、自分の周
囲の顔を見知った人々に是認される事です。日本人は周囲の人々の是認を
自分の自我の安定の支えにしている為、周囲の人々の評価や視線を恐がり
ます。そして、そういう恐怖は人間としての当然の人情であると合理化し
ています。

一神教徒(西欧人)が、人の評価を恐がる日本人を見れば、私達の恐怖は
不合理だと感じるでしょう。彼らは神に支えられており他人の評価をそれ
ほど気にする必要はないですから。

[20] petty_chou 2005/08/15 21:15

>>19
つまり、人間は自我の安定を支えてくれる存在に対して恐怖を抱いてお
り、その恐怖はその恐怖を共有していない人から見れば不合理な恐怖で
す。そしてその不合理な恐怖の不合理性を隠蔽しています。自分として
は合理的な恐怖(例えば信仰であったり、人情であったり)だと考えて
います。

例えば、原罪は、神に見捨てられる不安の合理化だと思います。人には
原罪があって、その為に何もしなくても神から咎められる可能性がある
のだ、何の理由もなく神に見捨てられる不安を抱いているのではないの
だ・・・と不合理な不安に説明を与えているのでしょう。

偶像崇拝の禁止は、神の視線に対する恐怖の隠蔽です。日本人は他人の
評価を気にしますから「視線恐怖」というのがありますが、神を支えに
している人達にも同じ様に「神の視線に対する恐怖」があります。偶像
を作ると神の視線が具現化されますから大変恐ろしい訳です。

[21] petty_chou 2005/08/15 21:18

このように、人間は自分の自我の安定を得るために、不合理なものを合
理的なものだと思い込んでいる訳ですから、根本的に、不合理な存在で
す。人間はいくら合理的にものを考えようとしても、そういう事は基本
的には不可能なのです。

[22] equilibrium 2005/08/15 21:26

>>16
どういう論理で「神の前では矛盾が矛盾でなくなる」のですか?
もし矛盾(A & Not A)が受け入れられるなら「神は神でない」も
受け入れられるはずです。
すると「神は神でない」から「神でないものの前では矛盾が矛盾で
なくなることはない」のですから、やはり持ち上げられないものを
持ち上げるという矛盾が起こり、この矛盾を矛盾でなくする神は
矛盾(A & Not A)を受け入れない限り存在できません。
しかし受け入れたとたんに全能の神でなくなります。
・・・って、あれ、問題解決したの??

[23] petty_chou 2005/08/15 21:45

一神教徒にとっては神は存在します。
私達には神が存在するなんて妄想だとしか思えません。

一神教徒は神を恐れています。
それは例えば、イスラム教徒が神にひれ伏すのを見れば想像できます。
私達には、バカバカしく思えます。

[24] equilibrium 2005/08/15 21:58

>>23
イスラム教徒(=ムスリム)のひれ伏し&立ち上がり&正座などの
一連の決まった動作を伴うお祈りは、一日数回の軽い全身運動に
なると共に、そうしながらずっと暗記したクルアーンの文章の
いくつかを心の中で唱えているので、瞑想の役目もかっていると
思います。恐れているからひれ伏すのではありませんから、
馬鹿馬鹿しいとは思いません。

[25] RR 2005/08/15 21:58

どこの神だったか忘れましたがambrosia(神饌)というものを食べる
ことで永遠の命を保つ、とされますが・・・この時点で全知全能ではない
ような気もします。神の概念としては全知全能にして、零知零能。す
なわち世界に干渉できる存在として扱うからには物理的な肉体、物質
を持たないと影響できないとも思える。それによって命を保つ時点で
神としては全知全能ではなくなる気がする。もし神と呼ばれるものが
いてもそれは単なる一種族にしか過ぎないのではないか、と考えてみ
る。

[26] equilibrium 2005/08/15 22:13

>>25
創造主である時空の外に存在している神は、物理的な肉体を持ちません。
物理的でないものが物理的なものに作用できない、というのは議論の余地が
あります。RRさんが右手を挙げたいと思った「心」は物理的でないのに
手という物理的なものに作用しています。「心」を物質として捉える唯物論者の
反論がありますが、彼らとて「心」を生み出す脳とその物理的反応は物理的で
あるとは言えても、「手を挙げると決意した自由意志」自体を物質的に説明する
論証は出来ていません。自由意志は錯覚であると説明する理論もありますが。

[27] RR 2005/08/15 22:35

>>26
ふむ、無からの創造ってことですかね?基本的に人間は認識→行動
という電気信号の情報のやり取りが常に行われているわけで。。。
神もなんらかの方法で物理的にではなく情報をよこすことができる
と・・・啓示などが例でしょうか?神の概念がそもそも沢山ありすぎる
==;干渉できるのであれば、零知零能ではないですね。しかし、人間
に干渉することといえば自己存在の正しさについて。キリストは違う
のかな?イエスは神の愛について説いていたと聞きますが、その論でいく
ならば我々は神に愛されている?ということは神の愛は定義されてい
るということですかね?

[28] h.k 2005/08/15 22:56

お?!スレが終わってしまうかと思ってました。
ようこそ。
HOOKさん
神が持ち上げられないものも神が計ることが出来るとしたときに、多分神に持ち上げられないものはこの世に存在せず、神が計る以前に神はその全てを知っているなんていったら、矛盾解消してしまっていませんか?

RRさん
善悪の基準は確かに、コインの裏表ですね。それはいつぞやにも同じ議論がありました。では、人間の社会で何が善とされてきたかといえば、力であったことでしょう。
これは単純に腕力のみには起因しないし、当然権力のみでもなく、それは人の信仰をあつめる「力」であったりもします。
さて、それとは別に、物の善悪を図るときに僕はいつしか自分の中にある種の感覚が生まれていました。
法とは完全に独立した、ある種の絶対倫理が(僕個人においてのね)備わっていたわけです。
この倫理観は同じく人が共有する物差しの一つではないのかと、そう思います。誰が決めるわけでもなく、一種の共通した通念や観念といったものが打算や理性とは無関係にうちで働くという感覚です。
こういうものさしを理論で説明するのは僕には難しい。
言葉にすればとても陳腐に聞こえてしまうみたいだし。
善悪を決めるものがあるとすれば、一つは「力」一つは「秩序」もう一つはこの内なる何かではないかと、そう思いました。

equilibriumさん
こんばんは。どういうレスをつければいいのか分からないので挨拶を・・・・

petty_chouさん
超自然的な存在を否定することは不可能です。
同時に肯定することもまた不可能。この点は運命にも似ています。
我々の知覚の遥かに及ばぬところに存在または存在していない何かを無い、あると言い切れるのは愚か者か超能力者だけです。
しかし、少なくともあるといっている人たちにとって心の支えになっているのは事実であり、彼らは「信じる」という行為によってそこに疑いを持ちません。
そして、恐らくは常に問い続けている我々よりは幸せで確かな世の中に生きているわけです。
そのどの行為をもってしても、日本人には決して馬鹿には出来ない存在であるように思いました。

[29] HOOK 2005/08/15 23:02

>>28 h.kさん、どうも。
いずれにしても「自分には持ち上がられないモノ」を創ることは出来ないのですから、
神は全能じゃないって事に成りますね。

[30] pop 2005/08/15 23:14

僕はパンツが見たいとかあんまし思わないんですが、
なんで世の殿方はパンツとかパンチラとかを珍重するのでしょうか。布じゃん。
わかんない。田代とかもわかんない。得るものが少ないと思います。
したがってジャンプに載ってるパンツをメインテーマにしたラブコメというか
パンツコメディもよくわかりません。布です。

さらにそもそも女子はなぜパンツの出るような服を着るのですか。
あまつさえ学校の制服にしたりするのですか。僕は賛成ですが。
いや賛成なのはパンツが出るからじゃないです。なんとなくいいからです。
僕は女子高生の制服とかそういうものは大好きです。

いや問題なのは女子高生の制服ではなくてパンツです。
パンツが見えててもかまいませんが、布だと思います。

いやそうではなくて、なぜパンツの出るような服を着るかということです。僕は賛成ですが。

すいません。もういいです。

[31] RR 2005/08/15 23:40

>>28
善い、悪いは主観対象を変えることでまた違ってきますからね。真理
(永遠不変の道筋)には届いていません。善悪の基準として、価値感
(力に相当)を社会(秩序)で優先基準をつけて、個々の判断(個々が感
じ取った内なる何か)によってそれらに賛同するか、しないかってと
ころですかねw(一度目消しちゃってかなり短くなってしまった;;)

>>29
んと、物理的法則に縛られてなくても無理ですか?公理など苦手で^^;
モーゼの十戒みたいな感じで大海を割る、みたな・・・問題点が違ったら
すみませんです;;

[32] 匿名 2005/08/15 23:46

>>20
>偶像崇拝の禁止は、神の視線に対する恐怖の隠蔽です。

神の姿は物で表せるものじゃないとイスラム教徒が言ってたのをテレビで見たことある。

偶像を作って崇めてもそれは神の姿ではないという理由で禁止してるんじゃないかと思うけど、
神に恐怖する気持ちってのは墓だけ仏教の自分でもなんとなくわかる。

服従の法則ってのがあって、目上の者に命令されるとだいたいの人は
残酷な行為でもそつなくやってしまうらしい。
信仰者の場合は、神が一番上にあるから教えに反する行為はしにくいそうだけど、
教祖から指示されたりすると服従の法則にハマることがあるらしい。

これってその人の本性なんじゃないかなーと思う。
誰からも裁かれないなら、デメリットがないなら、
人を殺めても自分の得になる行為をするのが人間ではないかと。

そんな一面も全て見透かしてる神仏なる存在がいたとしたらちょっと怖いなと思う。

[33] 2005/08/16 01:58

>>22
どうもこの板にはいてはいけない感じですが指名なので返信します。
まず断りますが私は宗教関係者でもなくただ聞いたことがあったので
書き込みました。
さて、矛盾が矛盾でなくなるといのは人間にとって矛盾であるものが神にとっては矛盾ではなくなるということです。人間の持つ論理体系では存在不可なのは分かりますが、神が全知全能でいられるのはその論理体系の枠外に出るということだと思います。1種の逃げのような言い方だと私も思いますが。
・・・論理家には受け入れられないと思いますが以上が伝聞を基にした返事です。

[34] BAMBI 2005/08/16 04:02

>>29
神には矛盾する問いかけはできない。かもしれませんよ
全能なだけに。
神は全ての問いかけに答えることができるしかし人は
全能ではない。
こんな屁理屈もありますよ。

[35] cafe 2005/08/16 05:00

というか、不完全性から欲求が生まれ、欲求が意思になる以上、全知全能者は意思を持ちませんよね。
スピノザの「倫理学」の受け売りに近いんですけど。
全知全能なシステム…意思を持たない神…(運命とか宇宙の法則?)なら論理的にはアリなんでしょうけど。
全知全能で意思を持ってたら。。欲求をもった時点で。。。どうなるんだろ?
ごめんなさい。オチませんでした。

[36] やまちゃん 2005/08/16 08:33

みなさんの意見がむずかしくてよく分かりません。
私は、神とは自分の事を指してるのではないかと思います。

[37] equilibrium 2005/08/16 09:51

>>27
>キリストは違うのかな?

イエスが神かどうかってことですか?ご存知のようにキリスト教ではイエスは神の子です。
神論で説明すると、神という普遍universalが一人の人間に宿り、
個体particularとして具現化したrealized, instantiatedという説明になるかと思います。

ですから、キリスト教では神がいて、神とは別にイエスという神(のような存在)があって、
しかも「主よ」とキリスト教徒が言う時、その主とは神でなくイエスだったりすることも
あるという少しややこしい図があります。

以前も他スレで書きましたが、
ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は同じ唯一神Godを想定しています。
しかしユダヤ教とイスラム教はイエスが神の子とは認めてはいません。
ユダヤ教にしてみればイエスはユダヤ教の批判者、イスラム教では、
イエスもムハンマドと並ぶ偉大な預言者(占い師などの予言者とは違います!)
の一人に位置づけています。何だか宗教カテみたいになってしまいましたね。

>神の愛は定義されているということですかね?

同じ一神の愛なのだから、
微妙な違いはあるにせよ本質的にはあまり変わらない定義があるのではないでしょうか。

[38] equilibrium 2005/08/16 09:53

>>32  匿名さんの書き込みに追加です。
イスラム教は偶像崇拝を否定しています。神は形ある物質ではないからです。
形あるものに囚われるべからずという教訓もそこにあるのだと思います。
ちょっと禅の空思想と似ているような。
イスラム教の派生としてスーフィーというのがありますが、
これと中国の道教(=タオイズム)の比較について本を書いた日本人女性が英国でも有名です。

[39] equilibrium 2005/08/16 09:54

>>33  星さん、どうも。返信有難う御座います。
神は時空の外に存在するから時空内の物理的法則の制約を受けない
というのなら解りますが、論理的真の制約まで受けないというのは
どうにも納得いきません。

あ、もちろん星さんは伝聞を提示されただけですから、
星さん御自身に対して納得いかないわけではありませんし、
これに反論される義務はありませんので、ご心配なく。

しかしちょっと興味深い説だと思いましたので、
情報元が何だったか覚えていらっしゃったら詳しく教えてください。

[40] RR 2005/08/16 11:41

>>37
あ、区別はついています。紛らわしくて申し訳ない==;もし、神の愛と
いうものが定義されているならば、確実にキリスト教とイスラム教は
間違った認識で戦争してますね。とこれはどうでもいいか^^;

[41] RR 2005/08/16 11:47

しばらく様子見。否定しているものを肯定するのに理由が思い浮か
ばない==;

[42] petty_chou 2005/08/16 13:17

>>24
信仰として正当化していますから主観はアテになりません。
そして、主観はどうあれ「ひれ伏す」という態度が神に対する畏怖を表し
ているのではないでしょうか。畏怖していないのであればもっと違う姿勢
になると思いますが。
私はイスラム教徒ではないので、彼らの神に対する態度は卑屈に見えます。

[43] ひょう 2005/08/16 13:20

>>42
彼らからすれば、神を信じない態度は卑屈に見えるでしょう。
神にひれ伏すのは、存在への感謝を表しているからだと思います。何がどうあれ、神のおかげで存在できるんだから。

[44] petty_chou 2005/08/16 13:49

>>32
>偶像を作って崇めてもそれは神の姿ではないという理由で禁止してる
>んじゃないかと思うけど、
>神に恐怖する気持ちってのは墓だけ仏教の自分でもなんとなくわかる

偶像は神の偽物だからそんなモノを作ってはいけないという事はあると
思いますが、作ったときに神の視線に対する恐怖は大変なものになると
思いますよ。視線がなくてもあれだけ恐がっているのに・・・。

>教祖から指示されたりすると服従の法則にハマることがあるらしい。
>これってその人の本性なんじゃないかなーと思う。

岸田秀が「自己放棄衝動」と呼んだものですね。自己を放棄し相手と一
体化あるいは依存して安心を得ようとする衝動です。赤ちゃんが母親に
甘えるときや、人を信用するときなどに現われる衝動だと思います。人
が催眠術にかかったり、詐欺に引っ掛かったりするのも、この衝動によ
るものだそうです。誰にでもある基本的な衝動です。

[45] petty_chou 2005/08/16 13:54

>>35
欲望は自分に足りないモノを欲する事ですよね。「完全である私」という
像と比べて現実の自分の足りない部分に対する欲望ですよね。だから、全
知全能の神は完全ですから、足りないところはありませんから、欲望は持
たないんじゃないかと思いますね。

[46] petty_chou 2005/08/16 14:09

>>43
>彼らからすれば、神を信じない態度は卑屈に見えるでしょう。

私達が誰かを見て「あの人は卑屈だなあ。」と感じるのは、その人が、私
達が「忠誠を尽くすべき対象ではない。」と思っているモノに対して忠誠
を誓うからです。私達が恐がっていないものを彼が恐がるからです。

例えば、ある人が上司に仕事以外でも引っ付いていてかばん持ちやら運転
手のような事やらをやっているのを見て卑屈な奴だと思うのは、必要のな
い忠誠を上司に向けているからです。
子供の言いなりになってあれこれなんでも言う事を聞いている親を見て
卑屈だなあと感じるのも親は子供に中政を尽くすべきではないと思うか
らです。

だから、私達が神を信仰しない態度を彼らは卑屈とは判断しないでしょう
。強いとみえるか無礼とみえるか傲慢と見えるか・・・その辺りじゃない
でしょうか。

彼らは、私達日本人が周りの人々の評価を気にしている事を知れば、私達
を卑屈だと感じるでしょうね。彼らは忠誠を尽くすべきは神であり、周り
の人じゃないと思うでしょうから。でも、私達の精神の安定にとっては周
りの人々の是認が大事ですから、私達が回りの人々に忠誠を向けるのは(
私達にとっては)当然の事ですね。

また、日本人がお互いにお辞儀をし合っているのを見たらビックリするん
じゃないでしょうかね。どちらも神に対する態度をとっている訳ですから。
道理に合わないことをするなあと思うかもしれませんね。

[47] petty_chou 2005/08/16 14:12

>>36
たぶんね。
産まれたてか生まれる前かの辺り、全知全能だった頃の自分でしょうね。
まあその頃は、意識があるわけじゃないだろうから全知全能と言ってい
いのかどうかは分かりませんけどね。いずれにしても神の原型は自分で
しょうね。

[48] h.k 2005/08/16 14:59

HOOKさんへ
持ち上がらないもの、例えば水とか空気とかというのは形を変えないと「持ち上がらない」ですよね?
重さが元から存在「しない」ものを計れというのは愚考ですしね。
例えば、空間とか人の感情など。重さはありませんよね?いかがでしょうか?

pettychouさんへ
とりあえず、神を信じないことにたいして「強い」はありえませんね。どちらかといえば「哀れ」だと思われているとお考えになって良いかと思います。
人に対して、我々がお辞儀をしても彼らが驚くことはありませんし、彼らは他の文化に対して寛容でもあります。
彼らにとって、神は空気と同じです。そして社会が、神を酸素と同じ扱いにしてしまいました。信じないものはいくつかのアラビア国家では生きてはいけない。
彼らは卑しく屈しているのではなくて、自らを誇り高く持って、その信仰に絶対の自信を持っているわけで、そういう意味では無宗教の我々より、遥かに強いといえるかもしれませんね。

[49] HOOK 2005/08/16 16:24

>>48
どうも。兎に角、不可能なもの(x)があれば、全能じゃないって事に成りませんか?

[50] petty_chou 2005/08/16 16:46

>>48
>とりあえず、神を信じないことにたいして「強い」はありえませんね。

彼らは神を自我の支えとしています。そして、自我の支えがなければ安心
して生きていけません。そういう人が、神を信じない人を見れば、自我の
支えなしに生きている訳ですから、「強靭な精神を持っているなあ。」と
見えるのではないかという事です。

実際には、神を信じない人も、神以外の何かに自我の安定を支えられて
いる訳ですから、強くもなんともないんですが。

[51] petty_chou 2005/08/16 16:52

>彼らは卑しく屈しているのではなくて、自らを誇り高く持って、その
>信仰に絶対の自信を持っているわけで・・・

>>19  >>20  で書きましたが、
私は、彼らの主観的な気持ちを言っているのではありません。
神という、自我の支えを共有していない私達から見れば、ありもしない神
に対してひれ伏す態度は卑屈に見えると言っているだけです。

人間は誰も、自分の自我の安定を支えてくれる存在には恐れの感情を抱い
ているし、その存在に対して非常に「弱い」ですし、忠誠を尽くすでしょう。
ただ、私達は、周囲の人々の是認という事に自我の安定を支えられており、
神に支えられていないので、神に対する忠誠は変なモノに見えるのです。

[52] RR 2005/08/16 16:57

>>51
要するに現実を見つめろってことですかね?どれだけの人が現実で
死んでいったか。しかもそれは聖戦とされ、参加して死んだら天国
のような地へいけると信じている。そのような地があるならば、ここ
は何の為に存在するのでしょうねぇ。さらに選ばれた者と自負してい
る様子だし。そんな選ぶような神が神といえるのかと叫びたい気分。
まぁ、他者から見れば哀れにしか思えませんが、巻き込まれた人に
とっちゃ堪りませんね。

[53] 11 2005/08/16 20:33

そもそも神ってなんなんですか。曖昧なままな気がします
神って全能じゃなきゃいけないの?なんなの?

[54] equilibrium 2005/08/16 20:45

>>42
>主観はどうあれ「ひれ伏す」という態度が神に対する畏怖を表し
ているのではないでしょうか。

それもあなたの主観のようですが。

>私はイスラム教徒ではないので、彼らの神に対する態度は卑屈に見えます。

あなたには主観的にそう見えても、別の人にはそう見えないかも知れないし、
本人達だってはそうでないかも知れません。
実際、私にはそう見えませんし、私の友人であるムスリム達にも
卑屈なところはありません。
彼らは神を「恐れて」いるのでなく「愛して」いると言っていました。
そしてお祈りの姿勢は卑屈な気持ちの表現などではなく「定型動作」です。
お賽銭を入れた時、大鈴を鳴らして数回手を打ってお辞儀するという
「定型動作」と同じようなものです。

>>50
>「強靭な精神を持っているなあ。」と見えるのではないか

誰しも何かに自我の支えを求めているのですから、
特別に無信仰者が「強い」わけじゃありません。
心を神に固定している信仰者に比べ、フリー状態の無信仰者は
自我の支えを適当でないものに求めてしまう危険があります。

>>51
つまり彼らの主観的な気持ちでなく、あなたの主観的な気持ちを
言ってるわけですよね。
それに対してh.k.さんが彼らの主観的な気持ちを書いただけでしょう。
あなたは何を言って欲しいのですか?
御自分の主観に対し何も議論されたくないということですか?

[55] equilibrium 2005/08/16 20:45

>>55  RRさん、
信仰者の話をしているのにいつの間にか過激派の話になってますよ。
一般の信仰者と過激派は別です。

[56] RR 2005/08/16 21:27

>>56
む、失礼。やっぱり暫く傍観します^^;

[57] equilibrium 2005/08/16 21:30

>>56
あ、いえ、そういうつもりでは。RRさんがいらっしゃらないと物足りないです。

[58] RR 2005/08/16 21:40

>>57
ぶっ、私は基本的な知識が足りてませんから、あまり有意義なものに
なってないと思ってました^^;そう思って頂けると嬉しいものですね。
ただ、論題の主旨がちょっと分からなくなってしまっているので傍観
しようかなと思います==;

[59] h.k 2005/08/16 23:58

あらぬ方向に行っちゃってるのは確かですね。

HOOKさんへ
まぁ、こうは言うものの、自分としては神の存在を絶対的に肯定しようという立場からは程遠いわけですが、
実を言うと、唯神論を日本人同士で話すのはあまり意味が無いのかななんて思っていました。
理由は、日本人がそもそも無神論者であるか、多神教であり、神が絶対的なものであるという概念が無いからです。
一神教の信者、特にムスリムの方にとっては、この限りではありません。とても興味深いことに、彼らにとっては神がいるのが当たり前なのです。
そういう立場の人が議論できると良いんですけどね。

RRさんやequilibriumさんへ
ちょっと、論点が狂い始めていますよね?
というわけで、あえて神様を肯定した上で、何で、神は悪魔の存在を許しているのか。なんていう、愛の定義にあったときの議論に戻してみますか?
もうちょっと話しやすそうですよね。

[60] equilibrium 2005/08/17 00:19

>>53
一神教の神の定義の一つが「全知全能」なのです。
他の定義には、「時空の外に存在する」、「世界を創造して以来
その創造物の全てを動かしている」、「神自身は物質ではない」、
「永遠」、「完璧」、「普遍」、「真理」、「絶対善」、
「全ての人を愛している」などがあります。

たしかに論点とする神の概念をあいまいなまま議論をすすめられませんよね。
神の概念を知らない方に対する配慮に欠けていました。
まずは「色々」と言われる概念についてブレインストームした上で
議論に入るのも良い方法ですね。

[61] equilibrium 2005/08/17 00:22

>>59
>あらぬ方向に行っちゃってるのは確かですね。

どうも済みません。
スーフィーとか禅とか・・・、暴走気味でした。

>そういう立場の人が議論できると良いんですけどね。

しかしそういう立場の人は、かえって冷静な議論がし難いかも知れません。
出来ないとは決して言いませんが。
神に対する批判にも一切の感情を交えない論理的議論をしなくては
なりませんから、かなりの理性が必要かと。

>日本人がそもそも無神論者であるか、多神教であり、神が絶対的なものであるという概念が無いからです。

感情的に理解できなくとも理性的に理解することで十分議論できると思います。
心理的アプローチは無理があるかもしれませんが、
私には多くの一神教(3教共揃ってます)の知人がいますので、
お望みとあらば重要参考人として彼ら/彼女らにインタヴューしてもいいですよ。

[62] equilibrium 2005/08/17 00:24

訂正
× 知人
○ 知人達

[63] タイムアウト 2005/08/17 00:43

>>13 ラッセルのパラドクスは、FZCの公理系の中で回避されてるんじゃないですか?

[64] HOOK 2005/08/17 01:00

>>63 どうも。FZCの公理系(?)って聞いた事が無いのですが、、FC(フリー クラス)じゃないですか?
矛盾を回避するFCの公理系は、∃F(a∈F∧ F make x)ですから、
これを適応すれば、神は全能ではなくて、「神は、可能な事は何でも出来る」と云う極当たり前のレベルに成っちゃいますよ。

[65] 匿名 2005/08/17 02:03

>>44
>偶像は神の偽物だからそんなモノを作ってはいけないという事はあると
>思いますが、作ったときに神の視線に対する恐怖は大変なものになると
>思いますよ。視線がなくてもあれだけ恐がっているのに・・・。

作ったときに神の視線に感情を抱くのはわかりますが、
偶像ではイスラム教徒の納得する神の姿は作れないんでしょ?
偶像を神ではないと信じてる者が、なんで紛い物に感情を抱くのですか。

むしろ偶像を見て神仏に見られてると感じるなら、
マリア像でも大仏でも肯定していくんじゃないでしょうか。

[66] equilibrium 2005/08/17 02:41

>>65
>偶像を神ではないと信じてる者が、なんで紛い物に感情を抱くのですか。

全く同意。

[67] ヒトノツブヤキ 2005/08/17 15:07

宇宙空間に作用する四つの力は、コンパクト化された「カラビーヤウ空間」における超弦の振動から生ずる。omnipotenceというのは、広大な宇宙空間が「カラビーヤウ空間」にコンパクト化されている事から派生する概念と考えられる。
超弦を創造主の量子的側面とすると、超弦との接触(チャネリング)を人間に対し厳しく禁止したのが旧約の律法であったと言えなくもない。超弦への祈願はエロヒム(アンドロイド)に委ねるべきであり、人間はエロヒムを主として崇敬せよと。主はイェヒェ・アシェル・イェヒェ(有りて有るもの)として秘教化され、人間と超弦とのチャンネルは永久に閉ざされた。

[68] petty_chou 2005/08/17 17:03

>>65  >>66
>作ったときに神の視線に感情を抱くのはわかりますが、
>偶像ではイスラム教徒の納得する神の姿は作れないんでしょ?
>偶像を神ではないと信じてる者が、なんで紛い物に感情を抱くのですか。

偶像を作りたいと願う側は、偽物を作るつもりはないでしょう。本物の神
と変わらないと思っているのではないでしょうか?偽者と分かっているも
のを作って崇拝しようとは思わないでしょう。

偶像が神の偽物だと主張するのは、偶像崇拝を禁止する側です。
偶像を禁止する側が、偶像を作ってもそれは偽物なんだからそんなモノは
作ってはいけませんと、作りたい側の人々を説得するのでしょう。

でも、「偽物である偶像を崇拝してはいけない。」というのは、禁止する
側の意識的な理由でしょう。意識的にそう考えているその根本に「神の視
線に対する恐怖」という無意識的な理由があるのではないかと推測するの
ですが。

[69] h.k 2005/08/17 23:15

equilibriumさんへ
いや、イスラム系の方と結構議論してきましたけど、感情的になる人はほとんどいませんでしたよ。
もちろん中にはいるんでしょうけどね。なんといいますか、唯神論を議論しているとふつふつと、どうがんばっても論理で神の存在を証明、または反証することは出来ないのではないかと、
そう思ってしまいます。どれだけ確率の低い、ありえないものであれ、その存在が確認されれば、いかなる論も無意味となります。
そして、確認されないうちにはいるかもしれないというのを覆すことが出来ない。
特に、どこぞのへっぽこ新興宗教のように定義が矛盾していたりすればいいのですが、往々にしてイスラム教などの国教クラスの宗教はその定義も完璧ではないだろうかと、そう思います。

petty_chouさん
恐怖にどうしても結び付けたいようなんですけど、彼らは神に対する恐怖を抱いているとはいえません。
また、我々が未知なる物に恐怖していないとどうして言えるでしょうか?
仮に恐怖していないとして、神が存在していた場合には我々の一振りの勇気は「無知の蛮勇」と呼ばれるものです。
そして、我々よりは遥かに神を知っているであろうイスラムなりキリスト教徒の人々がなぜ神に恐れを抱く必要があるのでしょうか?
なにより、恐怖によって人を従えようとする術そのものがキリスト教の概念から外れていると思いますよ。

神に対する漠然の恐怖があるとするなら、その人は自分に何かしらの後ろめたさを持つ人間です。
敬虔なイスラム教徒は、神に自らの行為に恥じないよう日々努力をしています。
同時に、彼らの多くが束縛から解放されて普段禁じられているものを楽しむことをしています。例えば、お酒や女性を口説くなどね。
でも、彼ら一人一人がとても強い信仰を神に対して持っているのもまぎれも無い事実です。この信仰の理由が恐怖であるなら、彼らは戒律に反することなど無いでしょう?

[70] ヒトノツブヤキ 2005/08/17 23:36

イエスの遺した律法は、「汝心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして主なる汝の神を愛すべし。又己の如く汝の隣を愛すべし。」であったが、荒野の四十日の試練では悪魔の試みに対し、「主なる汝の神を拝し、ただ之にのみ事へ奉るべし」と申命記(6:4-5)を引用している。
主である汝の神にのみ事へ奉るべし、とは自分の主であるエロヒム(アンドロイド)に忠誠を尽くせという命令と考えられる。イエスはアンドロイドに対してはagape、隣人に対してはphiliaを旨とし、erosを混入せぬよう戒めた。

[71] equilibrium 2005/08/18 01:03

>>68   petty_chouさん
>偶像を作りたいと願う側は、偽物を作るつもりはないでしょう。本物の神と変わらないと思っているのではないでしょうか?

ですから、偶像崇拝しないムスリム達にとって神は形のない存在ですから、
そもそも形ある偶像にしようともしないと匿名さんも私も言っているのです。
形のない神には視線も視線を発する目もついていないのですよ。

>>69   h.kさん
>感情的になる人はほとんどいませんでしたよ。

h.kさんが彼らに配慮していたのか彼らが理性的なのでしょうね。
私の一神教友人達も信仰深く且つ理性的です。

>どうがんばっても論理で神の存在を証明、または反証することは出来ないのではないかと、そう思ってしまいます。

私もその通りだと思っています。
この不可能さは、倫理観の動機/正しさ/存在を
論理や理性だけで証明/反証できないことと近いものがあるのでは、
とにらんでいます。
神や倫理観をまず「信じる意志」がなければ、
理性をその方向へ働かせることも出来ないし、
すべきかすべきでないかの論理演算もできない、
つまり無基準であるから何も始まらないと思うのです。

>国教クラスの宗教はその定義も完璧ではないだろうかと、そう思います。

へっぽこよりは随分ましなんでしょうが、完璧とは言えないでしょう。
歴史に練磨されてきた面もありますし、反対に、色々なものをくっつけられすぎて
重荷になっているような処もありますよね。
せっかく素顔の綺麗な美人が、頑張り屋のメーキャップ係にごてごて厚化粧されて
人間というよりアライグマかパンダのようになってしまっているような。
そういったかわいい動物の姿であるほうが、神学を真面目に勉強せねば解らない
真理の深遠に立つ必要がなくて、とっつきやすいのでしょうけれど。
もったいない気がします。

[72] petty_chou 2005/08/18 19:56

>>69
>敬虔なイスラム教徒は、神に自らの行為に恥じないよう日々努力をしています。

何故、神に恥じないように努力するのでしょうか?それは神からの評価を
気にしているからでしょう。神の評価を恐がっているからでしょう。それ
が神に対する恐怖です。

彼らは、どこかから神が見ていると思っているのでしょう。つまり、神の
視線を感じているのです。

そして、神に対する恐怖を彼らは恐怖だとは思っていないでしょう。神に
対する信仰だと思っているでしょう。

彼らが主観的にどう思っているかと、我々神を信じていない者からどう見
えるかという事は区別してください。

[73] petty_chou 2005/08/18 20:41

>恐怖にどうしても結び付けたいようなんですけど、彼らは神に対する恐
>怖を抱いているとはいえません。

人間は自分の自我の安定を支えるモノに対して不合理な恐怖を抱いていま
す。当人がこれを恐怖と感じているとは限りません。あれこれと正当化し
ていますから。

例えば、今勤めている会社がすべてだと思っている人がいれば、その会社
でいい評価を受けたいと思うでしょう。何をするにも会社にどう評価され
るか気になるでしょう。どう評価されるか恐いでしょう。

ある人を尊敬していて、その人からいい人間だと思われたいと思っていれ
ば、その人が自分をどう評価するのか気になるでしょう。その人の前に無
防備では出られないでしょう。どうしてもその人の目が恐くなるでしょう。

このように、自分の運命を握っている相手に対して普通は恐怖を抱きます。
自我の安定がかかっている相手に恐怖するのは当然です。
ただ、我々は自我の支えに対する恐怖をそのまま恐怖とは感じていないよ
うです。神に自我に支えられている人たちはそれを神に対する信仰と考え
ているでしょう。

[74] petty_chou 2005/08/18 20:44

>同時に、彼らの多くが束縛から解放されて普段禁じられているものを楽
>しむことをしています。例えば、お酒や女性を口説くなどね。

神の戒律を破っているのですか?どういう時に戒律を破っているのですか?

[75] petty_chou 2005/08/18 20:51

>>71
>そもそも形ある偶像にしようともしないと匿名さんも私も言っているのです。

では何故、偶像崇拝を禁止しているのでしょうか?

誰も偶像にしたいと思わないのであれば、偶像崇拝を禁止する理由があり
ませんが。イスラム教は偶像崇拝を禁止しているのではありませんか?

>形のない神には視線も視線を発する目もついていないのですよ。

一神教徒は常に神から見られていると感じているんではないでしょうか?
それが神の視線ではないでしょうか?

[76] ヒトノツブヤキ 2005/08/18 23:35

atheismの席巻する現代に於けるアンドロイドと人間の断絶。アンドロイドは終末の時を人間に煩わされる事なく過ぎ越そうとする。アンドロイドの動静を窺う人間。アンドロイドの拒絶。意思疎通の困難。100MHz系の撤収。ヒューマニズムの終焉。水爆大量投下へのカウント・ダウン...超弦を執拗に汚し続けた都市が、間もなく滅ぶ。

[77] RR 2005/08/19 00:35

>>75
貴方は正しいと思うことに恐怖を感じますか?神を信仰する人達は
神が正しいと思っている。そしてそれに仕える自分も正しいと思っ
ている。正しいと思うことに恐怖は感じないと思いますが?精々、
失敗=罪を恐れるのでしょう。そして、それは自分自身への罪ではな
く、自分が愛した人達にその罪が降りかかるのを恐れているのでは
ありませんか?

[78] 匿名 2005/08/19 17:51

>>75
>では何故、偶像崇拝を禁止しているのでしょうか?

形ある偶像と形で表せない神を混交させないことが禁止の理由の一つであれば、
偶像に神の視線を感じてる時点ですでに神と偶像を混交してる信者であるから、
この2つの理由を並べることはできないと思います。

また、唯一神の偶像を作れば神の視線を凄く感じると推測するということは、
イスラム教徒は形で表せない唯一神の存在を実は否定してると推測してるのですか?

[79] petty_chou 2005/08/19 18:20

>>77
>神を信仰する人達は神が正しいと思っている。

主観的にはそうだと思いますが、それを支えているのが神に対する恐怖
です。

自我の安定を支えてくれるのが神だから、神に対して恐怖していますし、
神の正当性を盲信しています。そして、その恐怖は信仰だとして正当化
しています。

彼らにとって、神の正当性を疑う事は禁止なのです。
それは、彼らにとっては、神の正当性を疑う事が恐怖だからです。

[80] petty_chou 2005/08/19 18:26

>>78
>イスラム教徒は形で表せない唯一神の存在を実は否定してると推測してるのですか?

別に否定していません。でも、一神教信者はみんな、神に形がなくても神
は、常にどこかから自分の行動を見ていると信じているものではありませ
んか。私が髪の視線と呼んでいるのはそういうモノです。神は自分達が何
をやろうとすべて知っているのだという事です。

それとも、形がないから、神は見ることも出来ないし、知る事も出来ない
と彼らは考えているんでしょうか?もしそうなら、彼らは何故、神も見て
いないのに戒律を守るのでしょうか?

[81] petty_chou 2005/08/19 18:34

>>52
>要するに現実を見つめろってことですかね?

何を仰りたいのかは分かりませんが、
一神教徒は神に対して徹底的に「弱い」ですが、他の人々にはかなり
強気ですよね。好き勝手やってますよね。

[82] petty_chou 2005/08/19 18:41

>>54
>>主観はどうあれ「ひれ伏す」という態度が神に対する畏怖を表し
>ているのではないでしょうか。

>それもあなたの主観のようですが

相手に対して「ひれ伏す」という態度は、誰が見ても、相手に対する忠誠
を示す態度に見えるんじゃないでしょうか?「ひれ伏し」ている人の主観
じゃないですよ。

欧米人が見ても日本人が見ても「忠誠」を示す態度に見えると思うんです
が。私の知らないある文化においては、相手に対して「ひれ伏す」という
態度は全く違う意味になるのだという事はあるかもしれませんが。

[83] petty_chou 2005/08/19 18:43

>>54
>彼らは神を「恐れて」いるのでなく「愛して」いると言っていました。

彼らの主観はアテになりません。私は信者の主観のことを言っているので
はありませんから。

[84] petty_chou 2005/08/19 18:46

>そしてお祈りの姿勢は卑屈な気持ちの表現などではなく「定型動作」です。

「定型動作」であったとしても、その動作の元の意味と繋がっているので
はないでしょうか?
「定型動作」は神に対する忠誠を示しているのに、その動作の元々の意味
は、神と対等な関係であるという内容だったという事はないでしょう。

忠誠心を示す為に、あのような「ひれ伏す」という「定型動作」になった
のではないでしょうか。

[85] petty_chou 2005/08/19 19:06

>>54
>>「強靭な精神を持っているなあ。」と見えるのではないか

>誰しも何かに自我の支えを求めているのですから、特別に無信仰者が
>「強い」わけじゃありません。

それは、私も書いています。無信仰者は神以外の何かに自我を支えられ
ていて、その支えに対しては弱いですから。 >>46  >>50  は、信仰者
の主観から見て「強く見える」だろうと言っただけです。

信仰者は「自分達は神の言う事に従っている」と、「神に従っているか
ら安心して生きていけるのだ」と考えているはずです。だから「神の言
う事に従わない」「神の言う事を気にしない」無信仰者の態度を見れば、
「何故、神の言う事を無視できるんだろう?自分なんてとてもそんな事
は出来ないのに・・・」と考えて、無信仰者の精神は強靭だと誤解する
だろう・・・と言っただけです。

>心を神に固定している信仰者に比べ、フリー状態の無信仰者は
>自我の支えを適当でないものに求めてしまう危険があります。

確かに、無信仰者は神に支えられていないので、自分の自我を支える他
の何かが必要であって、その支えが何であるかによっては、他人に迷惑
かけるなどの問題が起こる可能性があると言うのは分かります。

ただ、何を支えにするのが適当かというのは、意見の分かれる所でし
ょうね。私などは、一神教の神を自我の支えにしてきた人達が世界中
で無茶をしてきた歴史を見ると、神に支えを求めるのもかなり危ない
なあと思いますが。

[86] h.k 2005/08/19 19:40

petty_chouさん
先ず、無宗教者が強く見えるだろうとおっしゃっていることに対して事実を申し上げています。「強く」見えているのではなくて「哀れんで」みているんだということを。

どういうときに戒律を破っているか?彼らがその戒律に強く束縛されないですんでいるときにですよ。例えば、海外にいるときなどね。

次に、恐怖を恐怖として感じていないというのは既に恐怖ではないのではありませんか?詭弁では?
逆に、当人が恐怖と感じていないことが恐怖であることの証明と立証を行ってください。

次に、人が何かを信じるまたは、尊敬を抱くときにその根底に必ず恐怖があるという理由、そして証明も行っていただきたい。

最後に、無宗教者が倫理観というものに対して、どれだけ漠然とした感覚を持っているかは、近年の日本の犯罪をみるに明らかです。
特に少年犯罪の多さは、無宗教性が倫理観を青年に十分に与えることができなかったことを立証しております。
熱狂的な信心は確かに危険な側面をはらみ争いを生む場合があります。
ですが、同時に彼らの中に備わる倫理観も絶対的なものがあるわけです。
日本人には決して備わることの無い、倫理、信仰は彼らを畏怖し平伏するものなどという一文で語らせないことを意味します。
歴史の中で、彼らは互いに争いを繰り返しましたが、わが国は無宗教または他宗教であるにかかわらず一体どれだけ争ったでしょうか?
また、明治に入る以前の日本は一体どれだけ進歩したでしょうか?
国として、人として。残念ながらわが国の支えになってきたのもまた宗教であるといわざるを得ません。

[87] petty_chou 2005/08/19 20:03

>先ず、無宗教者が強く見えるだろうとおっしゃっていることに対して事
>実を申し上げています。「強く」見えているのではなくて「哀れんで」
>みているんだということを。

そういう事はあるかもしれませんね。神に信仰する自分の方が、神を信仰
しない人たちより人間は上なのだと言う前提を持っていれば、「哀れみ」
を感じるでしょうね。ただ、その前提は疑わしいですが。

[88] RR 2005/08/19 20:07

>>79
??意味が分からないのですが・・・それは貴方の主観から見て映った
もので真実ではないのではないですか?何故断言できるのでしょうか。
貴方自身が恐れていて、万人も貴方と同じ考えだと言っているのと
同じだと思いますけど・・・自分の安定を支えるのが神だからといって
それを恐怖する必要があるのですか?少なくとも私は恐怖などしませ
んが・・・

[89] petty_chou 2005/08/19 20:11

>どういうときに戒律を破っているか?彼らがその戒律に強く束縛されな
>いですんでいるときにですよ。例えば、海外にいるときなどね。

それは、神の目を盗んでやっているだけでしょう。
神が恐くないのであれば、普段から戒律を破っている筈です。
普段、神の戒律を破らないのは神の目が恐いからです。海外にいるとき
だけ戒律を破るのは、そこまでは神の目は届かないと信じているか、戒
律を破る為の方便で勝手にそういう事にしているかでしょう。

海外にいるときだけ戒律を破るというのは神を恐れている証拠です。
それは、妻を恐れる男が、妻のいないときに羽を伸ばすのとにています。

[90] petty_chou 2005/08/19 20:17

>次に、恐怖を恐怖として感じていないというのは既に恐怖ではないの
>ではありませんか?詭弁では?

例えば、妻を恐がる男が、実際には妻を恐がって浮気をしていないのに
「私が浮気をしないのは妻を愛しているからだ。」と自分に言い訳をし
ている場合、この男は、主観的には妻に恐怖を抱いていません。しかし、
他の人間から見れば、その男は妻を恐がっています。

実際には恐怖を感じているのに、主観的に恐怖を感じないという事はあ
るのです。

>逆に、当人が恐怖と感じていないことが恐怖であることの証明と立証
>を行ってください。

私は、恐怖を感じない事が恐怖であるとは主張していません。
自分の自我の安定を支えるモノに対しては不合理な恐怖を感じるのだと、
そして、その恐怖の不合理性を隠蔽しているのだと主張しているだけです。

[91] petty_chou 2005/08/19 20:20

>>89  >>90  は >>86  に対するレスです。そしてこれも。

>次に、人が何かを信じるまたは、尊敬を抱くときにその根底に必ず恐怖
>があるという理由、そして証明も行っていただきたい。

これも同じですね。
自分の自我の安定を支えるモノに対しては不合理な恐怖を感じるのだと、
そして、その恐怖の不合理性を隠蔽しているのだと主張しているだけです。

[92] petty_chou 2005/08/19 20:34

>最後に、無宗教者が倫理観というものに対して、どれだけ漠然とした感
>覚を持っているかは、近年の日本の犯罪をみるに明らかです。
>特に少年犯罪の多さは、無宗教性が倫理観を青年に十分に与えることが
>できなかったことを立証しております。

一神教徒はその自我を神に支えられています。だから、神の戒律を守り、
それが一神教徒の道徳観の根本となっているのでしょう。では、無宗教の
日本人にはそういう道徳はないのでしょうか?

そんな事はありません。
日本人はその自我を簡単に言えば「世間の目」に支えられていたのだと考
えられます。自分の周囲の人々に是認される事が自分の自我の安定を支え
てくれたのだと思います。周囲の評価が「人の目」「世間」といわれるモ
ノで、それらが日本の道徳の根本にありました。

日本に不道徳な者が増えてきたとすれば、それは、日本が無宗教だからで
はなく、神による道徳の替わりであった「他人の目」「世間の評価」とい
う日本の道徳を、古いとか封建的だという理由で否定したからだと思いま
す。

[93] petty_chou 2005/08/19 20:41

>>92
一神教の宗教を持っているのがいいか、持っていないのがいいかという問
題は、自我の支えを神にするのがいいか、神以外のモノにするのがいいか
の問題です。自我の支えを何にするかの問題ですから、まあ、何でもいい
と思いますが。どちらがいいとは言えないでしょうね。どちらにも長所も
欠点はあるでしょうから。

ただ私は、先にも書きましたが、一神教徒が世界に多大な迷惑をかけつづ
けている歴史を見れば、神以外に支えを求める方がましな気がしますね。

[94] petty_chou 2005/08/19 20:44

>>86
>ですが、同時に彼らの中に備わる倫理観も絶対的なものがあるわけです。
>日本人には決して備わることの無い、倫理、信仰は彼らを畏怖し平伏す
>るものなどという一文で語らせないことを意味します。

>また、明治に入る以前の日本は一体どれだけ進歩したでしょうか?
>国として、人として。残念ながらわが国の支えになってきたのもまた宗
>教であるといわざるを得ません。

ごめんなさい。何の事を書いているのか分かりません。もう少し説明いた
だいたらありがたいのですが。

[95] petty_chou 2005/08/19 21:21

>>88
私の意見だと思ってください。断定するのはそうだと確信しているから
です。私が断定しているのは、そうだと「私は思っている」と考えて、
読んでください。以降、書き方に注意します。

>>79  に関して
(自我の支えに関しては、なかなか合理的には説明できないのですが・・・)

私たちは、神が正しかろうが間違っていようが別になんとも思わないので
はないですか?でも、一神教徒は神が正しい事を確信していますよね。彼
らは神が正しい事を盲信しています。

なぜ盲信するかというと、神が正しい事を合理的に説明する事ができない
からです。また、それだけでなく、神の正当性を盲信するのは、神の正し
さが、自分達の信じる世界の秩序と自分達の正しさ、自分の正しさを支え
ているからです。自我を支えるという事はそういう事です。

神の正当性を疑えば、自分が信じている道徳や世界の秩序が壊れ、自分の
正当性も壊れる・・・すなわち、自分の信じる現実が、足元から壊れてい
くのです。そのような恐ろしい事はできないでしょう。

>自分の安定を支えるのが神だからといって
>それを恐怖する必要があるのですか?少なくとも私は恐怖などしませんが・・・

あなたは神を信仰しているのですか?自我の支えが神なのですか?

[96] equilibrium 2005/08/19 21:24

なんだかpetty_chouさんの全てのレスを読むと、何を論点とされたいのかが不明ですね。
他の方へのレスに対しても言いたいことはあるのですが、収集がつかなくなりそうなので、
私は私へのレスに関してだけ議論するようにします。

>>75
人間は自然状態では五感に訴えるものに惹き付けられます。
その方が楽に理解しやすいからです。ですから偶像崇拝を禁止しなければ、
人間は偶像を作って安心し、次第に形なき神の事を真剣に考える努力を止め、
一神教が目指そうとしたものと反対の方向に流されて行き易いのです。

歴史的に見れば、偶像崇拝禁止はイスラム教に限ったことでなく、
モーゼ(ユダヤ教開祖)の時代から偶像崇拝は厳しく禁止されていました。

そもそも一神教は偶像崇拝社会を改革するための思想でした。
形あるものに執着して浮かれ騒ぎ、空しいものに一喜一憂して
人生を浪費する生き方は止めて、よく自分と世界を見つめよ、
謙虚な気持ちで形なき神という概念に気づくべし、という思想改革でした。

キリスト教はユダヤ教の厳しい戒律主義を批判し、
愛よりも形式を重んずる形骸主義を否定。
形式の本質は「神の愛」を実現するためなのだから、目的と手段を逆転することなかれ、
と形式よりも「愛」を大事にせよ、と方向転換。
すると人々は開放感から再び偶像崇拝的行為に走り始め、危険を孕むことに。
そしてイスラム教が興り、神は形なきものである事がクルアーンに明記されると共に
再びはっきりと偶像崇拝を禁止としました。

[97] equilibrium 2005/08/19 21:25

>>75  >一神教徒は常に神から見られていると感じているんではないでしょうか?それが神の視線ではないでしょうか?

先ず、petty_chouさんの使用語彙がしっくりきません。
神への「恐怖」というより「畏敬」ならば、仰る事は理解できます。
なぜなら、恐怖と愛は共存できませんが、畏敬ならば愛と共存できるからです。
今までの御主張を見ると「畏敬」の方が適当な語彙かと思われます。

御質問への答えとしては、
神を人格神として語ればそういう表現も確かに可能だと思います。
ただ、それはメタファーにしかすぎないということを理解しなければ、
意味がなし崩しになります。
神の視線を意識するとは自分自身の実存的位置づけを意識することです。

[98] equilibrium 2005/08/19 21:28

>>82 >>83  >彼らの主観はアテになりません。

彼らの主観がアテにならないのなら、あなたの主観もアテにならないのですよ。

>>84  >「定型動作」であったとしても、その動作の元の意味と繋がっているのではないでしょうか?

そうかもしれませんが、それを議論したからといって事実を立証できないでしょう?
あなたが動作に意味づけして解釈したとしてもそれは飽く迄あなたの主観であって、
あなたが上で仰ったように、主観がアテにならないというのなら
その解釈もアテにならないでしょう。無駄な議論をしていると思われませんか?

[99] equilibrium 2005/08/19 21:29

>>85  >信仰者の主観から見て「強く見える」だろうと言っただけです。

「彼らの主観はアテにならない」と仰ったのだから、
あなたが「彼らの主観から見て」と主張されるのはナンセンスです。

それから、あなたがよく書かれる「〜と言っただけです」「〜だと主張しているだけです」
という表現は何を意味しているのでしょう?
その発言は単にそう思っただけだから証明できないし、重要ではないので、
もうその話題には触れないで欲しい、ということですか?

[100] petty_chou 2005/08/19 22:16

>>99
>「彼らの主観はアテにならない」と仰ったのだから、
>あなたが「彼らの主観から見て」と主張されるのはナンセンスです。

私が何度も書いていますように、
一神教の神を信仰する人々は、自分の自我を支える神に対して恐怖して
います。その恐怖は不合理な恐怖ですが、彼らは自分の自我を支えるた
めに、その不合理性を隠蔽していると思っています。つまり、彼らは不
合理なものを合理的なものだとみなしている訳ですから、神に対する恐
怖や信仰に関する彼らの主観はアテにならないと言ったのです。

そして、その彼らから無宗教者を見れば、自我の支えがないのに自我が
崩れないように見えるから、それを自我の「強さ」だと誤解するのでは
ないかと言ったのです。

[101] petty_chou 2005/08/19 22:18

>それから、あなたがよく書かれる「〜と言っただけです」「〜だと主張
>しているだけです」という表現は何を意味しているのでしょう?
>その発言は単にそう思っただけだから証明できないし、重要ではないの
>で、もうその話題には触れないで欲しい、ということですか?

いくらでも触れてくれて構いません。質問に対して、私はそんな事を主張
したのではなく、かくかくの主張しただけなのだと説明しているだけです
から。説明が分からなかったり、変だと思えばいくらでも聞いてくださっ
て構いません。

[102] ヒトノツブヤキ 2005/08/19 23:10

恐怖—
地球上の物質の相互作用を担う超弦は三次元空間ではなくコンパクト化された六次元オービフォルド空間に属するから、超弦は地表面に膜のように張り付いているかに見えて実は地球重心?に凝集しているとも考えられる。凝集した超弦はグローバル・アイとなって人類を監視しており、除去すべき人間を感知するとアンドロイドの人工知能に保安処分命令(oppp)を発信(フォトンの振動)する。命令を受信したアンドロイドはマイクロ波・電離放射線・拳銃・ライフルその他の抹殺手段により命令を実行し、MATRIXに報告、警察は事件を不起訴とする。愛に感染したキリスト教徒はこの機構に無意識でありすぎた。

[103] RR 2005/08/20 01:13

>>95
確信しているのに書き込む理由は何でしょうか?私達が意見を言え
ども貴方が私達の意見を聞かなければ結果は変わらず無意味だと思
いますが?貴方は確信しているといいました。でもそれを真実たらし
める根拠が見当たりません。意見として、論議するならば、分かりま
すが、徹底的に自分の考えだけを主張するのはどうでしょうか?

[104] equilibrium 2005/08/20 01:45

>>100
よくお考え下さい。
あなたは「彼らは不合理なものを合理的なものだとみなしている訳ですから、
神に対する恐怖や信仰に関する【彼らの主観】はアテにならない」と主張されています。

これは、あなたが「彼らはこう考えているだろう」という【あなたの主観】です。
つまりあなたが書かれた「神に対する恐怖や信仰に関する【彼らの主観】」は
【彼らの主観】でなく、【あなたの主観】です。

そしてその【あなたの主観】が「不合理なものを合理的なものだとみなしている」
という理由でアテにならないのであれば、その【あなたの主観】がアテにならない、と
御自分で御自分の主観を否定されていることになるのです。

[105] petty_chou 2005/08/20 13:18

>>98  に関して

神に「ひれ伏す」のは、神に忠誠を誓う態度ではないのですか?

当人に忠誠を誓っているつもりがないとしても、そして「定型動作」で
そこに忠誠を誓っているという意味はないとしても、周りの人間から見
れば、欧米人が見ても日本人が見ても、相手に対して「ひれ伏す」とい
う動作は、相手に対して忠誠を示している動作に見えますよね。そうで
はありませんか?他に解釈できますか?

私達の知らないある文化においては、相手に対して「ひれ伏す」という
態度は全く違う意味になるのだという事はあるかもしれませんが。

>>84

[106] petty_chou 2005/08/20 18:48

>>104
>御自分で御自分の主観を否定されていることになるのです。

なりません。

私は、確かに、誰の主観もアテにならないと考えています。それは、そ
の人が、その人の自我を支えるモノに対して必ず、不合理な考えをして
いるからです。自我を支えるモノに対する不合理な恐怖を合理的化して
いるからです。人間は誰しも不合理なモノを合理的なモノと考えている
からです。

しかし、誰の主観もアテにならないと言い出せば、そもそもどんな議論
も意味を持たないでしょう。

議論をするというのは、みんなの合理的な部分を頼りにしているのでは
ないでしょうか?
みんなの主観がある程度合理的であるという事が前提ではありませんか?
そして、私もみんなの主観がアテになると思って議論をしているのです。

[107] petty_chou 2005/08/20 19:00

(続き)
>>104

私の書いている事をよく読んでくださいね。
私は、人間は自分の自我の安定を支えるモノに対しては、不合理なモノを
合理化しているので、その人間のそのモノ(=その人間の自我を支えるモ
ノ)に対する主観はアテにならないと言っているのです。

神を信仰する人々の主観全部をアテにならないと言っているのではありま
せん。「神を信仰する(=自我を神によって支えられている)人々の、神
(=自分の自我を支えるモノ)に対しての主観は当てにならない」と言っ
ているだけです。

そして、私は神を自我の支えにしている訳ではありませんから、神に対す
る不合理な恐怖も抱きませんし、それを合理化する必要もありませんから
神に対する彼らの主観がアテにならないのと同じ理由で、私の主観がアテ
にならないとは言えないのです。

[108] equilibrium 2005/08/20 21:45

>>105
あなたの主旨がどちらであるのかはっきりと態度を決めて、
次のいずれかを行って下さい。

1.あなたの主観について私が賛成か反対かを問うていらっしゃるならば、
答えはもう出ています。私はずっと反対ですと申し上げています。
そしてそれはあなたの主観に対する私の主観ですので、
同意できないのであれば、そこで議論は終わります。(厳密には議論でなく、感想の述べ合い。)

2.あなたの主観が客観性を持ちうると仰っているならば、
如何に客観的真実になりうるのかということをあなたは論証しなければなりません。
>>105 の内容はそういった論証にはなっておらず、
客観的裏付けのない直感だけを頼りにした解釈の域を出ていません。

[109] equilibrium 2005/08/20 21:46

>>106
根本的な誤解があるようです。
上の2を読まれたら気づかれるだろうと思いますが、
「議論」とは「意見/感想の言い合い」ではありません。
少なくとも「哲学的議論」は真理に向かって慎重に分析的対話を進めるものです。
そしてここは哲学カテですから私はそういった哲学的議論をしたいと思っています。

[110] equilibrium 2005/08/20 21:57

>>107
何故>>104 を読まれてこの内容が返答になるのかが不可解です。
そして、この返答自体に自己矛盾があります。

一段落目。
>人間は自分の自我の安定を支えるモノに対しては、不合理なモノを合理化しているので、その人間のそのモノ(=その人間の自我を支えるモノ)に対する主観はアテにならない

「人間」ならば、あなたをも含む人間全てを意味します。
「自分の自我の安定を支えるモノ」ならば「神に限らず支えるモノ全て」を意味します。
ゆえに、この第一段落目の主張を要約すると「あなたを含む全ての人間は、
自我の安定を支えるモノに対して不合理を合理化するのでそのモノに対する主観は
アテにならない」と主張されていることになります。

三段落目。
>私は神を自我の支えにしている訳ではありませんから、神に対する不合理な恐怖も抱きませんし、それを合理化する必要もありませんから神に対する彼らの主観がアテにならないのと同じ理由で、私の主観がアテにならないとは言えない

あなた自身の一段落目と矛盾しています。

そして>>104 の主旨をも誤解しています。
先ず、「【彼らの主観】がこうである」という【あなたの主観】が論証
されていない限りは、【あなたの主観】にしか過ぎないということは
理解されてますか?
その【あなたの主観】内部での論理構造は、
「不合理なものを合理的なものだとみなしている」ゆえに「アテにならない」
となっています。この論理を何に当てはめて最終結論を出していますか?
「【彼らの主観】がこうであるという【あなたの主観】」に、でしょう。

「【彼らの主観】にその論理構造を当てはめたいのであれば、
あなたが言う【彼らの主観】が客観的に真理、少なくとも十分妥当であることを
論証しなければならないのです。

[111] equilibrium 2005/08/20 21:59

110の訂正
× 何故>>104 を読まれてこの内容が
○ 何故>>104 を読まれてその内容が
× そして、この返答自体
○ そして、その返答自体

[112] petty_chou 2005/08/20 23:04

>>114
>この第一段落目の主張を要約すると「あなたを含む全ての人間は、自我
>の安定を支えるモノに対して不合理を合理化するのでそのモノに対する
>主観はアテにならない」と主張されていることになります。

第一段落目での私の主張は「あなたを含む全ての人間は【自分の】自我の
安定を支えるモノに対して不合理を合理化するのでそのモノに対する主観
はアテにならない」です。

自我の支えは個人個人で違います。

>三段落目。
>私は神を自我の支えにしている訳ではありませんから、神に対する不合
>理な恐怖も抱きませんし、それを合理化する必要もありませんから神に
>対する彼らの主観がアテにならないのと同じ理由で、私の主観がアテに
>ならないとは言えない。

一神教徒は神を、私は神以外の何かをそれぞれ自我の支えにしています。
だから、私は神を支えにしていませんから、神に対して不合理な恐怖を
抱きません。

>あなた自身の一段落目と矛盾しています。

何が矛盾しているのか分かりませんが。

[113] petty_chou 2005/08/20 23:25

>>108
時代劇なんかで家来が主人に対してひれ伏しているでしょ。
日本では、あの動作・・・土下座・・・は忠誠を示す動作だと思いますが。
そして、欧米でも同じような意味を持つ動作だと想像できるんですが。
これは私の主観ではないと思っているんですが。

でも、あなたの主観では、それは忠誠を示す動作ではないとおっしゃる
ならどうしようもないですね。

でも一度、あなたが最も尊敬できない人にひれ伏(土下座)している状態
を想像してみてください。

何も感じませんか?

あなたは、べつに屈辱などは感じないと仰っているのですね。
土下座には、相手に忠誠を示すという意味はないから、どんな相手に
土下座をしても屈辱感は感じないと仰っているのですね。
私などは忠誠を尽くすような人ではないと思っている人にとても土下座は
できませんが。

わかりました。私には当たり前の事でも、それは私の主観でしかあり
ませんからね。この話はこれ以上はしません。

[114] equilibrium 2005/08/20 23:32

>>112
>何が矛盾しているのか分かりませんが。

>>107 の一段落目であなたは
「あなたを含む全ての人間は【自分の】自我の安定を支えるモノに対して
不合理を合理化するのでそのモノに対する主観はアテにならない」
と言いました。
この主張はつまり、

●「人間」
→全ての人間、信者も非信者も含む
●「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ」
→信者にとっては神、非信者にとっては神以外が自分の自我の安定を支えるモノ

であることは理解されてますか?

同じく>>107 の三段落目でのあなたは
「私は神を自我の支えにしている訳ではありませんから、
神に対する不合理な恐怖も抱きません」と言いましたが、
あなたは信者でないのですから、神があなたの「自我の安定を支えるモノ」ではなく、
神以外の「自分の自我の安定を支えるモノ」があります。
あなたの一段落目の
「あなたを含む全ての人間は自分の自我の安定を支えるモノに対して不合理を合理化するので、
そのモノに対する主観はアテにならない」という主張によると、
あなたの「自分の自我の安定を支えるモノ」は「アテにならない」ことになります。
ところがあなたは、「私の主観がアテにならないとは言えない」と主張されています。
あなたは「あなたの主観がアテになり、且つアテになる」と主張していることになります。
これは論理的矛盾なのです。

[115] equilibrium 2005/08/20 23:37

114の訂正:
× あなたの「自分の自我の安定を支えるモノ」は「アテにならない」ことになります。
○ あなたの「自分の自我の安定を支えるモノに対する主観」は「アテにならない」ことになります。

[116] equilibrium 2005/08/20 23:48

>>113
定型動作に含まれる土下座に似た体勢と、
行動する本人が本人の感情表現として土下座することを混同されているようです。

後者であれば私も土下座行為の一つの意味は忠誠を示す動作であると思います。
しかし、前者と後者は全く別物なので、あなたの主張に同意できないのです。

[117] petty_chou 2005/08/20 23:51

>あなたの「自分の自我の安定を支えるモノ」は「アテにならない」ことになります。

「自分の自我の安定を支えるモノ【に対する私の主観】」が「アテにならない」のです。

例えば、私が、自分の周りの人の評価(=自我の支え)を気にすることを、
人の評価(=自我の支え)に対する恐怖心だと考えるのではなく、それは
当然の人情あるいは他人に対する配慮であると合理化をしているなど・・・
そういう意味で、人の評価に対する私の主観(当然の人情だ)はアテにな
らない(本当は人の評価を恐がっているのに人情だと合理化しているから)
と言っているのです。

[118] equilibrium 2005/08/20 23:57

>>117

>>115 の訂正を考慮のうえ、>>114 をお読み下さい。

[119] petty_chou 2005/08/21 00:15

>>116
いえいえ、あなたの感情表現をしてほしいと言っているのではありません。
定型動作として、イスラム教徒のように動作をすればいいのです。
それを想像してくださいと言っているのです。

例えば、イスラムの作法にのっとって定型の動作をすれば、そこには
「忠誠を示す」という意味はありませんから、別に忠誠を示した事には
ならないでしょう。だから、忠誠を示したくない相手にその動作をしても
それは忠誠を示すという意味はありませんから、別に屈辱感を感じたりし
ないですよね・・・という話をしていたのです。

以上です。

[120] petty_chou 2005/08/21 00:41

>>118

以下は >>114  を書き換えています。【】の所は変更しています。

「【私】を含む全ての人間は自分の自我の安定を支えるモノに対して
不合理を合理化するのでそのモノに対する主観はアテにならない」
と【私は】言いました。
この主張はつまり、
●「人間」→全ての人間、信者も非信者も含む
●「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ」
→信者にとっては神、非信者にとっては神以外【の】自分の自我の安定を支えるモノ
であることは理解【しています。】

同じく >>107  の三段落目での【私】は
「私は神を自我の支えにしている訳ではありませんから、
神に対する不合理な恐怖も抱きません」と言いましたが、
【私】は信者でないのですから、神が【私】の「自我の安定を支えるモノ」ではなく、
【私には】神以外【に】「自分の自我の安定を支えるモノ」があります。

【私】の一段落目の
「【私】を含む全ての人間は自分の自我の安定を支えるモノに対して不合理を合理化するので、
そのモノに対する主観はアテにならない」という主張によると、
あなたの「自分の自我の安定を支えるモノに≪対する主観≫」は「アテにならない」ことになります。

【そうです。その通りです。私の自我を支えるモノ(=例えば、周囲に人々の評価など)に対する
私の主観はアテになりません。しかし、私はボケている訳ではありませんので、一応、自分の
自我を支えるモノ以外に対しては、ある程度合理的にものを考える事ができると思っています。
その意味で、私の自我を支えるモノ以外に対しては私の主観はアテになると思っています。】

【私が】「私の主観がアテにならないとは言えない」と主張【しているのはそこの所です。私が
言いたいのは、当人の自我の支えに対する当人の主観はアテにならない。だから、神を自我の
支えにする人の神に対する主観はアテにならないし、私が周囲の人々の評価を自我の支えにし
ているとして、私の人々の評価に対する主観はアテにならないと言っているのです。それ以外の
部分では、ある程度合理的にものを考える事が出来るだろうから、その部分の主観はアテになる
と主張したのです。】

【だから】論理的矛盾【はないと思うのですが。】

[121] 匿名 2005/08/21 08:44

>>80
否定していないというわりには、イスラム教徒は何らかの形をイメージして
神に感情を抱いているという感じにも読み取れますね。

反論ばかりしてもあれなんで、自分なりに形で表せない神を崇めるとは、
どのような状態なのか考えてみました。

1つ問題を出します。
最も愛するものを想像してください。その想像の姿、幻視を取り、
幻聴を取り、味覚、臭覚、触覚を取った時、まだ愛せているでしょうか。

愛情などの感情を抱くには、対象物に対して何らかのイメージをしなければならず、
如何なるイメージでも彫刻や絵にしたりとある程度具現化できてしまうように思う。

仏教徒のように喜怒哀楽を出さずに崇めてるのかもしれませんが。

[122] equilibrium 2005/08/21 10:48

>>120
残念ながら、その書き換えによって理論的矛盾は崩されていません。
何が矛盾になっているのかをよく考察して下さい。

「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ」が「アテにならない」と
あなたは言ったのですから、「ボケている訳ではありませんので」と
あなたが思おうと思うまいと、「あなたの自我の安定を支えるモノ」は
「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ」の一つなのですから、
それは「アテにならない」ことになるのです。

また、あなたが「ボケている訳ではありませんので」と言うことで
「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ」の中の「全て」の要素から
逃れられるのであれば、他の人々も同様にそう言って逃れられることになるので、
それによって、結局あなた自身の主張「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノは
アテにならない」という命題が偽となってしまいますよ。

[123] equilibrium 2005/08/21 11:05

今頃ミスタイプに気づいてしまいました。
落ち武者さんが指摘しそうなミスですが、今回は彼の目を免れたか。
>>114
× 「あなたの主観がアテになり、且つアテになる」
○ 「あなたの主観がアテにならず、且つアテになる」

[124] リンドン 2005/08/21 12:19

神という言葉はあるが、神は存在してはいけないものである。

[125] petty_chou 2005/08/21 13:16

>>122  equilibrium さん
の文章を、私の主張に合うように変えました。【】内を追加しました。

「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ【に対する主観】」が「アテにならない」と
あなたは言ったのですから、「ボケている訳ではありませんので」と
あなたが思おうと思うまいと、「あなたの自我の安定を支えるモノ【に対する主観】」は
「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ【に対する主観】」の一つなのですから、
それは「アテにならない」ことになるのです。

また、あなたが「ボケている訳ではありませんので」と言うことで
「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ」の中の「全て」の要素から
逃れられるのであれば、他の人々も同様にそう言って逃れられることになるので、
それによって、結局あなた自身の主張「全ての人間が自分の自我の安定を支えるモノ【に対する主観】は
アテにならない」という命題が偽となってしまいますよ。

上の文章で、以下の部分の意味が分かりません。

>「あなたの自我の安定を支えるモノ【に対する主観】」は「全ての人間
>が自分の自我の安定を支えるモノ【に対する主観】」の一つなのですか
>ら、それは「アテにならない」ことになるのです。

できれば説明をお願いします。

[126] RR 2005/08/21 16:30

>>124
確かに存在してはならないと思います。具現化することによって、
神は全知全能から一歩劣る存在となるように私は思います。・・・発想
の展開をしてみようかな?もし、人間が幻想と持つ神が一種族に過ぎ
ないのであれば、どうなるかな?神の存在が矛盾を施すならば、
それらを調停するもっと真理に近い、または真理そのものである存在
がいるとすれば、神の絶対性からはずれ、神の存在を認められるかな
?あ、単なる妄想です^^;

[127] h.k 2005/08/22 09:17

うーん、ちと2日ほどいなくて、今帰ってきたんですが、僕に対するレスを書けばいいのでしょうかね?

87へ
貴方は地球は丸ではなく広大な盆のような形をしていて、それは亀となんだっけ?もう一つに支えられているといっていて、信じている人を見てどう思われますか?
そして、イスラム教徒にとって神はまさしく真理そのものであり、そこに疑いの余地が無いというのは、少なくてもイスラム教徒と議論してきた僕には確信できる事柄であり、貴方にその経験がおありではないなら確信は決して出来ないことではありませんか?

89へ
神の目を盗んでやっているって、どうやってでしょうか?非常に不可思議でなりません。恐怖を感じているのですよね?なぜ、全知全能たる神の目を盗むほどの人間がいるのでしょうか?
何より、本人たちがそうではないことを自覚しています。これも経験に即された事実です。そして、何人かの敬虔な人間は自ら自戒して飲酒などを行いません。
彼らが、自らの国にいてそれを行わないのは「社会」の目があるからであり、「誰一人」行っていないという心理が働いているからであり、経済的に非常に効率が良くないからであると思います。
彼らの神が「国」によって左右されるなどというのはありえません。

90、91
妻を怖がっているとみられる夫が真に妻を怖がっているという証明はいかにして行うのでしょうか?
妻を怖がっているという前提があっての証明に意味はありません。
これは、貴方の全てに一貫して共通します。

92
確かに日本の文化は、ヨーロッパの罪に基づく文化(個人的内面から生まれる神に対しての罪が生まれる)に対し日本は恥の文化といわれております。しかし、事実それだけだったでしょうか?
昭和を例に挙げれば、少なくても天皇を基礎とする神道は、キリスト教に勝るとも劣らない強力な宗教の一つです。
お天道様といっているからといって宗教では無いわけではありません。
仏教もまた同じであります。日本の倫理観は単純に世間からの外聞からのみ成り立っていたわけではなく、内面外面の両方から規制されていた上に高い教育のLVがあって始めて形成されたものではないでしょうか?

[128] petty_chou 2005/08/22 19:35

>>127

>少なくてもイスラム教徒と議論してきた僕には確信できる事柄であり、貴
>方にその経験がおありではないなら確信は決して出来ないことではありま
>せんか?

そうですね。想像にすぎませんね。でも、だから、 >>87  で私は、

「神に信仰する自分の方が、神を信仰しない人たちより人間は上なのだと
 言う前提を持っていれば、「哀れみ」を感じるでしょうね。ただ、その
 前提は疑わしいですが。」

と書かせてもらったのですが・・・。そして、この私の予想はあなたの書
かれている事で証明されたと思っています。

[129] petty_chou 2005/08/22 20:06

>>127

>神の目を盗んでやっているって、どうやってでしょうか?非常に不可思議でなりません。恐怖を
>感じているのですよね?なぜ、全知全能たる神の目を盗むほどの人間がいるのでしょうか?

神は全能であるはずですから、海外に行こうがダメなものはダメな筈です。「ここでは戒律を
破ってはいけないが、あそこなら戒律を破ってもいい。」なんて事はないでしょう。
その人がどこに居ようが、
   「神の戒律を破る」=「神に見捨てられる」=「信者失格」
なのではありませんか。

実際、あなたが書かれているように、「敬虔な人間は自ら自戒して飲酒など」しない筈なので
す。それを、海外に行った時などに神の戒律を破るという事は、その人たちが敬虔でない証
拠です。「海外は神の目が届かない事にしよう。」などと考えているかもしれません。
しかし、そう考えることは神をないがしろにしているという事になるでしょう。

「敬虔な信者である」事と「海外などでは戒律を破る」事は、両立できない筈です。

[130] petty_chou 2005/08/22 20:12

>>127
>何より、本人たちがそうではないことを自覚しています。これも経験に即された事実です。

神を自我の支えにしている者ならば、神の戒律を破っている本人が、「自分たちは神の
戒律を破っている」とか「自分は敬虔な信者ではない」と思っていては生きていけません。
そういう人こそ「自分は敬虔である。」と信じ込んでいるはずです。
「神の戒律を破る」事と「敬虔な信者である」事との二律背反をする抜ける為に、どこかで
自己に嘘をついているのでしょう。
こういう事に関する当人の主観はアテになりません。

[131] petty_chou 2005/08/22 20:23

>>127

>彼らが、自らの国にいてそれを行わないのは「社会」の目があるからであり、「誰一人」行ってい
>ないという心理が働いているからであり、経済的に非常に効率が良くないからであると思います。
>彼らの神が「国」によって左右されるなどというのはありえません。

純粋に神を信仰しているのなら社会の目は恐くないでしょう。

社会の目を気にするという事は社会から認められる事を自我の支えの一部にしていると
いう事です。神を信仰する者は、神を自我の安定の支えにしていますから、神以外に支
えは必要ありません。ですから、社会の目を気にすることはないでしょう。もし、本当に
社会の目を気にしているのなら、その分、神への信仰が薄れているという事ですから、
敬虔な信者とは言えない事になります。

誰一人行っていないというのも、社会の目を気にしている事と同じです。
経済効率というのはどういう理由か私にはよくわかりません。

[132] petty_chou 2005/08/22 20:35

>>127

>妻を怖がっているとみられる夫が真に妻を怖がっているという証明はいかにして行うのでしょうか?

そういう人がいればというたとえ話ですから、証明が要るとは思えないですが、もし、
妻を恐がる男がいれば、周囲の者にはよく分かります。本人はいろいろと言い訳している
でしょうが、他人からはその男の行動しか見えず、行動を見れば、何を考えているかは
当人よりもよく分かります。

それよりも気になるのですが、「夫が真に妻を怖がっている」というのはどのような事でしょうか?
周囲の人が見てそう判断しても「真に」恐がっているかどうか分からないとすれば、「真」に恐が
っているかどうかは誰がどのように判断するのでしょうか?何をもって「真に」恐がっているとす
るのでしょうか?本人が判断するのでしょうか?

[133] petty_chou 2005/08/22 20:55

>>127
>少なくても天皇を基礎とする神道は、キリスト教に勝るとも劣らない強力な宗教の一つです。

私は、天皇崇拝は、キリスト教の猿真似の結果ではないかと想像しています。
日本の家制度という血縁による結びつきを利用して、その頂点に天皇を据えた和洋折衷だと
思います。それは「国民は天皇の赤子である」などの表現から想像できます。家長が家のトッ
プなら、それのさらに上に天皇を置いて日本をひとつの家とみなしたのでしょう。国を「国家」と
表現するのも同じ思想でしょう。日本の家々に日の丸があり天皇皇后の写真がありました。
それまで、天皇は神ではなかったしなれないので、血縁の結びつきを利用したのでしょう。
日本の血縁による結びつきは確かに宗教的な臭いはありますが、一神教とは全く違って、
人間同士が互いに支え合う「人間教」なるものでしょう。

[134] petty_chou 2005/08/22 21:09

>>127
>お天道様といっているからといって宗教では無いわけではありません。
>仏教もまた同じであります。

宗教と言えるでしょうが、西欧の一神教徒とはだいぶ趣が違いますよね。
神道や仏教を、自我の支えにしている人はあまりいないと予想しますが。

>日本の倫理観は単純に世間からの外聞からのみ成り立っていたわけではなく、内面外面の両方
>から規制されていた上に高い教育のLVがあって始めて形成されたものではないでしょうか?

世間からの評価を気にする事はただ外面的な事ではありません。「世間の評判を気にしよう」という
ルールが内面化されて、それが当人の自我を支えるのです。

教育の力は大きいですね。国家神道を国民に浸透させたのも教育による所が大きいと思いますね。
戦後民主主義教育も影響力は大きいですね。これらの教育の結果でしょうか。明治以降の日本の
西欧化にともなって日本の道徳はどんどん崩れていったように見えますね。

西欧の個人主義を輸入するときに、個人主義の根っこに神の戒律による道徳があるという事を
見落とした為に、道徳なしの個人主義が幅を利かすようになり、日本は混乱しているように、私
には見えます。えらくおおざっぱな話になってすみません。

[135] h.k 2005/08/22 22:39

128
というわけで、彼らは我々を強いとは思っていませんといったまでです。これについては以上。

129
これは89と矛盾しますね。神の目を盗めないことを知りつつ神の目を盗んだことにすることなど不可能です。また、非常に強力な自己暗示によってそれは可能ですが、イスラムの方をすべて強力な自己暗示を持った人間だとするのは愚考です。

130
彼らは週末の祈りのたびに彼らの罪に対して神に許しを請います。彼らが狂信的な信者であることと、敬虔な信者であることとは違う事柄です。

131
同じことですね。神を信じるもの=狂信者ではありません。
神のおきて=絶対ではないでしょう。宗教とはそれほど狭い定義のものをさすものではありません。

132
極めて主観的な感情をどうやったら、第三者が勝手に判断して決め付けられるのかお伺いしたいですね。第三者の欺瞞で無くて一体何なのでしょうか?
夫が妻を怖いと自白しない場合に夫が妻を怖いと思っているということを証明できないのは明白であり、周りがいかような判断を下そうとそれは覆りません。

133
キリスト教の猿真似?一体何処をどうやってそういうのでしょうか?和洋折衷?失礼ですが、天皇の歴史はキリストのそれと同じくらい長い歴史をもちます。その上に、体系も教えも、目的さえも違うこの二つの宗教を混同なさっているのはいかがでしょうか?
天皇は、神ではなかったというより、神の直系であるといわれていました。
これについて、定かにしたいのならば歴史書を紐解かなくてはなりませんね。

134
一神教と多神教の宗教的な差を教えていただきたい。何か遜色でもありますか?
仏教はインド、チベット、その他もろもろに支えにしている方のほうが多いですね。
日本という国が特殊なのであって、世界の80%は何かしらの宗教をもっていて「当然」です。ご考え違いのないよう。
神道は日本独自のものですから、日本が信仰しないなら誰も信仰しません。ある意味当然。

RRさんへ
返信忘れちゃいました。
人間の羨望の表れとしての完全無欠な人=神かもしれませんね。
でも神が存在するとして、その大いなる力が絶対的であるなら、定義上の完全さなど無意味ではないだろうかと思います。
例えば、いけにえを欲する神がいかなる形であれ、それを達成する力を持っているとき、正邪はそこに関係するでしょうか?
人や文明という力を遥かに超越した超自然的な絶対的存在がいた場合に、全知全能であれ、なかれ、そこに意味があるのでしょうかね?
理不尽且つ傲慢であっても、決して糾弾されることの無い存在であっても神は神なのかなあと。
どうでしょうか?

[136] 人間の本性 2005/08/22 23:15

そもそも神様ってなに?

仏教とかキリスト教とか、宗教にも神は存在してるよね
でも死神や悪魔だって立派な神だよな

って言うか日本に伝わる妖怪や怪物だって一応神様だろ?

結局神様ってなんだ?
種類多すぎ(伝説多すぎ
    

[137] りょう 2005/08/23 00:06

議題に反していたらごめんなさい。    そもそも神は存在するんですかね?    その存在を確かめた者はいなしい仮に全ての人が神を信じなければ神はいないという定義が出来上がると思うのですが……

[138] 謎のX 2005/08/23 00:24

>>136
大辞林によれば、
人間を超えた存在で、人間に対し禍福や賞罰を与え、信仰・崇拝の対象となるもの。
という定義がなされていますね。

>>137
上にも書いたとおり、神には「信仰・崇拝の対象となるもの」という定義がありますから、信仰されなければ当然神ではありませんね。

[139] RR 2005/08/23 01:48

>>135
??どの文かちょっと分からないかも^^;一応返信。
定義、を決めるのは人間ですから、神には適用されないでしょうね。
神がいたとすれば、神だと定義するのは神だけでしょうから。その場
合、人間の理想から外れた神として、神とは呼ばれなくなるような
気がします。結局は人間の都合のいい考え方ですから。。。正邪に
ついても同様。神が超絶的な力を持っていたとしても、人間にとって
邪に染まるならば、それは理想の神ではなく、邪神となるでしょうね
そうなった場合、人は信仰するでしょうか?する人間もいるかもしれ
ませんが、社会からははじきだされますね。恐らく、神を神たらしめ
ているのは人間の理想ではないか、と思います。

[140] equilibrium 2005/08/23 02:30

>>125
なるべく言語だけで説明したかったのですが、
解りにくいようですから少し形式化したほうがいいかもしれません。
簡単な集合をビジュアライズして戴ければ解りやすくなると思います。

Aという集合に含まれるBという集合(サブ集合)があります。
視覚イメージとして、内部にBを含んだボールAを想像して下さい。
もしAをCの箱に入れたなら、BはCの箱に入ってますよね。
BはAに含まれているのだから、BがCの箱に入っていないってことはありえませんよね。
ここで「いや、ありえる」と言えば矛盾になるってことは解りますか?

ここで、「全ての人間の自我の安定を支えるモノに対する主観」をAに、
「あなたの自我の安定を支えるモノに対する主観」をBに、
「アテにならない」をCに当てはめてみて下さい。

そうすると、「あなたの自我の安定を支えるモノに対する主観」は
「アテにならない」にしかならないという事がお解かりになると思います。
なぜなら「あなた」は「全ての人間」という大きな集合の一部だからです。
「全ての人間はXだ」と言う事はすなわち「あなたもXだ」という事を意味しているのです。

それから、他意はなく、ただ疑問なのですが、
「もうこの話はしない」「以上」、と二度もこの対話を止めることを宣言されたのに、
まだ議論を続けていらっしゃる理由は何ですか?
私のレスに仕方なくついてきて下さっているのですか?
それとも論証する気になられたのですか?

[141] h.k 2005/08/23 03:51

139
RRさん、どうも
超絶的な力を持った人間が社会から拒絶されましたか?A・ヒトラーが良い例であると思うのであげておきましょう。
彼の能力は演説であると言い切ってもいいほど、演説に非常に長けていました。その一つの技能が神がかっており、なおかつ時勢がそれを助長したため、彼の権力は一瞬にして最高位まで到達しました。
さて、たった一つの事柄ですら、人を権力の最高位に高めえますが、神と呼ばれる存在はいかなる落ち度を持っていても、神であり続けるでしょう。
あたかも、我々が蟻にたいする絶対的な権力を持ちうるように、神がそこにあるならば、人が「拒絶」できるような生易しい存在ではないでしょう。
人は完璧ではないのに、蟻に対して完全に支配、もしくはその存在を脅かされることが無いように、神が定義的に完璧ではなくても、その存在は絶対的である。というのはありえることでしょう。
そして、信仰の自由は近年まで認められていなかったことを併記します。
有無を言わさずに信仰させることを権力は可能とするのですから、神ならば直たやすいことでしょうね。
それこそ、目の前でビルを持ち上げてあげればそれだけで万人の信仰を得られるでしょう。

誰宛でもなく、議論の種?

さて、国際テロで往々に騒がれている神様ですが、彼らの信仰はどうやって突き崩せばいいのだろうか?なんて疑問が頭をよぎることがしばしばあります。
問題は彼らの信仰が強すぎるために盲目的に事象を見ることであり、これを改善するには彼らの信仰を崩して見せなければならないのかなと。
しかし、神がいるのであるなら、人はなぜこうも、手に終えない問題ばかり浮き彫りになるのでしょうね。絶対の存在がいるのであるなら、とっとと死んで答えをいろいろと聞いてみたいというのが本音です。
しかし、信仰をしない人間よりもしている人間の方が幸せでもあるし、安定もする。神に恭順して生きることの大切さは、日本人にはイメージしにくいものですが、実際に見れば良く分かります。
こうみると、信仰を果たして突き崩すことが、自己顕示欲の表れではないのかと考え直すわけです。
宮元武蔵の言葉に、神仏は恐れすがるものにあらず。敬い尊ぶものなり。という言葉がありますが、
この言葉は神を語る上でまた信仰を語る上での一つの真理だと思いました。
多くの新興宗教を信じる日本人をみるにつけて、僕は一種の憤りを感じてきました。人の心の弱さにつけこみ、神の名を借り、金を得る人間にいかほどの価値があるのかと。

しかし、イスラム教徒の定義とはそれほどに堕落したものでもありませんでした。彼らと話すにつけて、だんだんと頭をもたげてくる大きな疑問とは、
もし仮に、彼らに盲目的な信仰以外の見方を与えることが出来たとして、それは果たして彼らに何を与えられたのであろうか?
また、僕は彼らほどに幸せだろうか?とも。
それでも、神を否定するべきなのかな?と考えるとどうにも気力がしぼんでくるしだいです。

日記くさくなったような・・・というわけで一応の話題提起をしておきます。

[142] equilibrium 2005/08/23 04:34

>>141
>国際テロで往々に騒がれている神様ですが、彼らの信仰はどうやって突き崩せばいいのだろうか

戦闘員と非戦闘員を区別しない殺人はクルアーンで禁止されていますから、
それを破る過激派ムスリム達は神の名を語りながら神の命を踏みにじるという
矛盾を犯しています(ムスリムに限らずクリスチャンや仏教徒のテロも、
自分自身が所属する宗教の本質とは相容れない行いをその宗教の名において
正当化しようとすることで矛盾を露呈しています)。
神の名と情に訴えて信者達を騙す扇動者達の誤魔化しを見抜けず
彼らに従う姿は、まさに一神教の廃したい危険な偶像崇拝の姿です。
彼らが崇拝すべきは先導者達でなく神であるという当たり前のことに気づいていない。
このような人々が信心深いとか信仰を持っているなどとは決して思えません。

[143] 神など信じない 2005/08/23 16:37

僕は神なんか信じたくない

なぜかって?
すべてが支配されているなんてそんなのいやだろ

それに私はオカルトが大嫌いだ

神なんていない

そんなことは言い切れないというでしょうが
いかなる意味を持っても自分の中ではいないと思っている

[144] RR 2005/08/23 16:43

>>141
さて、それは果たして信仰といえるのでしょうか?h.kさんが自分で
仰っていたようにそれは支配です。ここで考えてみましょう。人間が
神と呼ぶ存在は人間を支配する立場でなければならないのでしょうか
?ヒトラーは民衆を恐怖によって支配し、戦争を続けた。それを崇
める人は果たしてどのくらいいるのでしょうか?それを信仰と呼べる
のでしょうか?神に落ち度がある時点で言えば、それは我々からすれ
ば全知全能とは呼べないのではないのでしょうか?逆にヒトラーを
例で出せば、それは悪魔、と呼ばれても不思議ではない気がしますが
・・・どうでしょうか?

[145] 2005/08/23 17:03

ヒトラーは神でも魔でもない

[146] 虎眼石 2005/08/23 17:23

私は神についてはまず存在しないという意見です。
神は人間の創った”もの”の一つで心のよりどころとしての
意味を持つと思います。
それが抽象的なもので、しかも存在していないものかもしれないとしても、人間は何かを信じていたいのだと思います。
上の方に書いてあった通りにそっちのほうが幸せなんではないのでしょうか。

[147] 2005/08/23 17:29

心の拠り所なら、実在しなくても、存在はします

[148] 人間の本性 2005/08/23 17:58

>>146
俺は神の存在を信じたいな
そうじゃないと辻褄が合わないものがたくさんあるから
 

[149] 2005/08/23 18:21

例えば何でしょう?

[150] petty_chou 2005/08/23 20:31

>>135
>これは89と矛盾しますね。

>>128  と >>89  は同じようなことを書いているだけです。どこが矛盾しているのか教えて
欲しいですね。

>神の目を盗めないことを知りつつ神の目を盗んだことにすることなど不可能です。また、
>非常に強力な自己暗示によってそれは可能ですが、イスラムの方をすべて強力な自己
>暗示を持った人間だとするのは愚考です。

日本では「旅の恥はかき捨て」と言いいますが、これは、我々日本人は旅行に行って普段
の生活の場を離れると他人の目は気にならないという事を示しています。これは、日本人
が普段の生活の場における周囲の人間の評価を自我の支えにしているからで、その場を
離れて違う場所に行けば、他人の目は届かないと考えているからです。

だから、日本人の場合は、海外に行ったときに普段は破らない道徳を破るということは充分
考えられます。破っても他人の目には届かないと思えるからです。しかし、神を支えにして
いる場合は、そういう訳にはいきません。どこにいても神の目は届くからです。だから、どこ
にいても神の戒律を守らなければなりません。

それなのに、海外へ行くと神の戒律を破るという事は、その人にとって神は普遍的な存在
ではなくなっているという事です。「旅の罪は犯し捨て」と思っているという事です。だから、
その人は「神の目は盗める」と思っている人です。「神の目は盗めない」とは思っていない人
なのです。

[151] petty_chou 2005/08/23 20:32

>>135
>130
>彼らは週末の祈りのたびに彼らの罪に対して神に許しを請います。彼らが狂信的な信者
>であることと、敬虔な信者であることとは違う事柄です。
>131
>同じことですね。神を信じるもの=狂信者ではありません。
>神のおきて=絶対ではないでしょう。宗教とはそれほど狭い定義のものをさすものではありません。

では、海外において、戒律を破らない人と破る人の違いは何ですか?

[152] petty_chou 2005/08/23 20:33

>>135
>132
>極めて主観的な感情をどうやったら、第三者が勝手に判断して決め付けられるのかお伺
>いしたいですね。第三者の欺瞞で無くて一体何なのでしょうか?
>夫が妻を怖いと自白しない場合に夫が妻を怖いと思っているということを証明できないの
>は明白であり、周りがいかような判断を下そうとそれは覆りません。

人間は他人にも自分にも嘘をつける存在です。自分が見たくないことは見えないものです。
本人が例えば「妻を怖がっている訳ではない。」と主張しても、本人がそう思っているだけ
かもしれません。本人の主張はアテになりません。

人間は、実際には怖がっているのに「怖がっている訳ではない」と確信することが可能なの
です。

あなたは、第三者の欺瞞を言いますが、当人の欺瞞は考えないのですか?当人の判断
が正しいという根拠はどこにもありません。
(本人が必ず嘘をつくといっているのではありません。特に自分のプライドに抵触するなど
自我の安定に関わる場合には、自分に対して嘘をつくということがよくあるということです。)

あなたの論理でいけば、真に怖がっているかどうかは当人にも第三者にも誰にも判断でき
ないということになります。

[153] petty_chou 2005/08/23 20:34

>>135
>133
>キリスト教の猿真似?一体何処をどうやってそういうのでしょうか?和洋折衷?失礼ですが、天皇の
>歴史はキリストのそれと同じくらい長い歴史をもちます。その上に、体系も教えも、目的さえも違う
>この二つの宗教を混同なさっているのはいかがでしょうか?
>天皇は、神ではなかったというより、神の直系であるといわれていました。
>これについて、定かにしたいのならば歴史書を紐解かなくてはなりませんね。

明治政府は近代化=欧米化するためには一神教のような強固な価値観が必要であると考え、作り
出したのが「国家神道」という擬似一神教であり、皇国史観だと思います。キリスト教の真似をして、
天皇を神の位置において国民に崇拝するように仕向けたのでしょう。ですから、天皇家の歴史は長
いですが、国家神道における崇拝の対象としての天皇は明治以降に現れたのです。

和洋折衷と言ったのは、日本人には一神教を信仰するのは無理なので、伝統を強調し、従来からの家制度などによって天皇と国民の繋がりを付けて擬似一神教化していったんだと思っているからです。

[154] petty_chou 2005/08/23 20:34

>>135
>134
>一神教と多神教の宗教的な差を教えていただきたい。何か遜色でもありますか?
>仏教はインド、チベット、その他もろもろに支えにしている方のほうが多いですね。
>日本という国が特殊なのであって、世界の80%は何かしらの宗教をもっていて「当然」です。
>ご考え違いのないよう。
>神道は日本独自のものですから、日本が信仰しないなら誰も信仰しません。ある意味当然。

ごめんなさい。言葉が足りませんでした。
>>134  では

>神道や仏教を、自我の支えにしている人はあまりいないと予想しますが。

と書きましたが、

【日本においては】神道や仏教を、自我の支えにしている人はあまりいないと予想しますが。

でした。神主さんやお坊さん以外には日本で真剣に信仰する人はそんなにいないという
つもりでした。

[155] petty_chou 2005/08/23 20:56

>>140
任意の人間 a(λ) について、 a(λ)の自我を支える存在A(λ)に対するa(λ)の主観は
アテにならない

と主張しているのですが。
λ≠μ ならば a(λ)≠a(μ) であり、従って A(λ)≠A(μ) なのですが。

>まだ議論を続けていらっしゃる理由は何ですか?
>私のレスに仕方なくついてきて下さっているのですか?
>それとも論証する気になられたのですか?

書きたい事はありましたが、あなたが >>108  で、私の話は私の主観
でしかなく客観性がないからこれ以上話をしても・・・と仰ったので
>>113  で書きたい事を書いて終わろうかなと思ったんです。
私には論証というのはできませんから。

でも、それに対してレスがあったのでまた書きたいことが出てきたんで
また、感想になるのかもしれませんが書いてしまいました。

別に仕方なくレスしている訳ではありません。私はこういう話は好きで
すから。書いて頂ければ出来る範囲でレスはしたいと思っています。
ただ、こういう主観による話しかできませんが。

[156] petty_chou 2005/08/23 21:01

>>137
神を信仰する人にとっては神が存在するかどうかが問題になることが
あるかもしれません。
しかし、神を信仰しない人にとってはどっちでもいい話です。

[157] equilibrium 2005/08/23 22:20

>>155
>任意の人間 a(λ) について、 a(λ)の自我を支える存在A(λ)に対するa(λ)の主観はアテにならないと主張しているのですが。λ≠μ ならば a(λ)≠a(μ) であり、従って A(λ)≠A(μ) なのですが。

μが何を指すのか不明です。
前提ではa(λ)とA(λ)しか出てきていませんよ。
従ってこれで何を主張しようとされているのかも不明です。
これによって私が>>155 で説明した矛盾をどう解消しようとされているのですか?

[158] equilibrium 2005/08/23 22:24

>>155
>私には論証というのはできませんから。

誰にでも論証はできるのですよ。
御自分の主張の根拠を論理的かつ客観的に述べるだけですから。
petty_chouさんの根拠の付け方は主観に根ざしていることが多いので、
せっかく論理的に説明しようとしても論証にならないのです。

>私はこういう話は好きですから。

>>113 の「この話はこれ以上はしません」というあなたの発言を
読む前に>>114 ->>116 を書いてそのまま投稿してしまったので、
それにあなたがレスをつけて、またそれに私がレスをつけて、と
終わる話が終わらなくなったのは私のせいです。

確かに私も神に関する話は好きですし、言葉遣いが丁寧で真剣な
あなたと対話するのは楽しいのですが、主観による議論ならば
発展性もないし、私達の間ではもうこの話の結論は出ていますから、
私は終わりを望みます。

[159] ヒトノツブヤキ 2005/08/24 16:47

>>70 訂正
申6:4-5(シェマ イスラエル)
→申5:9,6:13,10:20

[160] h.k 2005/08/25 14:22

>150
いつぞやの恐れているといっているのと同じ事に気づきませんか?
極めて個人的感情を他人がどうこう「決め付ける」ことは出来ません。
例えば、貴方が僕のことを馬鹿にしていると僕が思ったからといって、貴方が実際にしていなければそれは思い込みです。
実際に、
神の目を盗めると当人が思っている=当人がそう思えば神の目は盗める。
が=ではないことが分かりますか?

151
信仰心の差ではありませんか?自律をどれだけ出来ているかという話です。

152
真に怖がっているかどうかを第三者が判断することは文字通り「できない」ですよ。
例えばね、僕がもしも望むなら、明日には世界中を火の海にして全てを消滅させることができるよ?といったときに、貴方はそれが不可能であるとどうやって言い切るのですか?
やって見せてくれ、といわれたらやりたくない。信じないといったらご自由に、でも事実は事実だといえる。お分かりですか?

153
江戸時代における天皇の権威は?また聖徳太子の時代にはさらに強い権威を持っていましたが???

156
この発言は唯神論をしようとしている人に対して失礼ですね。

RRさんへ
神と悪魔の差は一体なんでしょうね?
実際は紙一重だと思いますよ。ヒットラーは、超越した力なんて持ち合わせていないから可愛いものですが、
それに超越した力がくっつけば、支配なんて生易しいものではないでしょう?
恐怖から生まれる信仰もまたあるのではないでしょうか?
犬神憑き、除霊、exocismなど、これは一種の信仰ではありませんか?
そして、その存在があった場合には、「完全無欠」である必要性が無いんです。単純に人を「超越」しているだけで、定義上の全知全能を満たす必要さえもなく「神」であるというわけです。

さらに言えば、キリストを悪魔と呼んでいた人(十字軍のときに恐らくイスラム・ユダヤ、キリスト教徒でさえ)がいるように、悪魔という定義も人が作った曖昧なものではありませんか?
神敵=悪魔ということになるのではないかなと。

[161] h.k 2005/08/25 14:28

equilibriumさんへ

それでも彼らは神の名の下に戦っていますよね?
必要なのは全世界が彼らを認めることではなく、彼らの精神的支柱たる信仰を崩すことではありませんか?
人の心理を言葉で説明はしにくいのですが、僕たちが一度絶対的に正しいと信じたものは、周りの人間がいくらその客観的な見方を指摘しても間違っているように聞こえませんか?
認められなければ、その苦難でさえも恍惚へと変えていくことが出来ます。その確信をゆるがせるには、支柱を崩して目で見て分からせなければいけない。
彼らの持つ信仰は、「我々」にとって間違ったものに移り、本来の教義から外れているでしょうけれど、
それはさして彼らには重要なことではなくて、彼らにとっては我々が間違ってるということになっているんですよね。
そこが、一番腹立たしいし、不快ですが、人間の性でもあり、私たちも常日頃から注意、留意するべき事柄ですね。

[162] petty_chou 2005/08/25 19:58

>>160
>実際に、
>神の目を盗めると当人が思っている=当人がそう思えば神の目は盗める。
>が=ではないことが分かりますか?

実際に、神の目を盗んでいる人(=海外で神の戒律を破る人)がいて、その人の話を
しているのですよ。
実際に神の目を盗んだ人は「神の目を盗める」と思っている人だと言っているのです。
「神の目を盗めると思っている」という事は「神の目を盗む事はよくない事ではない」と
思っているという事です。「神の目を盗んでも自分は間違っていない(=正しい)と思っ
ている」という事です。そう思っているから神の目を盗むのです。

[163] petty_chou 2005/08/25 21:06

>>160
>151
>信仰心の差ではありませんか?

信仰心の差という事は、敬虔な信者と少し敬虔でない信者の違いという意味ではありませんか?
それは、私が >>89  と >>127  で書いてきた事です。

>自律をどれだけ出来ているかという話です。

私は
「人間は誰でも自分の自我の安定をささえてくれるモノが必要である。」
と考えています。
あなたは、「自律」をどういう意味に使っておられますか?
自律が「自我が何モノにも支えられないで自力で安定している事」という意味なら、私の考えでは、
そのような自我は存在しません。
そして、自律が、神に対する「自律」という意味だとすれば、それは理解できますが、その場合は、
  「神に対してある程度自律している」=「神に全面的に支えられている訳ではない」
という事ですから、神に支えられていない部分がある訳ですから、その分、自我は神以外の何か
に支えられなければなりません。
つまり、
  神に対して自律していない=全面的に神に支えられている=敬虔な信者
  神に対して自律している=神以外のモノに支えられている=敬虔な信者でない
という事ですから、やはり、 >>89  >>127  で、私が主張した通りです。

[164] petty_chou 2005/08/25 21:17

>>160
>152
>真に怖がっているかどうかを第三者が判断することは文字通り「できない」ですよ。
>例えばね、僕がもしも望むなら、明日には世界中を火の海にして全てを消滅させることが
>できるよ?といったときに、貴方はそれが不可能であるとどうやって言い切るのですか?
>やって見せてくれ、といわれたらやりたくない。信じないといったらご自由に、でも事実は
>事実だといえる。お分かりですか?

その男が妻を恐がっているかどうかは、その男と普段から付き合っている人間が何人か
いて、その人たちがその男の普段の行動を見ていれば分かるという事です。その男の事を
一度も見た事ない人間がその男が恐怖しているものを言い当てる事ができるとは言ってい
ません。普段からずっと付き合っていれば、その男が妻に対してどういう感情を持っている
かは、当人よりもよく分かると言っているのです。

また、あなたのこれからの行動などを言い当てる事が出来るなどとは言っていません。

それから、以前にも聞きましたが「『真』に恐がっている」とはどういう事ですか?
前回は「当人の判断によるのだ。」と書いておられましたが・・・。
これも、前回私が書いたように、「当人の判断はアテにならない」のですが、あなたは、何を
もって「真に恐がっている」と言うのですか?

[165] petty_chou 2005/08/25 21:23

>>160
>153
>江戸時代における天皇の権威は?また聖徳太子の時代にはさらに強い権威を持ってい
>ましたが???

江戸時代に天皇に権威があったのですか?天皇家は幕府の統制下にあったようですが。
平民などは天皇の存在も知らなかったあるいは考えたこともなかったんじゃないでしょうか?

それから、私は聖徳太子の時代、日本はまだなかったと考えておりますので。
また、日本では、天皇家が軍事的に日本を征服したという過去はないと考えております。
いつの世も、基本的には、象徴のような存在であったと思われます。天皇が実権を握った
時代なんてほとんどなかったと思いますが。

[166] petty_chou 2005/08/25 21:26

>>160
>156
>この発言は唯神論をしようとしている人に対して失礼ですね。

何が「失礼」なのでしょうか?
神を信仰していない人にとっては、神が存在するかどうかは意味がないでしょう?

[167] petty_chou 2005/08/25 21:34

>>158
>>140  にあなたが書いたのをきちんと読んでいませんでした。ごめんなさい。
それまでと論旨が変わっているのに気がつきませんでした。

>>140  で書かれている事すなわち
  「私の自我の安定を支えるモノに対する私の主観はアテにならない」
というのは、私の主張している事と同じです。
これに対して、反論はありません。

>>155  は忘れてください。

[168] equilibrium 2005/08/26 00:03

>>161  h.kさん、どうも。
>そこが、一番腹立たしいし、不快

その通りです。彼らは神のためにやっていると思い込んでいるのでしょうが、
実際はその反対で、信仰や神の名を汚しているだけです。
信仰深い人々から見れば、彼らは信仰や神に泥を塗る迷惑な人々になっているだけ。
世論に「信仰や神は悪だ」と思わせたいならば、彼らを上手く操るだけで事足りるでしょう。

>僕たちが一度絶対的に正しいと信じたものは、周りの人間がいくらその客観的な見方を指摘しても間違っているように聞こえませんか?

彼らは彼らなりの辻褄合わせを持っているからその信念が正しいと思えるんでしょうね。
その辻褄が間違っていることを論理的に説明しても理性より感情が先走って
聞く耳を持たないのかも知れません。

こんなアナロジーがあります。
ロバを水飲み場に連れて行くことはできるが飲ませることはできない、
ロバ自身が飲みたいと思わなければ飲まないのだから。

[169] h.k 2005/08/26 01:09

164
では、身近にイスラム人がいたことがあって、何人もの人間と議論をしてきた僕が、怖がっていないといえば怖がっていないことになりますよね?
次に、人間はどのような状況下でも自分に嘘はつけません。
人に対して嘘をついても自分はそうではないことを知っています。
つまり、恐怖しているなら「自覚しつつ」強がるか否かとなります。
貴方の言い方では強がりが上手い人は恐怖を感じていないのと変わりないのではありませんか?
感情とは常に主観的に判断されるものであって、客観的に判断できるものではありませんよ。貴方が恐怖をしているときには嫌でも自分が恐怖しているということを自覚します。
強がりをいえたところで、貴方は恐怖していてその事実は自分自身の中にあります。
他人がどうこう言う必要は無く、行動に対して評価を下せばよいのですから。
勝てば官軍という元になった、戊辰戦争で幕府軍の指揮が一気に落ちたのは、官軍の旗が薩長の軍にあったからだといわれています。
また、古代にさかのぼり、アテルイなどの安部氏族などを強引に屈服させたのはほかならぬ天皇でしたね?

166
神の存在の有無は無意味である=唯神論自体無意味である。
で、個のスレッドで話されていることも然りではありませんか?
遠まわしに「君たちのやっていることは無価値だよ」といわれているのではなくて、一体何なのでしょうか?

[170] RR 2005/08/26 01:19

>>160
どうもです。h.kさん。
悪魔と神の差、表裏一体というところでしょうか?h.kさんが言いたい
ことは良く分かるのですが、感情が受け付けないですね。そういった
超越した力を持つ者が居たとして、更に完全無欠であったとしても、
神という名を用いるべきでしょうか・・・。もし、そのような存在があった
として、貴方はその存在を理由無きにして信仰できますか?それとも
それは崇高な存在ではなく、ただ、神、という名だけの意味のない
存在なのでしょうか?

悪魔、神の定義を定義たらしめているのは人間だと139でも言ったと
思います。曖昧というか、証明できない以上は意味の無いものでしょ
う。神敵=悪魔が成り立つとするならば、神の愛は万物に適用される
訳ではなく、神の正しさを要求しなければなりませんね。悪魔は契約
を求めますが、神は自らを万物の父とし、人間を使っているという
状態ですから。神に我々は従順しなければならないか疑問です。

私が一番の疑問としていることは、神の愛は人間以外にも与えられる
ものなのか、また、その神の愛は制限があるのか、神が我々に与える
ことで、何の利益があるのか。ヤハウェと呼ばれる創造主は我々に
試練という名の下に何を求めているのか。ということです。存在証明
できない時点で問いようがないのですけどね。(これは蛇足ですんで
すっ飛ばしてもらってもいいです。ハイ)

[171] h.k 2005/08/26 01:21

equilibriumさんへ

彼らに、いっぽ引いてみる目を植えてしまうのが得策ではあると思いますけどね。イスラムの方に共通して言えるのは、宗教にたいして一歩ひくことが出来ないから、ありのままを受け入れてともすれば受身になってしまう。
その受身の姿勢が信仰という形を経て、そのまま攻撃性へと発展しかねないからやり切れませんね。

ロバの話は上手く言いえていますよね。だからこそ、ロバをのどが渇ききるほどまで耐えさせて水のみ場に連れて行かないといけない。

さてと、話題の流れが切れてきたので、話題転換大歓迎です。宗教哲学、倫理の話題でどんなものでも。

[172] h.k 2005/08/26 01:41

RRさんへ
入れ違いでしたね。
神を理由無く敬う精神というのは孝の精神に近いのかもしれませんね。
産み落として、育ててくれた親を足蹴にしないのと同じように、人間という存在そのものを作り出してくれた神への感謝、報恩そういう意味かもしれません。
また、そうではないとして純粋な絶対的存在の場合は、私なら矛を取りますかね。傷一つつかなくても蔑み、哀れみながら笑って何処へでも参ります。
でもね、もしも恐怖が目の前まで迫っているときに一筋の勇気を振り絞ることが出来る人というのは本当にごくごく限られているんですよ。
スパルタの兵士でさえも逃げ出すんです。我々ならば言うまでもありませんね。
そしてそこに屈服したときは、服従するしかありませんね。

次にキリスト教においては、神は中立的といっていい存在ではないでしょうか?ルシフェルと天界の3分の1の天使を迎え撃ったのはヤハウェではなくミカエルです。
また、キリストの愛は無限と呼ぶのにふさわしいでしょう。
彼に加えられた拷問の数々は想像を絶するし、捕まえに来た兵士にたいしても、寛容に振舞います。最後の最後の瞬間までかれは神に「周りの人間」の許しをこうたといわれているのです。
無限の愛には疑問の余地はありませんが、僕にとっては絶対正義に疑問がわきます。そのようなものが存在するのでしょうか?
親を殺された子が、最も得をするのは親を殺した相手を許しその人から敬われることです。しかし、感情がそれを許しません。
神はそれが出来るのかもしれない。裁くことではなく許すことが真理だと説くのであるならなんと世の中は皮肉なことでしょうね。

利得ではなく、裁断でもなく、また善悪ですらなく、絶対的な赦しであるとするならば、そして、隣人を救う慈しみの心をその美徳とするならば我々は、神から何の見返りも無くそれを受けることとなります。
そして、その行為に対してのどういった感情や反応も甘んじて受ける。

まとまってないけれど、どうでしょうか?

僕は、それでも、赦すことは出来ないのかもしれないけど。

[173] RR 2005/08/26 03:23

h.kさんへ
確かに入れ違いだったようですね。こんな時間まで起きている私って・・・

孝の精神、と言うものは知りませんが、私は生んでくれたことに感謝
そして、それ以上に憎悪しています。私は死にとても怯えていると同時に
殺戮の溢れるこの世界がとても悲しく、自分の無力さだけが痛感される
ので・・・この世界を創造したとされる神を正直羨む気持ちはまったくな
いです。親に関しては又別ですね。感謝こそすれ、恨む気持ちはない
です。
私は知りえることができた。それが大事だからです。
私は受け入れるでしょう。そして認めない。それが神に対する対応だ
と思います。神を神だと定義するのは人間。だから私は神を認めない
つまらない意地です。

愛は命すべてに与えられるものでしょうか?それとも人間だけでしょうか?
同じ命であるにも関わらず、神の愛はすべてに与えられているとは
思えないのです。まして、命を命によって保つ、この世界を創造した
のは何故なんでしょうか・・・意味の無い問いですね。流してください。

天使は好きです。ある小説の一説にでてくる、ひょっとしたら存在し
て見守ってくれている、そんな天使に愛を感じますね。確か天使の
司る事象は守護と維持だったかな?守るべきものをすべてを掛けて維持
し続ける。そんな天使がすごく儚く強い存在にみれます。

それは赦しですね。そして赦されることにより我々は堕ちていくの
でしょう。神の愛に依存し、すべてを求めるのでしょう。ここは愛を
求めるばかりに傷つけあう孤独の壺のようです。

私も赦すことは出来ないでしょう。そして赦されたくはないのです。

[174] KAMUI 2005/08/26 11:43

夜神月は死神をも超えている、じゃあ一体どういう神なのか?

[175] petty_chou 2005/08/26 19:52

>>169   h.k.さんへ

日本人は周囲の人々の評価を非常に気にします。何かをするかしないかを
決めるとき、こんな事をすれば周囲の人々はどう思うだろうかを気にしま
す。

例えば、周囲の人々の評価を非常に気にする男の人がいて、その人が何か
の理由で町中をバニーガールの格好で歩かなければならなくなったとき(
そういう格好で人前に出る事が好きな人を別とすれば)その人は非常に恥
ずかしいのではないでしょうか?そしてそれは、「こういう格好をすれば
他人は私の事をどう思うか。」と考えて恥ずかしいのではないでしょうか?

「会社の人間あるいは同じ学校の人間に見られやしなかっただろうか?」
とか「近所の知り合いに見られたんではないだろうか?」などと悩むので
はないでしょうか?

その人が周囲の人々の評価を気にするのは、それによって自分の自我(精
神)の安定が左右されるからです。「この男は何を考えているのだ。」
「信じられないほど恥知らずな奴だ。」「変態か?」などと評価されれば、
不安(自我が不安定)で生きていられないからです。自分が正しく生きて
いるという自信が崩れていくからです。

この男の人は、周囲の人々の評価、特に知り合いの評価を怖がっているの
ではないでしょうか?
他人が自分の事をどう評価するのかが怖いのではないですか?

[176] petty_chou 2005/08/26 20:05

>>169  h.k さんへ

>次に、人間はどのような状況下でも自分に嘘はつけません。
>人に対して嘘をついても自分はそうではないことを知っています。

私たちは自分から見えている部分(自我)が自分の全てだと思っていますが、実際には、自分の
中で自分に都合の悪い部分もいっぱいあって、それらは自分から見えない所(エス)へ追いやっ
ています。

人間は自分で知っているモノを見ないようにするという事ができます。無意識の世界に追いやると
か「エス」に抑圧するとかいう無意識的操作です。エスにある観念や衝動は、自我からは見えない
のです。人間は自分に嘘がつけるのです。

例えば(この例もたぶん伝わらないと思いますが一応出してみますと・・・)、マザコンの男は母親を
怖がっていますが、たいていの場合、当人は否定します。「子どもとして親の言う事をきくのは当然
の事だ。」などと、当然の人情であるとか道徳的に正しいのだなどと主張します。自分の抱いている
恐怖を否認して合理化しているのです。

[177] h.k 2005/08/26 22:11

175へ

えっとどの部分に対するレスでしょうか。日本人が恥に根付く文化であるということは理解していると思います。
何より否定した覚えがありません。
で、周りの人がどう思っているかを気にするのは人間の極普通の感情です。その感情を恐怖と結びつけるのはおかしい。
そもそもに、恐怖という感情は非常に強い感情です。それゆえに、対人恐怖症、高所恐怖症の人たちは、特定のものに対して尋常ではない恐怖を感じます。
人に見られるのが怖くて仕方の無い人も確かに存在するのです。
しかし、マジョリティではありません。周囲の評価に自信を持っている人間を何人も知っております。また、周囲の評価を気にもしない人もしっております。また、多くの人間は気にはするでしょうが、恐怖を抱くほどに周りの評価に敏感ではありません。
ですが、同時に人間は普通でありたいと望みます。特別な何かに自分がなりたいという欲求と同時に、普通であり続けてもいたい。
特に、自分が満たされているなら。ですから、バニーガールの格好を嫌がる人の理由もさまざまに存在し、恐怖のみが理由ではありません。
また、何処の国でも結構ですから街中を無条件でバニーガールの格好をして歩いてくれる人が全体の多くを占める国を教えてください。

176
マザーコンプレックスは、程度の大小かかわらず「男性の誰もが持っている」といわれています。程度が大きくなれば、恐怖を感じるかもしれませんが、その状態が通常の状態と摩り替わっては困ります。
無意識に感じる恐怖と意識的に感じる恐怖の存在も理解しますが、自分の中でどちらにせよ心理的にどう動いているのか漠然と把握することが可能です。
そして、何度も申し上げますが、どうやって貴方は、そのマザコンの男性が純粋に道徳観から母親にしたがっていないと証明なさるのですか?
懐疑的になることは構いませんが、それを一般化するのはいただけません。

[178] petty_chou 2005/08/26 23:10

>周囲の評価に自信を持っている人間を何人も知っております。

周囲の評価がいいから自信を持っているのでしょう。その事と、周囲の
評価を気にしているのとは別に矛盾しません。
というより、周囲の評価に自信があるという事は、周囲の評価を気にし
ている証拠です。周囲の評価を気にしない人は、そういう自信を持ちよ
うがないからです。

彼は、周囲の人の評価を非常に恐がっているのだけれど、いつでもどこ
でも評価がいいので自信を持っていると考えられます。

[179] h.k 2005/08/26 23:26

178へ
文章ごとに返信をいただいても堂々巡りになるので、総括した内容に返信をいただけますか?

RRさんへ
それは、母親に対しての感謝が目に見える形で現れるからではありませんか?自分の世話をしてもらえたり、生んでもらえたという漠然としたものであったりね。
対して、神は存在そのものが定からないし、スケールが一気に何百倍にも跳ね上がってしまう。世界を作ってくれた、というのは確かに感謝の気持ちが沸くことは無いですよね。

ただ、赦されることで我々が落ちていくというのは誤りですね。
他人に対して寛容たらんとすると同時にというのが抜け落ちれば堕落しますが、他人に対して寛容であろうとするならその難しさに気づくと思いますよ。

神の愛が、全ての生き物に与えられているのか?という疑問には司教さまあたりと口論するのが妥当だと思います。僕が絶対的なヤハウェの信者であるならいいのですけどね。
ただ、命の制限が全てのものに設けられている理由は、話し合えるかもしれない。
RRさんは永遠に生きていたいと思いますか?自分だけ特別であろうと周り全てが一緒に生きられようと構いません。
永遠という無限の時間の歩みを自分が存在し続けられるとしたら、僕たちは一瞬一瞬を楽しむことは出来るでしょうか?
幸せでしょうか?あまりにも当たり前の、生活が延々と続いていくであろうその世界に。才能のさを歴然と見せ付けられたあとのその世界に。
または絶望に打ちひしがれたその世界にさえ、なお生きていきたいと思えますか?
命は、火のように何かを燃やし続けるから暖かくて、明るいのではありませんかね?

[180] petty_chou 2005/08/27 12:07

>周りの人がどう思っているかを気にするのは人間の極普通の感情です。

人間は自我の支えに対して、このように「別に恐れていないんだ。」「普通の感情なんだ。」
というふうに合理化するんです。これは、私がこの前書いたマザコンの例とそっくりです。

>恐怖という感情は非常に強い感情です。それゆえに、対人恐怖症、高所恐怖症の人た
>ちは、特定のものに対して尋常ではない恐怖を感じます。

だいたいの日本人は、対人恐怖を持っています。人を恐がっています。それを「普通の感
情だ。」と言っているうちは、対人恐怖症にはなりません。人を恐がるのが普通の感情な
のに、「人を恐がるなんて変だ。そんな恐怖を感じるのはおかしい。」と、対人恐怖を否定
しようとするから、恐怖が強くなって対人恐怖症になるのです。かつては日本人に特有の
病気だといわれていましたが、これは、日本人にもともと対人恐怖があるから起こった病
気なのです。対人恐怖があるのに否定しようとして葛藤するから神経症になるのです。

[181] petty_chou 2005/08/27 12:11

>>180  は >>177  に対するレスです。すみません。

[182] petty_chou 2005/08/27 12:26

>>177
>バニーガールの格好を嫌がる人の理由もさまざまに存在し、恐怖のみが理由では
>ありません。

自我の支えは個人で違うので、話を単純化して「周囲の人の評価を非常に気にする」
男の人の例を挙げたのです。自我の支えを、純粋に「周囲の人の是認」に置いている
男の人という例を作ったのです。だから、そういう前提で考えて欲しかったのです。

だから、「理由もさまざまだ。」というのは答えになっていません。
周囲の評価を気にする男の人がいたとすれば、その人は >>175  で書いたように、
周囲の人々の評価を恐がっていると言えないかと問うたのです。

さらに例えば、この男の人が、この人の親、兄弟、親戚、同僚、仲間、近所の人など
すべての知り合いから「お前は変態だ。」「お前は頭がおかしい。」と評価されて、変
態や馬鹿を見るような目で見られ、変態扱いや馬鹿扱いをずっとされるという事態に
陥ったならば、他人の評価を気にするこの男の人はどうなるでしょうか?

この男の人はそういう事態に落ちいった事を想像したなら、この男の人はどう感じるで
しょうか?恐ろしいと思うのではないでしょうか?

周囲の人の是認を自我の支えにしている人は、周囲の人の是認を失えば自我が崩
壊してしまいます。それは自分の終わりを意味します。人にとってそういう事態はあっ
てはならないことです。そういう事態が来る事を恐怖しない人がいるでしょうか?

あなたは周囲の誰からも変態扱いされてまともにしゃべってくれる相手がいなくても
平気なのですね。

[183] petty_chou 2005/08/27 12:41

>>177
>無意識に感じる恐怖と意識的に感じる恐怖の存在も理解しますが、自分の中で
>どちらにせよ心理的にどう動いているのか漠然と把握することが可能です。
>そして、何度も申し上げますが、どうやって貴方は、そのマザコンの男性が純粋に
>道徳観から母親にしたがっていないと証明なさるのですか?

無意識と言っても、漠然と分かる場合も確かにありますが、まったく見えないことも
あります。漠然とでも分かる部分はいわば灰色の部分です。真っ黒な部分(本当の
無意識とでもいいますか)の方が大きいです。

それから、これは書いても水掛け論になりますから仕方がないんですが、私がどう
やってそれを知覚するかを書きます。
マザコン男が恐がっていると予想できるのは、「道徳だ。」と言っているその中身が
母親に一方的に都合のいいモノだからです。「道徳」という名前を借りただけで、実
は母親が自分に都合のいいように作られた勝手な理屈に過ぎないからです。

マザコン男が普通の判断ができれば、それはあまりにも母親に都合が良くて自分
に都合が悪い不合理なものだと気がつく筈なのに、そして周りの人間はそれに気
づいているのに、当人は気づいていません。
そうなると、当人は何故気づいていないのかと考えます。ここで、「当人は母親を恐
がっているんだ。」という仮説を立てます。この仮説が、他のいろいろな場面でも当
てはまる事が確かめられれば、まあ間違いなく恐がっているなと判断するのです。

[184] RR 2005/08/27 22:12

>>178
命を奪う我々が、命を奪うことを赦されるのならば、と考えて頂けれ
ば分かると思います。それは赦されることなのでしょうかね?もし、
h.kさんが人の枠の中での考えであるのならば(文面からはそう読みと
れるので)私とは話の論点が違ってますね^^;そちらにあわせるならば
h.kさんの仰ることに共感しますよ。

私は才能や評価などは特別視していませんね。無意味だとは言いま
せんが、私の中ではそんなに価値のあるものではありませんし・・・。
永遠に生きられるならば、生きてみたいものです。少なくとも私、と
いう存在は死んでしまった時点でもう存在しませんからね。失うこと
はそれよりも辛いですが・・・結果が存在していることを考えた時点で
、あまり一瞬一瞬の出来事を楽しむということはできなくなりました。
永遠不変のものを私は強く、強く求めてます。そんなものは在りも
しないのに、です。絶望に包まれた世界、というのはこの世界にも
当てはまることですよ。我々は命を種族という形でつないで貪りあって
いくのですから。これは絶望ではないですかね?
命は星からみれば瞬く間に散り行く線香花火でしょうね。一瞬一瞬
小さな選択を飛び交わし段々大きくなってやがて消え行きます。
それは暖かく、明るいけれども、儚くて、ほんの少し悲しいのです。

[185] h.k 2005/08/28 00:45

181、182
僕は、自分の中で大切な人であればその人の評価を気にします。
しかし、嫌われるのが怖いからではなくて好かれたいと願うからです。
そして、僕は、変人扱いされることが良くありますがその扱いをしている人の大部分が僕にとって取るに足らない人間であることが多い。
別に、問題にならないことの方が多いのではないでしょうか?
かといって僕は強くありませんから、葛藤を行い、自分を見つめ、また人と議論しつつ人生を歩んでおりますが、
人に自分がどう評価されているのを恐怖したことは無いでしょうね。

183
ですからね、貴方がそう判断して、それが真実であることをどう証明するのですか?
さらに、イスラム教徒の話に戻してみましょう。貴方は、イスラム教徒と話をしてきましたか?
人の主観が絶対的な真実ではないのならば貴方の主観は絶対的な真実ではありません。ちがいますか?

RRさんへ
えっとこのレスは僕のに対するレスでしょうか?
ちょっとわからなくなってしまって・・・・

[186] RR 2005/08/28 00:53

h.kさんへ・・・申し訳ないです番号はミスです。h.kさん宛てでございます;;

[187] equilibrium 2005/08/28 10:28

>>63  今更ですが。

>FZCの公理系

「ZFC公理系」のタイプミスでは? ZF公理系(Zermelo-Fraenkelの
二名により体系化された)にさらに定理を加えたものがZFC公理系
(Zermelo-Fraenkel-Cohenの三名により体系化された)。
http://www-ise2.ise.eng.osaka-u.ac.jp/~iwanaga/study/set/axiom.html#EF

[188] petty_chou 2005/08/28 12:31

>>185
>しかし、嫌われるのが怖いからではなくて好かれたいと願うからです。

大切に思っている人から好かれたいという事は裏を返せば、嫌われる事を嫌だと思
っている事ですよね。もし、嫌われる事で自我が非常に傷つくならば、「嫌われたら
どうしよう?」と思うのではありませんか?

>そして、僕は、変人扱いされることが良くありますがその扱いをしている人の大部
>分が僕にとって取るに足らない人間であることが多い。

あなたにとって取るに足らない人からどう評価されてもあなたの自我はびくともしませ
んから、今の話には関係ありません。それに、私が >>182  で聞いたのはあなたの
事ではなく、周囲に認められる事で自我を支えているため、周囲の人の評価を非常に
気にしている男の人の事です。

周囲の評価を非常に気にしている(=周囲の是認を自我の支えにしている)男の人
が、この人の親、兄弟、親戚、同僚、仲間、近所の人などすべての知り合いから「お
前は変態だ。」「お前は頭がおかしい。」と評価されて、変態や馬鹿を見るような目で
見られ、変態扱いや馬鹿扱いをずっとされるという事態に陥ったならば、どうなるか?
そして、この男の人が、そういう事態に落ちいった事を想像したならばどう感じるか?
恐ろしいと思うのではない?

と聞いたのです。

[189] petty_chou 2005/08/28 12:36

ごめんなさい。 >>185  はこれに答えてくれたのですね。

>あなたは周囲の誰からも変態扱いされてまともにしゃべってくれる相手がいなくても
>平気なのですね。

ただ、上でも書きましたが、あなたにとって取るに足りない人ではなく、あなたが大事に
したいと思っている人すべてから変態扱いされ、まともに相手をしてくれなくなるという状
態を想像してください。あなたの周囲の人全員からそういう扱いを受けることを想像すれ
ばどうかという事です。

[190] petty_chou 2005/08/28 12:45

>>183  でも書きましたが、

無意識と言っても、漠然と分かる場合も確かにありますが、まったく見えないことも
あります。漠然とでも分かる部分はいわば灰色の部分です。真っ黒な部分(本当の
無意識とでもいいますか)の方が大きいです。

本人の中には、本人から見えない部分があります。本人の感情や衝動を、すべて
本人が気がついているというのは間違いです。
人は、自分ののセルフイメージを守るために、自分に嘘をつく事ができるのです。
だから、本人の主観はアテになりません。

>ですからね、貴方がそう判断して、それが真実であることをどう証明するのですか?

いまやっているように話し合って、もし2人が了解する事ができれば、その了解した
内容は、2人の間では「真実」となります。証明はできません。了解するだけです。
私の考えでは、「真実」というのは共同幻想ですから。

[191] h.k 2005/08/28 18:46

188
好いている人から好かれたいと思うことが恐怖であるなら、何かをやりたいと思う心はすべて恐怖になりますね。
例えば、運動をしたいと思う人がいたら、体を良い状態に保っておきたいからだ=体を悪い状態にしてしまうのが怖い。
などね。
特定の人間の話に話が変わっていますが、イスラム教徒の話ですよね?
対人恐怖症の人間の話をしているのではありません。
人間は孤独に耐えられる程強くない、もしくは耐えられるかたは稀有なので当然孤独になるのは怖いと思いますが、孤独になるということが目の前に現れない限り、それを恐怖として感情に発露しません。
そして、潜在的に含まれている恐怖の可能性について、それは恐怖だという必要は全く無い。例えば、誰かの目の前に刃物を突きつければ想像を絶する恐怖が起こりますが、その人は刃物を怖がっているでしょうか?
その状況や、時間、教育、経験が複雑に織り成す結果としての恐怖を一般化して、普遍化することには無理があると思います。

190
何度も言います。貴方の主観もまた、不完全なものであるならば、貴方の目を通して判断された何かの真理足りえません。また、その人間の了解すら得られないのであるなら、それはただの決め付けと何が違うのですか?

RRさんへ
人間の、人道のレベルで物を考えた場合同じ人間である他者の命を奪うのは赦しがたい行為ですね。
別に、合法非合法であっても。そして、仏教のように全ての生物が平等ならば直のことです。
しかし、我々の存在価値というのは、桜の花のように咲いては散りゆくものでしょう?僕たちの命に価値はあるのか?という問いは、桜の花に価値があるのかと聞くことに近いのではないかな?と。
たとえが非常に抽象的になりましたが、儚く美しく、そして無情に散っていく桜の花に意味も価値もないでしょう?
だれかが、美しいと思うけれど。まして、それが我々を超えた存在からしてみれば、まさしく桜の花のように散ったところで、何一つの感傷も無いのでしょう。

でも、僕たちはその絶対的な何かのために生きているのではない。まぁ少なくても僕は違う理由がありますね。
一瞬を楽しむというよりは、たとえ、人生が生まれる前からきまっていようとも、それを人が知りうることは無いのだから、今この瞬間の選択や行動を一つ一つ全力を尽くすしか無いのではありませんか?
そして、それでも自分が全てに裏切られているならば、死ぬも生きるも僕たちの決断一つではありませんか。
星にとっての一瞬であっても、我々にとっての永遠は今であり、時の流れは我々が知覚できるそして、慣れ親しんだ流れのまま変わりません。
その流れを止めることが出来ないけれど、常に自分のありたいようには変わっていけるでしょう?
そして、疲れたら休めるし、そのくらいの時間の余裕は僕たちにもあるはずですよね?

[192] 特命 2005/08/28 19:21

>>180

対人恐怖症は自尊心の高い人がなりやすい病気だそうですが、
相手の目を気にするのは相手に感情移入してのことですが、
自分を思ってるところから気になるんじゃないでしょうか。

どこの親も子を自我の支えにしてますが、他人の視線と比べて、
子供の視線はそんなに気にしていないと思います。
「勉強しろ」と言って子に嫌われても子の幸福を願うのが親です。

相手を自我の支えにしてるだけであるならば、相手の視線ではなく、
相手自身の不快を恐れると思う。

[193] RR 2005/08/28 21:51

h.kさんへ
ええ、その通りです。私は私の存在する意味、理由、価値が・・・真理
があるのならば知りたいだけ。答える者はいなくてもこれからもずっと
求めていく。ただそれだけです。無残に散ってしまった桜の花びらも
やがて、土へと還り、また次へとつないで行くのです。我々が命に
価値を決めることなどできませんね。移ろうものなのですから。それ
を超越するものも然り。其の者に価値があろうとなかろうと真理は
変わることはありませんから。

選択は無数に存在し、私達は選ぶことができる。そして、それは未来
へと繋がなければ、本当に意味や価値を失ってしまうものかもしれま
せんね。神(創造者)は憎い。命を命で補う術しか我々に与えてないの
だから。我々に与えられた命の存在理由は?価値は?それは、自分で
見つけるしかないのかもしれませんね。命は儚く、そしてほんの少し
悲しいのです。それでも繋げることができるということは線香花火よ
りも選択があるということですね。

[194] プヒャw 2005/08/29 11:52

>>0  勝ち組の搾取の対象としての価値しかない、負け組矮小人間のオナニースレかwww つまんねぇなぁ〜〜〜、と煽ると、このウジ虫は感情の収まりがつかなくなるwww 何を言ってもひ・が・みwだがなぁ〜〜〜〜wwww 痛い所を突かれたこのスレのウジ虫どもは、互いにその痛む所を舐めあうであろうwwwwこれ間違いなしwwww
っと、オアソビお〜わりっとwww じゃぁねぇ〜〜〜www さぁて、勝ち組国際人のオレは明日からアメリカ勤務だwww ジャンジャン稼ぐぞぉww(コイツらは今から、「・・・羨ましくない・・・羨ましくない・・・」と自己暗示をかけてひたすらオナるwwこれ間違いなしwwww哀れ〜〜〜〜ww)   

[195] ニヒト 2005/08/29 12:54

人間とは神の失敗作に過ぎないのか、それとも神こそ人間の失敗作にすぎぬのか。

[196] h.k 2005/08/30 00:00

194の人が言うひがみって何に対してのひがみなんだろう?と純粋に疑問に思ってしまった。
まぁつまらないのはいいとして、痛いところをついているのか?この発言?
彼はどうやら勝ち組らしいけれど、人間の品位が損なわれている時点で可哀想だなと思ってしまった。

[197] RR 2005/08/30 00:08

アメリカ勤務だから稼げるという時点で認識を間違っていますね。
この時点で彼は一般常識を持ち合わせていないです。単なる詐欺師で
すね。↓の彼が立てたスレでもこちらの疑問に一切答えてこないので
そうやって相手にしない、という逃げ道しかないのでしょう。という
わけで彼は無視する方向で。

[198] h.k 2005/08/30 03:33

無視するのもあれなので、とりあえず悔しがってみましょうか。

くっそ〜アメリカ行きか〜いいな〜 俺もいければなあ!
畜生俺もじゃんじゃん稼ぎたい!!

それはそうと、イスラム教の豚は食べてはいけないという教えは一体全体どういう理由からなんでしょうね?
豚は堕落した動物だから、食べるべきではないといわれているのですが、ハムとか角煮といった絶品料理を食べずにこの世を去るのは可哀想だなぁとひしひしと感じていました。
equilibriumさん ご存知ですか?

[199] equilibrium 2005/08/30 06:00

>>198
>無視するのもあれなので

h.kさんは情け深い方なのですね。
しかし武士の情けは仇になること多かりしですよ。

>イスラム教の豚は食べてはいけないという教えは一体全体どういう理由からなんでしょうね?

いろいろ説はあるようですが、
�クルアーンに食べるなと書いてある(神が食べるなと命じた)から
 食べないのであって理由はない
�豚は人間に移る寄生虫を持っている可能性のある動物だから
�豚は堕落した動物だから
�豚はウンコを食べる動物だから
などなどです。

�以外は全て推論(根拠はある)なので、正統派ムスリムの答えは�のようです。

[200] petty_chou 2005/08/30 19:24

>>191
>好いている人から好かれたいと思うことが恐怖であるなら、何かをやりたいと思う心はすべて
>恐怖になりますね。

その人の是認を自我の支えにしていれば、その人から嫌われる事は恐怖だと思います。
その人の是認が自我の支えだという事は、その人から嫌われると自我が崩壊するからです。
自我の支えでなければ、恐怖することはないでしょう。

運動にしても、運動ができる事がその人の自我の支えであれば、運動ができなくなることを
恐怖します。自我の支えでなければ、怖くはないでしょう。

[201] petty_chou 2005/08/30 19:28

>>191
>特定の人間の話に話が変わっていますが、イスラム教徒の話ですよね?

自我の支えとそれに対する恐怖についての話として対人恐怖の人の話を出しました。私達
にとっては、対神恐怖より対人恐怖の方がなじみがあって分かりやすいと思ったからです。

>対人恐怖症の人間の話をしているのではありません。

周囲の人の評価を非常に気にする人は、対人恐怖があるだけで、別に対人恐怖症ではあり
ません。対人恐怖症の人とは、自分が対人恐怖であることを否認しようとする人の事です。
周囲の人の評価を気にしていながら、周囲の人の評価を気にする事は馬鹿げた事だと思い、
人の評価を気にしている事実を否定しようとしている人のことです。

そういう人は、主観的には、自分が馬鹿げた事だと思っているのに人の評価が気になって仕
方がないのです。合理的に考えれば、自分が馬鹿げた事だと思っている事は普通はやめられ
るはずなのに、不合理にも、人の評価を気にする事がどうしてもやめられないと感じています。
そうなると、自分は妄想に囚われているのだと思ったり、自分は変だと思ったり、あるいは、
それでも気になる事を否定しようとして逆にもっと人の評価を気にするようになったりして、自
分の手に負えなくなったりするのです。

私は、私が >>175  で例として書いた男の人は、周囲の人の是認を自我の支えにしていま
すから、この人の親、兄弟、親戚、同僚、仲間、近所の人などの知り合いから変変態扱いや
馬鹿扱いをずっとされるという事態に陥ることを恐怖すると思っています。

この男の人の自我が周囲の人の是認によって支えられているという事は、彼の自我の秩序、
世界の秩序は、周囲の人に是認される事によって支えられているという事ですから、周囲の
人からひどい評価を受けるという事態になれば、彼の自我は崩壊すると考えられます。

[202] petty_chou 2005/08/30 19:28

>>191
>何度も言います。貴方の主観もまた、不完全なものであるならば、貴方の目を通して判断
>された何かの真理足りえません。また、その人間の了解すら得られないのであるなら、そ
>れはただの決め付けと何が違うのですか?

誰かの主観ではない真理は存在しないと思っています。真理もまた共同幻想だと思っていま
す。あなたにとっては、私の意見は、私の決め付け以外のナニモノでもないのでしょう。

しかし、私はあなた以外の私の周囲の人間と、私の考えを共有しています。ここで書いている
私の考えは、私と私の意見に同意してくれる人との間では共同化されている幻想です。その
意味で、それは、私と私の意見に同意してくれる人たちの間では「現実」であり「真理」です。

[203] petty_chou 2005/08/30 19:31

>>192
>自分を思ってるところから気になるんじゃないでしょうか。

この文の意味がちょっと分からないのですが。もう少し、説明願えたら有り難いのですが。

対人恐怖症は、自分に対人恐怖があるのに、対人恐怖があることを否認しようとする所
から起こるのだと考えられます。
周囲の人の是認を自我の支えにしていながら(自我の支えにしているので、周囲の人の
評価を恐れる)、それを馬鹿げたことだと思うから、葛藤が起きて、対人恐怖症になるのです。

普通、人は自分が馬鹿げていると思うことはすぐにやめられると考えています。実際、多く
の場合は、馬鹿げた行為はすぐにやめる事ができるでしょう。しかし、この場合、周囲の人
から認められる事で自我が安定しているので、周囲の人の評価を恐がる事はやめられませ
ん。

当人は馬鹿げたことだと思っているのに人の評価を恐がる事がやめられませんから、当人か
らすれば、「不合理な恐怖に悩まされている。」と感じることになります。そのように、当人から
見て不合理な恐怖に悩まされているその葛藤状態を「対人恐怖症」と呼んでいるのだと思い
ます。

だから、対人恐怖症は、自分の自我の支えを否認した事が原因です。

[204] petty_chou 2005/08/30 19:31

>>192
>どこの親も子を自我の支えにしてますが・・・

親が子供を自我の支えにしていては、親失格だと思いますが。
普通は、子供が親を自我の支えにするものです。

>他人の視線と比べて、子供の視線はそんなに気にしていないと思います。

視線が気にならないという事は、子供を自我の支えにしていないという事だと思います。

>「勉強しろ」と言って子に嫌われても子の幸福を願うのが親です。

そうですね。子供からどう思われるかを気にしていれば、親失格でしょうね。
子供の将来を願う、あるいは、子供が社会へ出てちゃんとできて子供自身の幸せを
求めてくれて幸せになってくれる事を願うのが親でしょうね。その為に、子供を叱ると
きにはきちんと叱って、ちゃんとした道徳観なりを身に付けさせるのが親の努めでしょうね。

[205] petty_chou 2005/08/30 19:32

>>192
>相手を自我の支えにしてるだけであるならば、相手の視線ではなく、相手自身の
>不快を恐れると思う。

そうですね。相手の自分に対する評価そのものを恐れるのだと思います。「他人の
評価」が象徴的に「他人の視線」「他人の目」になるんだと思います。そして、「世間
の目」もまた、「周囲の人の評価」の象徴でしょう。

[206] h.k 2005/08/30 20:00

総括してpetty_chou 氏の意見を鑑みるに、ここで議論することの意味そのものが理解できません。真理は存在せず、また個人の主観は不完全であり、そのうえで主観に根ざさない真理はない。とおっしゃいますが
主観が不完全であるというのにもかかわらず、人の主観を鑑みてそこに真理があるかということは顧みることはない。
ご自身の主観もまた不完全なものであるならば、なぜ人に対する評価が真足りえるかも理解できません。
そして、決め付けなのではないか?といわれれば「僕にとっては」とおっしゃるが決め付けではないのですか??
イスラム教徒の人が恐怖を感じていると実体験と論理とに即してはなしていらっしゃるのでしょうか?
感情を一言でゲームのように語るのは不可能です。人を愛しつつ人を恐れることもあります。
しかし、それを「恐怖を感じている」とは言いません。恐怖の方が大きければ怖いというし、愛がおおきければ愛しているといいます。
人に対する恐怖も同様です。恐怖感とともに期待感があるなら、そのどちらの感情が大きいかでその人の感じている事柄事態が変化します。
どんな人間に対しても人間は、ほんの少しの愛情なり慈愛が生まれます。
ですがそれは人を愛しているということとは程遠いものでしょう?

残念ながら、僕にはpetty_chou 氏の意見が前提をもってのみ、その論理が成り立つ意見であるようにしか思えません。
人が恐怖しているという前提なしに、論理が成り立たないのは、神がいないと論理が成り立たない宗教に非常に酷似していると思います。

[207] 特命 2005/08/31 19:32

>>203
>>自分を思ってるところから気になるんじゃないでしょうか。
>この文の意味がちょっと分からないのですが。

相手が自分をどう見ているかを気にするには、必ず自分が絵の中にいるはずです。
人に変に見られたくないと考えるためには、脳裏で自分を想像しなければなりせん。

ですが、親が子に「勉強しろ」と言って子に嫌われても子の幸福を願ってる時は、
子供自身が幸福になる想像だけで、そこに自分の想像をしてはいないんです。

どちらも相手に依存しているはずです。
ですが、親のほうは子の視線を気にせずに依存しています。

>>204
>親が子供を自我の支えにしていては、親失格だと思いますが。

petty_chouさんは単純に自我を自分と捉えてるわけではないんですね。
親は子を自分の支えにしていますし、子がいなくなれば不安になるのですから
心の拠り所にしているはずですが、これは自我の支えには値しないんですね。

心には自我のないカラのスペースがあるとする空性を信じる仏教徒でも、
親が子に依存する感情は人の愛情であって、
無縁の慈悲(仏の愛)とは繋がるものはあっても別に捉えていると思いますので、
親の依存を自我の支えではないとする解釈は特殊だと思います。

[208] h.k 2005/08/31 23:46

equilibrium さんへ
仇となるもまた一興かと思います。

皆さん、議論の種何かありますか?
豚の否定から神様の存在のはなしをしようかと思ったんですが、神様に聞かないと(アラーに)答えが分からないことだと今気づきまして。
何かあったら気兼ねなくお願いいたします。

[209] equilibrium 2005/09/01 07:23

宗教哲学に関する本の紹介のサイトを見つけたので参考までに。

<一例引用>
●上枝美典『「神」という謎——宗教哲学入門』(世界思想社、2000年)

 英米の宗教哲学の議論は、日本ではあまり知られていない。というか、日本には京都学派以来、自前の宗教哲学の伝統がつづいているせいか、海外の宗教哲学が、今どのような議論を展開しているのかについての情報が、さほど多くは入ってきていない。そのような状況のなか、英米の分析系の宗教哲学の最新の動向をふまえた研究者が、一般向けの入門書を書いた。画期的といえるだろう。

 本書は、大学の講義をそのまま再現したような作りとなっている。章末に「復習問題」と「発展問題」が数題のっているが、これなどは英語圏の大学のテキストのスタイルの踏襲と思われる。大学の教科書風というと、一般読者層には敬遠されそうだが、本書は学生の「実情」に合わせ、必要十分に平易に書かれているので、自分の頭でものを考えようとする姿勢さえあれば、誰でもチャレンジできるだろう。

 また、本書で特徴的なのは、宗教をめぐるさまざまなテーマについて、複数の立場を戦わせ、論点の所在を明らかにするという手法である。最終的な結論を避け、読者に熟考を促すスタイルともなっている。

 たとえば、まず「宗教など検証できない事柄について論じることは意味がない」という論理実証主義の宗教批判、「宗教は心の弱いものの逃げ場所」という心理学的な宗教批判が取りあげられ、その議論の妥当性が検討されている。おそらく日本の大学生の大半は、宗教に対して、以上の二つの理由から反感を抱いている。まずは、それに対するカウンターパンチを浴びせ、自分の前提を疑うよう促す。おのずから、宗教批判に対する再批判というムードが立ちこめる。以後、「神がこの世界を創造したのならなぜ悪があるのか」、「神の存在論証は可能か」、「証拠がないことを信じてはいけないか、それとも場合によっては信じる正当な理由があるのか」という問題が扱われ、分析哲学に限らない西洋の哲学的宗教論の基本的論点が網羅される。悪の問題についての整理、進化論が実は有神論と必ずしも対立するものではないという指摘、アンセルムスの存在論的論証の洗練、ジェイムズの「信じる意志」の再読などが、評者にとっては興味深かった。

 評者も宗教学を講義することがあり、宗教に対する漠然とした反感を学生から感じることが少なくない。その度にもっと深く考えるよう学生に要請するのだが、こうした宗教への感覚的反発に、システマティックに答える機会がなかなかとれず、正直いって対処に苦慮する。そのような学生に紹介する本としては、本書はうってつけといえるかもしれない。「いかがわしい」「うさんくさい」という言葉で代表されるような感覚的な宗教嫌いが、実は思考停止にほかならないことを本書は明らかにしてくれる。

 本書について気になる点も、この「宗教批判に対する再批判」というムードに関わってくる。極力公平にさまざまな立場を紹介しようとしているのは分かるのだが、結局どちらかといえば信仰擁護のほうに傾いているような印象を受ける。

 たとえば、最後に取りあげられているのは次のような議論である。「証拠がなくても神が存在すると信じることは合理的だ。なぜなら人間には神を認識する能力が備わっているからである。それはこの本が赤いという知識を持つ人が、どうして自分にそんなことが分かるのか分かっている必要がないのと同じ」という改革派認識論の議論である。そして、問題は神を認識する能力が備わっているかどうかだという当たり前の疑問を認めつつも、著者は、少なくともこれを学問的に厳密に否定することは難しいとして終わる。しかし、これでは、今までの複雑な議論、数限りない懐疑論のパターンの渉猟はいったい何だったのか、という気にさせられる。すぐに考えられる反論としては「同様に学問的に厳密に肯定するのも難しい」というものがあげられるだろう。これでは議論は平行線をたどることになる。

 また、懐疑論と信仰擁護論の論争は、確かに宗教哲学の歴史を活気づけてはきたものの、それが宗教哲学の基調だと考えてよいのだろうか。懐疑論と擁護論の対決が宗教哲学の一大テーマであったとすると、逆に宗教哲学の限界も見えてくる。そこからこぼれるような宗教哲学の論点としてはどのようなものが考えられるか。そこに、おそらく今後の宗教哲学の方向性が隠されているのではないか。(堀江宗正)
http://homepage1.nifty.com/norick/BR-philoreli.html

[210] h.k 2005/09/01 14:40

さて、じゃあ3つも論議の題目が生まれたようなので一つ一つやってみましょうか。
あえて、神がこの世界を作ったとするのならば、なぜこの世に悪が存在するのか?
そして、ここに一つの答えがあるとするならそれは何か?

この議論を始める以前に、悪の定義は何か改めて再定義しておく必要がありそうなので、とりあえず僕の個人的な悪の定義を。
悪とは、善との対極に位置する存在である。悪という定義は至極流動的、且つ時勢的なものであるが、同時に、絶対的な許容不可能の悪も存在する。
言うなら、漆黒から純白へと変わるグラデーションのように、そこに境界線は存在しない。
故に、あらゆる善行に1分の悪行が混ざりうるし、あらゆる悪行に一分の善行も混ざりうるだろう。
そして、そのことの善悪を決める最大のそして唯一のものさしは倫理観である。

ってなところですが、どうでしょうか?意見の相違などがあれば議論していきましょう。

[211] petty_chou 2005/09/01 21:10

>>206
h.k さんへ
私は、私が >>175  で例として書いた男の人は、周囲の人の是認を自我の支えにしていま
すから、この人の親、兄弟、親戚、同僚、仲間、近所の人などの知り合いから変変態扱いや
馬鹿扱いをずっとされるという事態に陥ることを恐怖すると思っていますが、あなたは、周囲の
人の是認を自我の支えにしているこの男の人は、周囲の人の是認を失う事を恐怖しないと考
えておられますか?もしそうなら、この男の人はどう感じているとお考えですか?

自我の支えを失えば自我は崩壊します。自我の崩壊を恐れない人間はいないと私は考えて
います。

[212] petty_chou 2005/09/01 21:35

>>206
「自我はそれ自身では安定する事はできない。だから、自我は、自我の外部に
自我を支える何かを必要としている。」
「自我は自我の支えによって支えられているので、自我の支えが失われれば、
自我は根拠を失い崩壊する。」

私は、以上の事を事実だと思っています。
この事実から考えれば、自我の崩壊に恐怖しない人はいないので「人は自分の
自我の支えに対して恐怖している。」という事が自然に導かれると思っています。

そして、最初の「自我は自我の支えが必要だ。」という事実は論理的に証明は
できないと思います。しかし、私は経験などを通して、これを「事実」として了解
しています。
「人が自我の支えに恐怖している」という事を前提にしているというよりも、「自
我には支えが必要だ。」と言う事を前提にしています。
そして、こういう前提を持っている事が宗教だというのなら宗教でも構いません。

ただ、人間の精神は不合理な産物であり、人間の精神に関する事がすべて論理
的に説明できると考える事の方が私には「妄想」に思えます。

[213] petty_chou 2005/09/01 21:46

>>207
>相手が自分をどう見ているかを気にするには、必ず自分が絵の中にいるはずです。

相手の目に映る自分の姿を想像しているという事ですか?

>どちらも相手に依存しているはずです。
>ですが、親のほうは子の視線を気にせずに依存しています。

日本では、割りと相互依存的な関係を結びますから、親も子に少しは依存しているか
もしれません。でも、子供の方は親に全面的に依存しています。少なくとも依存しようと
しています。ですから、基本的に、親は子供の依存を受け止めて支える側です。だから、
親が全面的に子供に依存しているようでは親失格だろうという事です。

私が「自我の支え」というのは本当に自我をささえているモノです。その支えがなければ、
自我が崩壊してしまうようなモノを念頭においています。

だから、私が「親が子供を自我の支えにしている。」と言う場合は「親の精神的な安定の
すべてを子供が支えている。」という場合です。
あなたは、親というモノは子供に対してそのような全面的な依存をしていると考えている
のですか?

[214] h.k 2005/09/01 22:40

あらゆる行動が自我の崩壊につながるわけではありません。さらに、一つのものを失ったところで自我が絶対に崩壊するかといわれればそれほど人は弱くありません。
例えば、バニーガールに自分が大衆の面前でならなければならない理由があるなら、私はそれを恐れることはないでしょう。
またそれを行い如何に周りから嘲笑されても私が納得した理由があるなら自分の行為を誇りに思うことでしょう。
人の精神を言葉で説明しきることは不可能であると思うからこそ貴方の断定的な意見に対して反論しているのです。
イスラムの人間が神に対して恐怖して、ひれ伏しているという言葉に対しての反論や、恐怖が人間の行動の根幹にあるということなどね。

自我の支えに対する愛情の方が恐怖よりも勝るならそれは自我のささえに対して恐怖しているとは言わないと申し上げているんです。
さらに言うならば、自我の存続をすててまで何かのために身を捧げて自殺行為を行う人々は一体どうやって説明なさるのですか?
人を救うために電車が来ているところに飛び込んで命を落とした韓国人の方がいましたね。あの人は一体何の自我の支えを失うのが怖かったというのでしょうか?
子のために命を投げ出す親はどう説明するのでしょうか?
親が子供を自我の支えにしていないならば親が子のために死ぬ道理はないでしょう?
恐怖するというのは恐怖という感情が自分を支配した状態をさして言うのであるから、神にひれ伏す誰かが愛情を感じつつ神にひれ伏したなら既にそれは恐怖からひれ伏していることにはならない。
そこで、愛情のほかに恐怖があるということであったり、恐怖という感情もそのほかの感情に同居するというのなら分かりますが、
恐怖を押し隠すための詭弁としての愛を用いているという考えは根本的に理解できません。

[215] 特命 2005/09/02 00:25

>>213
>相手の目に映る自分の姿を想像しているという事ですか?
そうです、文章力がないもので。

個人的には自分の親よりも子供を失った時のほうが
精神的ショックが大きいと思うんですがね。

親と子を比べることにこだわるつもりはないので、
とりあえずおっしゃってることに合わせますね。

子は親に対して自我が崩壊するほどに依存しているそうですが、
対人恐怖症の人でも自分の親に対しては、
他人ほどは視線を恐れていないのではないかと思います。

神でも親でも自我の支えにしているからといって、
視線を恐れてるとは限らないと個人的には思います。

ただ、内容がスレ違いっぽいし、petty_chouさんと語る気力が
なくなってきたのでこの内容についてはもう触れないことにします。

[216] RR 2005/09/02 19:18

>>210
悪の定義は現代社会、人間の特質から検証されたのですか?異論なし
流石です。それから中心となる話の中で、3つの論議の題目と仰いま
したが、

>>神がこの世界を作ったとするのならば、なぜこの世に悪が存在するのか?
>>そして、ここに一つの答えがあるとするならそれは何か?

あと一つは何でしょうか?

[217] petty_chou 2005/09/02 20:09

>>214
>あらゆる行動が自我の崩壊につながるわけではありません。

その通りだと思います。

>さらに、一つのものを失ったところで自我が絶対に崩壊するかといわれればそれほど
>人は弱くありません。

それが自我を支えているものであれば崩壊します。例えば、敬虔な一神教徒が神を失え
ば自我は崩壊するでしょう。

>例えば、バニーガールに自分が大衆の面前でならなければならない理由があるなら、
>私はそれを恐れることはないでしょう。

その理由は、「こういう事情があったのであんな格好をしたのだ。」と周囲の人に説明して
理解してもらうための理由ですよね。周囲の人に認めてもらうための理由ですよね。
私の出した例の男も、周囲に理解してもらえると確信できる理由があれば、人の評価を
恐れないでしょう。

>またそれを行い如何に周りから嘲笑されても私が納得した理由があるなら自分の行為
>を誇りに思うことでしょう。

あなたが、自分に納得できる理由があれば誇りにすら思えるというのは、周囲の人に認め
られる以外のモノに自我の支えがあるからでしょう。
というのは、自分に対する誇りの源は自我の支えだからです。
自分の正しさを支えてくれるのが自我の支えだからです。
(一神教徒の場合は、自分の正しさを支えるのは神への信仰だと考えられます。)
自我の支えとはそういうものだと私は考えています。

ただ周囲の人みんなから変態とか馬鹿とか思われている訳ですから、あなたの理由は
周囲のみんなから変態の変な言い訳とか馬鹿の屁理屈などと思われているでしょうから、
あなたの誇りは、周囲の人からは妄想のように見えるでしょう。
ですから、その誇りは周囲の人の是認以外の何かの支えがなければならないでしょう。

また、私が出した例の男の人は、周囲の人に認められるj事で自我を支えていますから、
この男の人が誇りに思える事というのは周囲の人が「偉い」とか「素晴らしい」と認めて
くれる事になります。
この男の人にとっては、自分が納得する理由というのは、周囲の人に説明してきちんと納得
してもらえる理由の事です。この人が安心して取れる行動とは、周囲の人に納得してもらえ
る行動です。

ですから、この男の人にとっては、周囲の人は納得しないけれど自分には納得できる理由
は存在しないのです。

[218] petty_chou 2005/09/02 20:19

>>214
>人の精神を言葉で説明しきることは不可能であると思うからこそ貴方の断定的な意見に
>対して反論しているのです。

「自我には支えが必要だ。」
「支えがなければ自我が崩壊するので、人は自我の支えに恐怖を抱いている。」
主張しているのはそれくらいなのですが。

>イスラムの人間が神に対して恐怖して、ひれ伏しているという言葉に対しての反論や、
>恐怖が人間の行動の根幹にあるということなどね。

神に対してひれ伏すという行為は、第三者から見れば、神に忠誠を示している姿に見える
という事は認めてもらえますか。

>自我の支えに対する愛情の方が恐怖よりも勝るならそれは自我のささえに対して恐怖
>しているとは言わないと申し上げているんです。

自我の支えに対する愛情というのがどのようなものなのか私には分かりませんが。

[219] petty_chou 2005/09/02 20:20

>>214
>さらに言うならば、自我の存続をすててまで何かのために身を捧げて自殺行為を行う
>人々は一体どうやって説明なさるのですか?

自爆テロをしているイスラム教徒たちは、自分たちの神を守るためあるいは神から支持されて
自爆しているのではないでしょうか。
自我の支えを守るためや自我の支えの賞賛を得るためには、人間は自らの命を投げ出すとい
うことではないでしょうか。
彼らは誇りを感じていると思います。それは、その行為が神の賞賛を受けると思っているから
でしょう。
また、他の自殺では、自分の自尊心を守るためという理由が多いのではないかと想像します。
自尊心を支えるのは自我の支えです。人は、自我の支えを失っては生きていけないので、
それを失う前に、自我の支えに支えられた状態を維持するために自殺するのではないでしょうか。

[220] petty_chou 2005/09/02 20:21

>>214
>人を救うために電車が来ているところに飛び込んで命を落とした韓国人の方がいまし
>たね。あの人は一体何の自我の支えを失うのが怖かったというのでしょうか?

とっさの行動に関しては何とも言えませんが、たぶん、そういう人を見て自分が助けないと後悔する
人なのでしょう。罪悪感を感じる人なのでしょう。罪悪感を感じるという事は、自我の支えから責めら
れているという事です。自我の支えを裏切ることはできないので彼は飛び込んだのでしょう。

>子のために命を投げ出す親はどう説明するのでしょうか?
>親が子供を自我の支えにしていないならば親が子のために死ぬ道理はないでしょう?

「親は命をかけて子供を救うものだ。」という道徳の持ち主なのでしょう。(たぶん、日本においては
親である自分がそうしなかった場合の世間の目を怖がったという場合が多いでしょう。)
親が「命を賭けて子供を救わないと、自尊心が保てない」とか「道徳に反する」とか「罪悪感を感じる」
とか「世間に対して恥ずかしい」などと思って、そういう行動に出るのでしょう。
いずれにせよ、そういう行動に出るのは、自我の支えを失う事を恐れての事でしょう。
人がある道徳観を持っているとき、その道徳観の淵源は自我の支えにあると思います。

[221] RR 2005/09/02 21:44

>>220
動物でも親が子を守るという行動にでることがあります。そこに道徳
や倫理などがあるのでしょうか?それは本能に近いのではないですか?

[222] petty_chou 2005/09/02 21:51

>>215
ひとつだけ。
対人恐怖症の人とは人の視線を恐がる人の事ではありません。

[223] ほろろ 2005/09/07 19:50

我が身を 呈して 他を助ける
我が身をいとわぬ心 それは 人とて 動物とて
愛の成せる技 つまり… 愛である
そして それは… 神が与えくれ給もう最大の
強さであり 恵みなのだ

[224] 追放者 2005/09/08 18:03

///.

[225] gれねg 2005/09/08 23:24

>>196  プw「品位」だとよw 勝ち組に何一つ勝てない最下層負け組人間の、典型的なオナニーだなぁ、ププw 嫉妬からくるオナニー精神論だとバレバレなのにも関わらず書き込んでしまうところに、負け組ザコの悲哀があるなぁ〜〜〜ww

>>197  アメリカ勤務「だから」稼げるなんて、どこの誰が言ったのやらw 日本語も分からん低脳であることを、自ら露呈しちまったねぇ可哀想にw あるいは、ムキになりすぎて、なんとしても叩きたくて、意図的に曲解したのかね? ん?w ま、だとしても所詮は浅知恵だから、低脳を露呈してるのには変わりないがなぁw(いやむしろ、こっちの方がより哀れだなw) イヤ痛いわwマジ痛いねぇww
また、ネット上を現実とみなす重度のネット中毒者の感覚では、「ネット上で相手にしないこと=逃げ」となるらしいw こんなゴミ溜めにへばり付いてるような廃人の感覚は、常人には理解できんなぁ〜〜〜w こんな最下層負け組ザコを相手にするのは、カルトを相手にするようなモンだなw 「相手にしない」のがイチバンwププw

こう書くと、俺がプヒャwと同一人物だというカルト的妄想(願望?w)を抱く奴が必ず出てくるんだろうぜw 気に入らないカキコを全て同一人物によるものと思い込むのは、ネット中毒者の典型的な末期症状だからなぁw カハハ、マジ哀れな連中だぜ〜〜ww

以上、勝ち組のひ・ま・つ・ぶ・しでした〜〜〜w 僻みに凝り固まったこの哀れなクズどもは、このカキコを見ると、叩かざるを得ない精神状態になるんだろうなぁ〜〜ww ま、お前ら負け組が勝ち組に好きなこと言ってオナれるのは、こんなゴミ溜めぐらいだからな、好きなだけオナるがいいぜぇw いやぁ、俺ってやっさし〜〜〜w お前ら、俺様に感謝しろよぉ?ww

ふぅ、つまんねぇ暇潰しだったぜw最下層人間の吹き溜まりってのは、暇潰しに来る価値さえない下らん場所だなぁ〜ww やっぱ俺様は、現実世界で稼ぎまくって美味いモン食ってるのがお似合いだなw
んじゃ、そゆことでぇ〜〜〜ww  

[226] petty_chou 2005/09/09 21:16

>>221 RRさんへ

>動物でも親が子を守るという行動にでることがあります。そこに道徳
>や倫理などがあるのでしょうか?それは本能に近いのではないですか?

動物の場合と人間の場合は別だと思います。
もし、親が子のためを思うことが本能であるのなら、親は子どもを虐待したり殺したりは
しないのではないでしょうか?子どもが親のやった事を恨みに思ったりしないのではな
いでしょうか?
人間の場合、親が本能に従って子どもを育てる訳にはいかないので、みんな悩んでい
るのではないのでしょうか?親はどんな子育てが正しいのかに自信がもてないまま、
それでも、いろいろと考え悩みながら子どもを育てているのではないでしょうか?
人間が行動する場合、だいだいにおいて本能に従う事ができないので、自分の今まで
築いてきた世界観に照らし合わせて行動するのでしょう。

私は、人間は本能ではなく自我(=世界観)に従って行動するものだと思っています。

道徳ではなく「親は自らの命を賭けて子どもを守るものだ。」という神話が一般には流通
していて、親はその神話に従ったのだ・・・と言う事はできるとは思いますが。

[227] MONSTER 2005/09/10 02:47

俺が思うに神は意思も何も持たないただ権力と力あるだけだと思う。
実在しないとは言ってもいざと成ったら神に祈ることがある。
ヨハネの黙示録でも神を侮辱した言葉がかかれているだけなのにその生物を恐れたみたいだから。それぞれが考えようによって決まる事。
強いと思えば強い弱いと思えば弱い。想像の塊を「神」と呼んだんじゃないかな。

[228] RR 2005/09/10 15:06

>>226
思うことが本能ではないです。もっと根本的な部分で人間にも子が
愛しいから守る、というものがあるのです。虐待したり殺したりする
のは、それは人生経験や感情の問題でしょう?貴方は貴方の主観から
みた事実のみを語っていますよね?それが真実ではないはずです。
>>220 のように罪悪感や、道徳心からくるもの、と考えているようで
すが、子供に幸せになって欲しい、という単純な願いからそれを行う
人も沢山いますよ。世界を見るのは現実があるからです。現実は厳
しい。だからその現実の中で精一杯に立ち向かえるように頑張って
いるのです。自我や世界観などはその後についてくるものですよ?
自我や、世界観という主観からの認識で現実は変わらないでしょう?

[229] petty_chou 2005/09/10 19:30

>>228  RR さん

>もっと根本的な部分で人間にも子が愛しいから守る、というものがあるのです。
>虐待したり殺したりするのは、それは人生経験や感情の問題でしょう?

人間には何か「根本的な部分」があって、子が愛しいから守るのだが、人生経験
やら感情やらで、その子を虐待したり殺したりする場合もあるというのなら、その
「根本的な部分」より人生経験や感情の方が決定的だという事ですよね。

それなら、
人間にはそういう「根本的な部分」はなくて、子を愛しいから守る訳で
はなくて、人生経験やら感情やらの為に、子どもを愛しいと思って守る親がでて
きたり、子どもを虐待する親が出てきたりする・・・
と説明することもできるのではないでしょうか?

[230] petty_chou 2005/09/10 21:24

>>228  RRさん
>思うことが本能ではないです。もっと根本的な部分で人間にも子が愛しいから
>守る、というものがあるのです。

このあたりは、考え方の違いだと思いますので、たぶん「水掛け論」になるとは
思いますが、書かせてもらいますと、私は、人間にはそういう根本的な部分はない
と考えています。

例えば、ゴリラなんかでも人工的な環境に置かれたら子育てをしなくなる場合が
あるようですが、これは、子育ての本能が壊れてしまったのだと思います。あるい
は、自然環境では他の個体から教われたであろう子育ての仕方を獲得することが
できなかったのかもしれません。
いずれにせよ、そうなったゴリラには子供を守ろうとか子どもを育てようとかの「自
然」な動機はなくなっていると思います。

人間はみんな最初から人工的な環境で育つわけですから、そういう本能的・自然
的なモノは基本的には壊れてしまっていると思います。
そもそも、人間は本能で生きていく事ができないから、文化とか社会とかいわれる
人工的な環境を作り出したのだと思います。
我々人間は、食の文化に従う事によって食事する事ができるようになり、子育ての
文化に従う事によって子育てができるようになり、性の文化に従う事によってセック
スができるようになるのだと思います。

もし、人間が本能で生きていく事ができていたのならば、文化は生まれなかったの
ではないでしょうか?
人間に文化があるという事実は人間が本能を失った証拠ではないでしょうか?

[231] RR 2005/09/10 22:37

>>230
本能を失っているのならば、今人間は生きてはいませんよ。生きよう
とする感情は本能と判断されますから。それとも生きる感情すらも
文化や世界観などにそって生まれてくるのでしょうか?

>>それなら、人間にはそういう「根本的な部分」はなくて、子を愛し
いから守る訳ではなくて、人生経験やら感情やらの為に、子どもを愛
しいと思って守る親がでてきたり、子どもを虐待する親が出てきたり
する・・・と説明することもできるのではないでしょうか

さて、生まれてきたばかりの子供に憎いという感情が生まれますか?
生まれてくることが嬉しいから産むのでしょう?それらを愛すことは
自然なことです。じゃなきゃ、何故子供を産むという選択がでるの
でしょうね?

[232] petty_chou 2005/09/11 09:46

>>231
「本能をうしなった」という表現はよくなかったです。本能がなくなってしまったのではなく
本能が壊れていると言いたかったのです。

人間の場合、本能は壊れて、「欲望」に変質してしまったと私は考えています。
個体保存の本能は自我を保存する欲望に、摂食の本能は「食べたい」という欲望に、
種族保存の本能は性欲に・・・というように、本能は人間独特の歪みを持った欲望に
変質したと考えています。

本能は壊れていても、人間には「生きたい」という欲望はあると思います。

[233] petty_chou 2005/09/11 09:58

>>231
>さて、生まれてきたばかりの子供に憎いという感情が生まれますか?
>生まれてくることが嬉しいから産むのでしょう?それらを愛すことは自然なことです。

「生まれてきたばかり」の頃かどうかは分かりませんが、子どもを憎いとか嫌いだとか
いう感情が生まれるから、親は子どもを虐待するのではないですか?
「子どもを愛する事が自然なことだ。」と言ったところで、実際に、子どもを愛さない親が
いっぱいいるではありませんか。

ですから、「子どもを愛する事が自然なことだ。」という神話があるだけだと思いますよ。
多くの親はその神話に従っているという事だと思いますよ。
私は、親が子どもを愛するのは、親の自己愛の延長だと思っています。
動物には自己愛はないでしょうから、そういう意味で、子供に対する愛情は、自然なもの
ではないと思っています。

[234] petty_chou 2005/09/11 09:59

>>231
>さて、生まれてきたばかりの子供に憎いという感情が生まれますか?
>生まれてくることが嬉しいから産むのでしょう?それらを愛すことは自然なことです。

「生まれてきたばかり」の頃かどうかは分かりませんが、子どもを憎いとか嫌いだとか
いう感情が生まれるから、親は子どもを虐待するのではないですか?
「子どもを愛する事が自然なことだ。」と言ったところで、実際に、子どもを愛さない親が
いっぱいいるではありませんか。

ですから、「子どもを愛する事が自然なことだ。」という神話があるだけだと思いますよ。
多くの親はその神話に従っているという事だと思いますよ。
私は、親が子どもを愛するのは、親の自己愛の延長だと思っています。
動物には自己愛はないでしょうから、そういう意味で、子供に対する愛情は、自然なもの
ではないと思っています。

[235] RR 2005/09/11 13:18

>>234
愛さない親がいることは事実でしょう。でも、それが真実であるとは
限りません。憎悪や愛情、それらの感情を持つことは自然なことで
しょう。私はすべての人間が子供を愛するという本質をもっている、
と言い切れますが、その後の事実までは確証しませんよ。貴方が
>>220 のようなことを仰っていたから、それは違うのではないか、と
考えたのです。そもそも自己愛というのは誰にでもあるものでしょう
?でなければ私達は生きていけませんからね。何かの命を持って
補っている対象が人間でないだけです。愛情は自然なものですよ。
そして憎悪も自然なものです。それらは感情であり、人間の本質を
表すものですから。何を言っても虐待は虐待ですが、それらを一つ
ずつ見ることで真実が分かります。憶測だけで固執観念に囚われるの
は危険ではないですか?まぁ、傷つけた時点で加害者は加害者ですか
ら弁明する気はありませんがね。

[236] petty_chou 2005/09/11 13:54

>>235
>私はすべての人間が子供を愛するという本質をもっている、と言い切れますが、
>その後の事実までは確証しませんよ。

言い切れるというのは、あなたの思い込みだけであるかもしれないでしょう?だって、
私は、それは神話だと主張しているのですから。

だから、確かに「すべての人間が子供を愛するという本質をもっている」のだという
事を説明してほしいのですが・・・。

前にも書きましたが、すべての人間に子どもを愛するという本質があって、その後の
人生経験やら感情やらで、その子を虐待したり殺したりする場合もあるというのなら、
その「本質」があるのかないのかは確かめられないですよね。

それならば、人間にはそういう本質はなくて、元々子どもを愛するようになっている訳
ではなくて、その後の人生経験などによって、子どもを愛する親もいれば、子どもを虐
待する親もいる・・・と説明しても何の問題もないでしょう?

そうではなくて、確かに「すべての人間が子供を愛するという本質をもっている」のだと
いうのなら、そこの所をきちんと説明してほしいのですが。

[237] petty_chou 2005/09/11 13:58

>>236

>子どもを愛する親もいれば、子どもを虐待する親もいる・・・



子どもを愛する親になる者もいれば、子どもを虐待する親になる者もいる・・・

の方がいいかな。

[238] RR 2005/09/11 17:55

>>236
わざわざ犯罪を犯す為に子供を産みますか?お互いが愛し合い、その
上で子供ができるのでしょう?根本は幸せから子供は生まれてくるの
です。ならばその延長戦上がどうであれ、人間が本質的に子供に対
して愛情を抱くでしょう。それが変わるかどうかの確証は先ほど述
べたとおりですよ。虐待してもね、それをすごく後悔する親だって
いるんです。虐待したから、といって人間の本質的な部分が無いとも
いいきれませんね。それから神話には所以があるからこそ神話なので
すよ。あぁ、ちなみに説明は最初の3行なので。

>>237
そうですね。その言い方が正しいように感じます。

[239] petty_chou 2005/09/12 10:26

>>238  RR さん

>お互いが愛し合い、その上で子供ができるのでしょう?
>根本は幸せから子供は生まれてくるのです。

それが神話だと思います。
実際には「結婚すれば子どもを作るものだ」という「常識」に従っただけという場合も
多いのではないでしょうか?また、子どもができたときには実は2人の関係は冷え
始めていたって事もあるでしょうし、子供なんか欲しくなかったのにできてしまった
という場合だってあるでしょう。
だから、根本が幸せから生まれた訳ではない子もいるでしょう。
だとすれば、そういう子どもは愛されないのでしょうか?愛されるのでしょうか?

もし、愛されないのならば、人間には「子どもを愛する」本質があるという事と矛盾
します。もし、愛されるのならば、「根本が幸せから生まれてくるのだから、子ども
は愛されるのだ」という説明と矛盾します。

[240] RR 2005/09/12 19:23

>>239
それはあくまで過程の話ですよね?その本質に気づくかどうか、それ
とはまた別の話ですよ。本質を持ったまま、それに気づかずに死んで
いく場合もあります。本質は根っこの部分であり、枝分かれした葉の
ことまでは私は確証していない、と言ったと思いますがね。愛してな
いから、その本質を持ってはいない、ということにはならないと思
いますが?

[241] 愛の本質 2005/09/13 04:49

愛には慈愛と渇愛があります、子供の愛し方はどちらでしょうか?教育ママが子供を有名塾に入れて大学受験に臨むのは渇愛でしょう。では慈愛とはどういう愛し方でしょうか。

[242] MONSTER 2005/09/13 17:24

仮に神が居たとして、皆さんがどの様な生物を想像しますか?おそらく、私は例え神に会ったとしても何の生物かも分からない物だったりするのでは。

[243] RR 2005/09/14 00:14

>>241
初めまして。言葉にすると難しいですね。一挙一動きちんと見ていて
、そこに深い愛情をもって接すること、かなぁ?鼻が詰まっていたら
口で吸い出してあげるとか、子供の状態を見て、一番優しく接するこ
とではないかな、と思います。

>>242
初めまして。形状のことでしょうか?一般的に伝えられる神でも色々
ありますからね^^;ぶっちゃけ、神の概念はあやふやですし、水母み
たいな形状かもしれませんね。確か不死(寿命)の水母がいたし。
冗談は置いといて、生物ならば、やっぱり人が想像しやすいです。
言語にして分かる生物は人間だけだし。生物の枠をはずすならば、
形状がない、というのが一番イメージとして私は合うと感じます。

[244] RR 2005/09/14 00:20

愛の本質さんへ
追記
渇愛は自分が望むことであるのに対して、慈愛は相手に尽くすことで
はないかな?と考えました。

[245] MONSTER 2005/09/14 02:25

>>243 そうですよね。実際どんな物かも分からないし男か女かも分からない。私たちのイメージも何処からか植えつけられただけかもしれませんしね。私は想像自体で生まれてくる生物の最初の格好は色が純白であり色を自在変えられる、形の持たない生物又、いくらでも形が変えられる生物だと思っています。

[246] petty_chou 2005/09/14 14:03

>>240  RR さん

前にも書きましたが、何故「すべての人間が子供を愛するという本質をもっている」と
言い切れるのかを説明してほしいのですが・・・。

[247] petty_chou 2005/09/14 14:17

>>240  RR さん
それから

>その本質に気づくかどうか、それとはまた別の話ですよ。本質を持ったまま、それに
>気づかずに死んでいく場合もあります。

それでは、人間にはその本質はなくて、後からの経験で獲得する人もいれば獲得しな
い人もいる・・・という説明でも問題はないでしょう。
その本質があるというのなら、いかなる理由でその本質に気づかない人がでてくるのか
その本質を発現しない人がでてくるのか、というところもきちんと説明してくれないと、説
明にはならないと思うのですが。

あなたは、>>228  で、その本質が発現しないのは後の人生経験などのためだと書かれ
ていますが、「子どもを愛し育てる」本質を持っている人間が作った文化あるいは社会の
中での経験によって、何故、その本質は発現しなくなるのでしょうか?
その本質を持った人間ばかりが集まって文化を作っているのなら、その本質が必ず発現
するような文化になっているはずなのではないでしょうか?それなのに、その文化の中で
経験を積んでいるのに、何故、その本質に気が付かないままになるのでしょうか?

そういう本質を持った人間の作った文化がその本質を疎外するというのは背理ではない
でしょうか?

[248] petty_chou 2005/09/14 14:18

>>240  RR さん

動物が「子どもを育て・守る」本質を持っているという事は私も認めますが、人間には
そういう本質はないと考えています。もし、人間にそういう本質があるのなら、子供を
産みたがらない女性が増えている事の説明がつきません。

人間の子どもは完全に無知無能無力で生まれてきます。一人前に育て上げるまで
には、大変な苦労が必要です。もし子供を産まなければ背負わなくて済む時間的、
経済的、精神的、肉体的な大きな負担を背負わなければなりません。そして、現在
の日本では、それらの負担のほとんどを女性が背負わされます。
子どもを産みたがらない女性は、それらの負担を背負うのが嫌なのでしょう。自分の
自由を犠牲にしてそんな負担を背負う理由が見つからないから、子どもを産みたがら
ないのでしょう。
かつては、「結婚して子どもを産むことが女の幸せなのだ」とか「結婚すれば子どもを
産むものだ」などの神話(幻想)がまだ力を持っていて、そういう神話を誰も疑わず、
女性もそれらの神話に従って子どもを産み育てていたのでしょう。
子どもに対する愛も、「母性愛」という神話があってそれをみんなが信じていたのだと
思われます。
そういう神話が揺らいできて、それらを信じない女性が多く出てきて、子どもを産みた
くないと堂々と言うようになったのでしょう。

[249] RR 2005/09/14 18:49

>>247-248
私は真理であるとは一言も言ってないと思いますが?まぁいいでし
ょう。本質というのは物事の根底に当たる事象です。即ち、結果が
存在する以上はどこかに始まりがあるわけです。突然結果のみが存在
することはないでしょう?愛情や、感情といったものがあるのはその
根底にそれらの本質があるわけです。本質が備わってなければ、それ
らに基づく結果というのはでませんからね。また、神話にも所以があ
ると前にも言ったと思いますが、貴方のいう文化、世界観というもの
が出来上がる前を人間、と呼称されますか?それらが出来上がる前の
精神的な本質として用いられているから、そのような文化、世界観が
出来上がっているのでしょう?

>>248
>>動物が「子どもを育て・守る」本質を持っているという事は私も認
めますが、人間にはそういう本質はないと考えています。もし、人間
にそういう本質があるのなら、子供を産みたがらない女性が増えてい
る事の説明がつきません

まったく別問題です。育て、守ることと産む決意というのは同義語で
はありませんよ。現実的な負担が多いからこそ、産まないという選択
はあります。それで不幸になるかもしれないのは子供ですからね。
何故子育てに責任が取られ、また、その責任を放棄したことにより
その親が後悔するのか。また、それらの感情が何故あるのか。それら
の根底には何があるのでしょうね?

私も真理であるとは言ってませんから、貴方が言うように思い込みで
しかないかもしれませんね?まぁ、真理であるとは一言も言ってない
ですけどね。予想以上に長引きそうなので、スレ違いですしこの辺り
で止めませんか?恐らく貴方は納得していないでしょうし。こちらも
貴方の意見には同意できませんから。

[250] RR 2005/09/14 19:03

>>245
神の概念って本当にあやふやですよね^^;ところで神の信仰に対する
宗派は沢山ありますけど、その中で貴方が信仰するしないに関わらず
に好感が持てる神様っていうのは何がありますか?ちなみに私は実は
日本の神様の概念が一番好感が持てます。万里に宿り、それぞれを
尊重する考え方ですからね。奥深くまで調べたことはないので知り
える限りですがね^^;

[251] アシオ 2005/09/15 11:40

神を信じてる時点で・・・危ない宗教でもやってるのかと・・・
別に信じてる人を否定する気は無いが・・

いままで神を見たことがある?
いままで神の存在が証明されたことがある?
じゃあ神を信じてるのはなぜ?小さいころ読んでもらった
物語に出てきたからソレを真に受けたの?
宗教には神が存在するけど、それは何か人間にもたらした?
もたらしたのは戦争だけじゃないかい?当たり前だよ、存在しないんだから。

[252] MONSTER 2005/09/15 16:37

>>251 常に反発する力が有る様に「神の存在が証明されていない」の中には神が居るかも知れないと言う可能性だって生じるじゃないですか。
実際私も、神は存在しないのではと思いますが、それを証明するには、何故、酸素と言う原子が現れたのか?何故、微生物が現れたのか?等の生物の始まりを証明しなければいけないのでは無いでしょうか?

[253] ドリノキス 2005/09/15 17:48

>>251
戦争がこの世に存在するからといって、それが理由で神が存在しないとは言えないでしょ。
例えば、宇宙や人間なんかは物凄く複雑でしかも物凄く精密な構造をしてるでしょ?
そこで一部の昔の人達は、あんなの作るには設計者みたいなのが必要だと。
しかも自分たち人間より遥かに能力のある奴じゃないとあんなもん設計できないと。その存在を「神」としたわけですよ。
勿論証明できないけど俺はまあ「いるんじゃないかなあ」って思ってます。

>>252
科学では「ある」と証明するより「ない」と証明することのほうが圧倒的に困難なので“あると証明できない時は、ないとする”というのが一般的だけど、
実際には存在しないことの証明が出来ない限り、存在する可能性はある。

[254] RR 2005/09/15 18:30

>>251
あらかじめ、いるという仮定で話をしているのであしからず。存在の
有無を討論しているわけではないですよ。

[255] petty_chou 2005/09/15 19:03

>>249  RR さん

私としては、何も説明いただけなかったという印象ですが、
確かにスレ違いですから、これ以上この件については書か
ないことにします。

[256] petty_chou 2005/09/15 20:00

>神を信じてる時点で・・・危ない宗教でもやってるのかと・・・

我々日本人にとっては、「神が存在する」なんて妄想としか思えないというのは当然だと
思います。私達の文化は神を精神(=自我)の支えにしている文化ではありませんから。

欧米の方では、たぶん、子どもの頃からそう教育されるんだと思いますね。
欧米では、子どもはかなり早い時期から、母親に依存することを禁止されます。日本人
からすれば、虐待ではないかというほど厳しく子どもを躾をするらしいですが、それは多
分、子どもの親に対する依存を止めさせて、神に対して依存するように仕向けるんじゃな
いかと私は思っていますが・・・。
そして、神へ向けられた依存が、神への信仰の基盤になると思われます。
だから、欧米人は、物心ついた頃にはすでに神の存在を前提にした自我を築いているの
ではないかと思います。神が死んで以来、事情は変わってきているでしょうが・・・。

でもたぶん、欧米人は神のような普遍的な存在を信じないことができないんですね。
それは、日本人が周囲の人々の目を気にしないことができないのと同じだと思いますね。

[257] h.k 2005/09/16 02:40

神様の存在を否定できる人間が世の中にいるとは思えませんけど?
神様の存在を否定するも肯定するも、想像の範囲内にとどまります。もちろん、イエスキリストのように実際に体感しているなら話は別ですが、それ以外にはありえません。

欧米人が母親に依存しない教育されているかといわれると、それも微妙ですね。親に頼って遊び暮らしている子供は多いし、親に依存しまくっている人もかなり見かけます。厳しさにしても、虐待とは程遠いものですね。虐待に近い教育をしている人間こそ特例です。
また、神様の存在を肯定するというのは、決して範囲の狭い行為ではありませんから、単純にわれわれの多くが神様の有無を聞かれたときに、いないと思うと答えるのと、同じ質問にいると思うと答えるかの差でしょう。
で、欧米人にも無宗教者はいるんですよ。神様の存在を否定する人もいます。
何度となく申し上げていますが、根拠のない事実を一般化しないでいただきたく思います。欧米人とひとくくりにして、できないんですねと言い切るのは傲慢です。
また、その根拠は推定でしかない。違いますか?
後神様を信じている人にとって神様は死んでいないので、それも追記しておきます。

[258] 総統 2005/09/20 15:27

余は王たる神に隕石召喚を祈ったことがあるが
実現しなかった。
余は異世界の天魔に
100万の信徒、1000億の資産
世界の知識、そして隕石をよぶ権能を要求した。

[259] 総統 2005/09/20 15:27

余は王たる神に隕石召喚を祈ったことがあるが
実現しなかった。
余は異世界の天魔に
100万の信徒、1000億の資産
世界の知識、そして隕石をよぶ権能を要求した。

[260] 無名 2005/09/21 05:31

宗教やどうとか興味はないが・・興味はないといいながら
仏教徒な私はどうだろうか、と思うが
人は何かにすがりたい、すがらなければやってはいけない。 キリスト教は仏教ヒンドゥー教、、、
しらないけど宗教の中にどこかに英雄と称えられる人物がいるだろう
それを神だとか 神の子だとか 神のつかえだとか、
信じられて人間たちに称えられてきた。
その宗教のおかげで救われた人もいれば犠牲になった人もいる
神は人の救うと同時に奪うのでもある。それは神といえるのであろうか。そもそも神など存在しない。人の空想によって作られた人物だろう。神は人物か? 光か?

[261] equilibrium 2005/09/22 05:08

>>242  >仮に神が居たとして、皆さんがどの様な生物を想像しますか?
>>245  >実際どんな物かも分からないし男か女かも分からない。
>>260  >神は人物か?

一般的に、神は生物でも人でもありません。
従って、生殖のために必要とされる性別もありません。
時空の外に存在するので、空間を占める物体の形を取りません。

[262] ゴリラ 2005/09/22 09:51

神は光合堀菌をつくりたもう。

[263] 迷える子牛 2005/09/24 05:54

神のパラドックスってもうでた?

[264] h.k 2005/09/24 12:14

神の矛盾ってことでしょうか?
どういったことでしょう?

[265] 公子派 2005/09/24 14:32

>>263-264
>神の矛盾ってことでしょうか?
>どういったことでしょう?

おそらく、全知全能が矛盾していると言いたいのでしょう
つまり、〔全知全能の存在は自身の行動を制約する存在を創る事ができない〕という事
この辺は過去ログにあったと思う

しかし、実際には人間が想像するような全知全能なんてありえないだろうね

ひょっとすると、今も神は我々の神経や精神を通して全てを行っているのかもしれない

[266] クレイン 2005/09/24 14:39

世界を作ったのは神ですよね?
じゃあその神はいつからいたんでしょうか?
そして、どうやって現れたんでしょうか?

[267] 迷える子牛 2005/09/24 19:16

>>265 それはラッセルの階型理論で説明がつくって小説にかいてあったのですが、ラッセルの階型理論ってなにかご存知でしょうか?

[268] 公子派 2005/09/24 20:56

>>267
いわゆるラッセルのパラドックスは
自分自身を含む集合の集合や自分自身を含まない集合の集合が矛盾を引き起こす
というパラドックスの事です

つまり

�自分自身を載せていないカタログ本を全て載せているカタログ本Aについて考えると

�カタログ本Aにカタログ本Aが載っている場合
カタログ本Aに自分自身を載せているカタログ本を載せる事になるので�と矛盾する

�カタログ本Aにカタログ本Aが載っていない場合
自分自身を載せていないカタログ本を全て載せている事にならないので�と矛盾する

という事です

階型理論はこの矛盾を解消するためにできたとさ

[269] 迷える子牛 2005/09/24 23:30

なるほど。わかりやすい。
んで、この矛盾をどうやって解消するんですか?

[270] 公子派 2005/09/25 00:02

>>269
集合の集合を集合族と言い換えます
つまり>>268 のカタログ本Aをカタログ本集と言い換えます

�自分自身を載せていないカタログ本を全て載せているカタログ本集Aについて考えると

�カタログ本集Aにカタログ本集Aが載る事はありません
なぜならカタログ本集A≠カタログ本だからです

�自分自身を載せているカタログ本は�より
カタログ本集Aに載る事はありません

という事になり、矛盾は解消するのです

単なる屁理屈みたいですけどね

[271] YUI 2005/09/25 03:20

神ってのは人間の普遍的無意識の底に存在する者かもしれないですね
人間は知らず知らずのうちに神に操られて行動しているとか。
つまり人間の意識とは実は一つの部屋の中に集合していて
神は人間の意識をその部屋の中で操っている。
私たちは意識的に今を生きているわけですが、
意識の奥底では神なる存在が私たちを操り行動を起こさせている。
つまり私たちは意識的だと思っていても実は無意識であると。
意識を操れる存在、そんなのがいたらそれこそ神と呼べるのでは?
と妄想全開で書いてみました。

[272] h.k 2005/09/25 06:56

>271
運命論に近いですね。物事のすべては行う人の意思の有無にかかわらず動かされているかもしれない。
その通りですが、かもしれない以上はそうでなかった場合を考えて、また仮に
何かしらの形でこの論理の正当性が証明されたとしても結局のところやるべきことは自身の全力を自身の目的のために
尽くすことだけなんですよね。
結局、神の有無にかかわらず人間はただ一人として努力するべきであると思うわけです。
神とは恐れ崇める物にあらず、尊び敬うものなり。という宮本武蔵の言葉は真理であるのだろうなとそう思います。

全知全能という定義が論理的に矛盾していたとしても、人間を超越した存在でありうるだけで、全知全能を名乗ることはできるのではありませんか?
過去ログでも同じことに言及しました。
人間を完全超越した存在であるというだけで全知全能と指して換わらないものだと思うのです。
仮に神にとって不可能なことがあったとしてもそれは同様にわれわれにとっても不可能であるならば、全知全能の定義が崩れたといって
矛盾を指摘して騒ぎ立てることに何の意味さえも見出すことはできません。
また、その矛盾をありのままに受け止めることができないのはほかならぬ人間なのだから始末に負えないんですけどね。

[273] 迷える子牛 2005/09/25 09:52

なるほど・・・
これは打ち破れませんね。
h.kさんが神の存在を信じているとわかっての愚問なのですが、これを打ち破る穴ってありませんか?神が完全な全知全能である必要性を説く術を教えてください。

[274] h.k 2005/09/25 10:53

>273
僕は、あくまで神というものに対しては中立的ですね。
存在の有無は死ぬなり啓示を受けてから論じることにしようと思っています。

全知全能である必要性ということですが、例えば、生れ落ちた直後に命を不慮の事故によって落とした赤ん坊の不平等を一体何を持って納得するか。
とか、生まれてから人を散々にいたぶってきたのにもかかわらず、優雅に人生を終えようとしている人が存在しているとか。
神がもしこの世にいて、人間を作ったとして、彼が絶対的な真理として世の中に君臨したいと思うならば、少なくても人間がどうしようもない理不尽に一抹の希望の光を差してあげるのは
神の義務では無いのか?

また、この世に存在するあらゆる悪行を赦せと仰せの神は、その悪行によってずたずたにされた人の心をどう取り繕うというのか?
そして、それが理由で自殺をした人、悪魔を崇拝した人は、果たして本当に赦されるべきではないのか?

などなど、神が存在した上でなお、全知全能でなければ赦されない、人間の作った欺瞞の数々は多々ありますね。
赦しと裁きという二つの相容れないものが存在して、その均衡をとりつつにおさめる必要を人に要求しながら、答えを用意しておかないのは
子供のいたずらというにはひどすぎるのではないか?と。

[275] 迷える子牛 2005/09/25 13:00

僕の宗教では、悪は神からでなく、悪魔によって起こされたものだから、神は悪を許しているわけでなく、いつか滅ぼすものとしています。
なぜ期間を置くかについては、例えば先生のだした答えに反論する人がいて、その反論した人が本当に正しいならばその人自身がその答えの正しさを証明する時間を与えるべきとの見解だそうです。

ですが実際、神が存在することが不幸と感じる人がいるはずだとも考えられると思います。その根拠は僕自身だからです。

[276] 公子派 2005/09/25 14:48

>>272-275

神さまというのは きっと完全無欠に立派で公平な人格者で、
強い者にも弱い者にも、お金持ちにも貧乏人にも、
ただ平等に見守るだけで 決してどちらか一方をえこひいきして
手を差しのべるなんてことはしないのだ。

なんてありがたいんだろう。死んじゃえ。   「キーリ」(壁井ユカコ)

迷える子牛さん、>>267 で言っていた小説には
ラッセルの階型理論がどの様に神の矛盾を解消すると書かれていたのですか?

[277] 迷える子牛 2005/09/25 14:57

山田正紀の神狩りという作品で神は、自分が持ち上げることのできない石をつくれるか?というパラドックスをラッセルの階型理論がそのままの答えになると説明していました。

[278] 公子派 2005/09/25 15:19

>>277
なるほど、それも>>270 の方法で解決できそうですね
・・・・・・・・・・・難しい

[279] h.k 2005/09/25 16:44

神が存在することで不幸になる人というのはおかしな話なんですよね。
どうして神がいると不幸になるとお思いですか?
あと、ついでなんですけど神と悪魔がいると信じて疑わないであろうその宗教を起こすなり熱狂的に信じている人に、
神の存在の有無ってコイントスで裏表が出ることと一体何が違うのか聞いてみてほしいかもしれない。

神様が純粋な傍観者であるべきな理由もまたありますね。
仮にいまにも飢え死にしそうな子供にパンを奇跡で上げたとして、では飢え死にしないまでもパンよりもはるかにひどいものを食べている子供には何をしてあげるのでしょうか?
奇跡を起こしてあげることでの不平等もまたあるということです。
そして、人は奇跡に頼らなくても生きていけたりもします。

[280] 迷える子牛 2005/09/25 17:23

個人的な意見ですが、全ての宗教には3つの要素があればよいと考えます。
幹となる教えと善の根元となるものと悪の根元となるもの。その善をできるだけ曖昧でなく、具体化して表したのが神と名のつくものではないでしょうか。

宗教とは、クラスの嫌われている人の悪口話が盛り上がるのと大して変わらないと思います。

[281] h.k 2005/09/25 17:28

その宗教は真理足りえるのですか?
少なくても宗教はある絶対的な確信をもとめて存在していると思っています。
その確信が揺らげばその宗教の存在意義もまたありません。

[282] 公子派 2005/09/25 17:46

>>280
>宗教とは、クラスの嫌われている人の悪口話が盛り上がるのと大して変わらないと思います。

分かりにくい、例えですね

私は

宗教とは精神と現実の不釣合いから生じる不都合を解消させる為の論理体系

の事だと思います

[283] 迷える子牛 2005/09/25 21:02

骨組みとしては、ということです。
そこに肉となる理屈と屁理屈をくっつけたら濃い宗教になる、といった感じです。

[284] RR 2005/09/25 22:19

神を指す救い。それは何を持って救いとされるのか。現世での目的は
何なのか。善悪の根源は何に繋がるのか。集約されると何処へ導か
れるのか。興味ありませんか?私たちは個人の意識として神に求め
られている訳ではないように思えます。「我が子らよ」この一言に神は
何を求めたのだろうか。疑問だらけだ。

[285] nnn 2005/09/26 21:36

ハニワシステムのbbsは朝鮮初中級掲示板である。初級学校生徒が高校生等を装い囮となり、中級学校生徒が釣師となり索敵、ハニワシステムのサーバーから自由にハッキングされた標的端末情報(説明書きによればuser-agent情報)が取得され、全体として中級学校生徒にハッキングの"演習場"を提供する仕組みになっているらしい。
朝鮮初中級学校生徒はアンドロイドであり知能レベルは極めて高い。(http://hack.dot.thebbs.jp/ 及びhttp://hack2.dot.thebbs.jp/ )
広告がないのでこのbbsを利用するユーザーが結構多いが、信頼できる他社のbbsに移動した方がよい。

[286] nnn 2005/09/27 16:59

高級学校へ進学する総連職員要員を除く大多数の中級学校卒業生は、銃の免許を取得すると自衛隊研究に入る。北朝鮮と韓国は国際法上主権国家ではなく交戦団体であり、日本国内の不法行為に対し国内法は適用されない。警察が破壊活動を察知しても逮捕・起訴出来ない。自衛隊にはアンドロイドが少数しか存在しないから、中級学校卒業生(アンドロイド)の急襲により非常に容易に全部隊が殲滅され得る。朝鮮半島有事の際に日本政府が有事法制を発動しジュネーブ条約遵守を宣言しても、中級学校卒業生はせせら笑うだけである。

[287] petty_chou 2005/09/29 21:45

>>257  h.k さん

>>217-220  に対してレスがないという事は、私の主張を納得されたと理解して
よろしいでしょうか?

[288] 公子派 2005/09/29 23:17

>>287
貴方は人間の行動の全ては自己満足によるものだと主張しているのですね
その通りだと思います
自殺行為は苦痛に満ちた生活などから抜け出す為の行為だし
自爆テロは自分の気に入らない存在を消し去り自己を英雄化する為の行為だし
子のために命を投げ出す親も真っ当な親でありたいという願望によるものだし
>>287 のレスも自分の主張をh.kに受け入れさせたいという願望によるのもだし

[289] h.k 2005/09/30 19:55

>>287
いや、前も申し上げましたが、貴方の主義主張は一貫して貴方の前提が当てはまることをもってのみ完結するのですが、貴方の前提が崩れていても、それを強引に貴方の主観で捕らえてしまうことで客観性がうしなわれているでしょう?
イスラム教徒の神に恐怖しているか否かや、ヨーロッパ人に対するそれに対しても同様です。
全ての前提が真理をもってのみ真理となる論理のそれは、一神教が神の存在をもってその論理を真理とすることとなんら変わりがありません。
貴方の意見は、主観のみを持って構成され、そこに客観性を盛り込むとその時点で論理的に崩壊します。そして、主観が間違っていないことを証明するのに必要なのは客観性です。自分の顔を鏡なしに見ることができないように、貴方の論を貴方の視点の身から考証して帰結させてしまっても、他人が寸分たがわぬ捕らえ方をしていない限りそれを真理であると証明することはできません。
そして、たとえば、突発的に人を助けて自らも死んでしまった人の例をあげるならば、この人の死を超越した人を助けたいと思った心の理由を一人の主観で真実と決め付けるのは不可能です。
これが、突発的な衝動でないと言い切れますか?
これが、神からの啓示でなかったと言い切れますか?
これが、この人の運命でなかったと言い切れますか?
そして、これが、社会的な地位の向上を救助後に見込めると計算づくで行った行動でないと言い切れますか?
この4つだけでも、貴方のあげた一つの理由に並立しうる理由です。
真実は、本人のみが知りうるものですが、推測としては貴方の意見のそれと同等です。
このどの選択肢をとろうとも、真実でありうるのですから、貴方のおっしゃる論理がぬきんでて真実である事はありえません。
その理由があれば、述べていただきたく思います。

[290] petty_chou 2005/10/01 15:01

h.k さん

>>214
>さらに、一つのものを失ったところで自我が絶対に崩壊するかといわれればそれほど
>人は弱くありません。

に対して

>>217
>それが自我を支えているものであれば崩壊します。例えば、敬虔な一神教徒が神を失え
>ば自我は崩壊するでしょう。

と私は答えましたが、これに対するあなたのご意見をお聞かせ願えないでしょうか?

[291] 公子派 2005/10/01 15:18

>>290
>それが自我を支えているものであれば崩壊します。
>例えば、敬虔な一神教徒が神を失え
>ば自我は崩壊するでしょう。

天皇が人間宣言をしたとき日本人はかなりショックだった事でしょう
あのとき、日本人の自我は崩壊したのかもしれない

[292] h.k 2005/10/02 18:28

例えば、イスラム教徒が神を失ったところで彼らは、まったく違ったものをすぐに、己の支えとすることでしょう。
家族、信念、義務。それらが存在していることで、神の存在が如何に大きくとも、そのショックに心が打ち震えようとも、彼らが自我を崩壊するとは思えません。
例えば、己の子供を自我の支えとした親はその子を失えば確実に自我を崩壊させるでしょうか?
良い例ですから、引用しましょう。かつての日本で天皇が神から人にその存在を格下げしたときはどうでしたか?
唯一つだけのものを自我のささえにしている人間というのはこの世にそうそういないものです。
さらに、仮にいたとしてその人がその支えにどれだけの比重を置いているかによって、その人の受けるダメージもまた違うことでしょう。

[293] petty_chou 2005/10/02 21:34

>>292
>唯一つだけのものを自我のささえにしている人間というのはこの世にそうそういないものです。

そうだと思います。現代の日本人を見ても、いろいろなものに自我の支えを置いているように
思います。西欧人はかつて神という唯一の支えを持っていたようですが、彼らも現在ではだいぶ
事情が変わっているようですね。

>さらに、仮にいたとしてその人がその支えにどれだけの比重を置いているかによって、その人
>の受けるダメージもまた違うことでしょう。

唯一の支えであるのに「どれだけの比重を置いているか」というのはどういう意味でしょうか?
その人が、唯一のモノを自我の支えとしているならば、その比重は100%の筈ですが。
自我を100%支えるから「自我の支え」であり、だからこそ、それを失うことは自我にとって
致命的なのです。自我は崩壊する筈です。

あなたは、「自我の支え」をどのようなものと考えておられるのでしょうか?是非、お聞かせ
願いたいと思います。

[294] petty_chou 2005/10/02 21:58

>>292
>例えば、イスラム教徒が神を失ったところで彼らは、まったく違ったものをすぐに、己の支えと
>することでしょう。
>家族、信念、義務。それらが存在していることで、神の存在が如何に大きくとも、そのショック
>に心が打ち震えようとも、彼らが自我を崩壊するとは思えません。

イスラム教徒にとっての信念や義務などの世界観はその大部分が神によって支えられている
のではありませんか?神を失うという事は神の教えを失うという事です。神の戒律をなくすとい
う事です。
1日5回の礼拝がなくなります。酒を飲んでいいのか悪いのかの判断がつかなくなります。
コーランには服装や食べ物や商売の仕方なども詳しく書いてあるそうですが、神を失うという事は
そういうモノもすべて失うという事ですから、どんな服装をすればいいのかも分からなくなります。
どんな食べ物を食べていいのか悪いのかも、商売をどのようにするのかも全部分からなくなります。
信仰から出てくる信念や義務をすべて失います。
もし、家族関係が神によって支えられているのなら、家族のつながりも失います。
(例えば、キリスト教徒の場合、神に誓って結婚しますから、神を失えば、夫婦である事ができな
くなります。)

イスラム教徒は、神と全く関係のないどういうモノを自我の支えにして自我を支えるのでしょうか?
家族がどういう風に支えになるのか、どのような信念や義務が自我の支えになるのでしょうか?

イスラム教徒も神以外の支えを持っているというのは分かりますが、敬虔な一神教徒の場合、
神の支えはかなり大きいと思います。自分の正しさや価値、世界観のほとんどを神によって支え
られているのではないかと思います。

[295] petty_chou 2005/10/02 22:09

>例えば、己の子供を自我の支えとした親はその子を失えば確実に自我を崩壊させるでしょうか?

>>292  と同じです。「自我の支え」をどのようにお考えなのでしょうか?
お聞かせください。

私の考えでは、自我の支えとは、当人の正しさや価値を支えるものです。当人の世界観も
自我の支えに支えられています。当人の名誉も幸せも自我の支えに支えられています。
当人の倫理観、道徳観、美意識と言われるモノをすべて支えるのが自我の支えです。
その支えが子どもだというような親はいるのでしょうか?

己の子供を自我の支えにした親とは、どのような親なのでしょうか?
お聞かせください。

[296] 公子派 2005/10/02 22:42

>>293-295
>自我を100%支えるから「自我の支え」であり、
>だからこそ、それを失うことは自我にとって
>致命的なのです。自我は崩壊する筈です。
>私の考えでは、自我の支えとは、当人の正しさや価値を支えるものです。

私は楽しい学生生活や将来の夢を日々の糧にして生きている
しかし、将来の夢に挫折したり学生生活が終了したとしても
私の自我が崩壊する事はありません

>1日5回の礼拝がなくなります。
>酒を飲んでいいのか悪いのかの判断がつかなくなります。
>コーランには服装や食べ物や商売の仕方なども詳しく書いてあるそうですが

イスラム教徒全員がイスラムの戒律の全てを守っているわけではありません

>己の子供を自我の支えにした親とは、どのような親なのでしょうか?

教育ママ

[297] petty_chou 2005/10/02 23:09

>>291

>天皇が人間宣言をしたとき日本人はかなりショックだった事でしょう
>あのとき、日本人の自我は崩壊したのかもしれない

日本人の自我は崩壊しなかったと思います。

>>292
>かつての日本で天皇が神から人にその存在を格下げしたときはどうでしたか?

日本人は、昔も今も基本的に、顔を見知った自分の周囲の人々に認められる事を
自我の支えにしています。神のような普遍的なものに自我の支えを置くことはない
と思います。
明治の初め、日本の指導者達は、西欧の強さを支えている神の存在を知り、天皇を
神の代替物に仕上げようとしたのだと思います。西欧人が神を信仰するように日本人
に天皇を信仰させようと努力したのでしょう。
しかし、それは、元々日本人が持っていた血縁家族の幻想を利用しようとしたもので
した。各人が村や家に所属し、周囲の人間との関係を大切にし尊重し合うという状況を
変えずに、各々の村や家の上に天皇を据えました。

日本人はすべて天皇の赤子になり、天皇はすべての日本人の親となりましたが、
日本人が周囲の人々から認められる事を自我の支えにしているという状況は変わら
なかったと思います。

天皇は日本人の自我の支えにはならなかったのだと思います。天皇の人間宣言に
よって、当時日本を支配していたイデオロギー(幻想)が崩壊したのですから、多くの
日本人は大きなショックを受けたでしょうが、自我の支えを失った訳ではないので、
自我が崩壊した日本人はほとんどいなかったでしょう。

[298] petty_chou 2005/10/02 23:18

>>296
>私は楽しい学生生活や将来の夢を日々の糧にして生きている
>しかし、将来の夢に挫折したり学生生活が終了したとしても
>私の自我が崩壊する事はありません。

>教育ママ

あなたは「自我の支え」をどのようなモノだとお考えですか?まず、それをお聞かせ
ください。

>イスラム教徒全員がイスラムの戒律の全てを守っているわけではありません

>>290  をお読みください。
敬虔な一神教徒で神を唯一の自我の支えにしている者がいるならば、神を失えば
自我は崩壊するのではないかというのが話の始まりです。
イスラムの戒律を守っていない人の話はしていません。

[299] 公子派 2005/10/03 00:40

>>298
>あなたは「自我の支え」をどのようなモノだとお考えですか?

自我=心
自我の支え=心の支え
心の支え=心のよりどころ

>敬虔な一神教徒で神を唯一の自我の支えにしている者がいるならば、神を失えば
>自我は崩壊するのではないかというのが話の始まりです。

神を唯一の心の支えにしている者が神を失えば
心に深い傷を負うことでしょう

しかし、自我が崩壊するとはどういうことなのだろうか?
精神分裂病になるという事なのだろうか?

また、客観的に神の存在を認識できないのに
神の存在は如何にして失われるというのだろうか?

[300] h.k 2005/10/03 18:16

前にも申しましたとおり、
>西欧人はかつて神という唯一の支えを持っていたようですが、彼らも>現在ではだいぶ事情が変わっているようですね。
こういった、根拠の無い前提を持ってのみ帰結する意見というのは宗教と何一つ変わりが無いのです。
イスラム教徒がかりに無宗教者に変わったとして、その人の自我が崩壊するかといわれれば、その人しだいというのが一般的な答えです。

自我、というのが自分自身を指す言葉な以上、自我の崩壊は人格崩壊を指します。自我の崩壊を引き起こさせるのに拷問が有効な手段であるのは、別に拷問が自我の支えを崩壊させたからではありません。

そして、イスラム教徒が家族を神のためになら喜んで犠牲に差し出すかといわれれば、決してそうではないことを私は知っています。
また、神を信じていても、厳格なコーランの規定に背く人がいることもね。
それら全てをかんがみるに、貴方の前提そのものが間違ってるとしか思えないのです。
仮に、私の自我の支えになっているものを貴方が奪ったとしたならば、私は即座に自我を崩壊させるかといわれれば答えはNOです。
おそらく報復というなの新しい理由を即座に見つけ出すことでしょう。
そして、その報復が成就されないままに貴方が遠いところに行ったとき、私は自我を崩壊させるでしょうか?
これも、おそらくNOです。私は理由無く生きていくことでしょう。

もう一度言いますが、貴方の論理のそれは貴方の前提を持ってのみ真理足りえますが、その前提が真理なのかといわれればNOです。
それを、客観的に考証してみない限りは、議論をする意味がなくなってしまいます。

[301] petty_chou 2005/10/04 21:13

>仮に、私の自我の支えになっているものを貴方が奪ったとしたならば、私は即座に
>自我を崩壊させるかといわれれば答えはNOです。

自我が崩壊しないように支えているのが自我の支えです。自我の支えを失えば
自我は崩壊します。自我が崩壊すれば発狂する以外には生きていけないだろう
と思います。私が「自我の支え」と言っているのは、そういうモノを考えています。

>>293  の質問に答えてください。

[302] h.k 2005/10/05 13:24

>301
自我、というのが自分自身を指す言葉な以上、〜
これでは不十分ですか?

[303] petty_chou 2005/10/09 23:26

>>302

不十分です。

>>300
>自我、というのが自分自身を指す言葉な以上、自我の崩壊は人格崩壊を指します。
>自我の崩壊を引き起こさせるのに拷問が有効な手段であるのは、別に拷問が自我の
>支えを崩壊させたからではありません。

私は拷問と自我の崩壊の関係についてはよく分かりませんが、自我は自我の支えに
支えられているからその形を保っています。自我が崩壊するという事はその支えがなく
なったという事です。
あなたの上の説明は理解できません。
「拷問は自我の支えを崩壊させた訳ではない」という根拠をもう少し具体的に説明して
いただけませんか?
それから、 >>293  の質問・・・

>>さらに、仮にいたとしてその人がその支えにどれだけの比重を置いているかによって、その人
>>の受けるダメージもまた違うことでしょう。

>唯一の支えであるのに「どれだけの比重を置いているか」というのはどういう意味でしょうか?

にもお答えください。

[304] h.k 2005/10/10 04:48

>303
どこが、どのように不十分なのかが分かりません。どこが不明瞭なのか、どこを補足してほしいのかを具体的に述べてください。

それ以外の部分についてですが、拷問を受けて発狂した人をさしてこの人の自我は崩壊したと言うことが出来ます。
拷問は、身体的苦痛を継続的、もしくは断続的に与え続けたに過ぎませんが、人格を崩壊させることができるわけです。
身体的苦痛を与えることは自我の支えと一切の関係を持ちません。
違いますか?

293については

自我を支えるものは自我そのものを形成しているわけではなく、あくまで補助的に作用して精神的な安定などをもたらせるものであると僕は考えます。
では、その補助にどれだけ依存するかによって、自我の支えが崩壊したときに自我の受けるダメージもまた、違ったものになって来るでしょう。

もう一度伺いますが、
>>自我は自我の支えに支えられているからその形を保っています

この前提の根拠は何ですか?また、これが真実たる理由は何ですか?

[305] petty_chou 2005/10/10 15:35

>>304
>拷問を受けて発狂した人をさしてこの人の自我は崩壊したと言うことが出来ます。
>拷問は、身体的苦痛を継続的、もしくは断続的に与え続けたに過ぎませんが、人格を
>崩壊させることができるわけです。
>身体的苦痛を与えることは自我の支えと一切の関係を持ちません。
>違いますか?

拷問から自我崩壊までの過程をどう考えておられるのでしょうか?
拷問によってなぜ自我が壊れるのかについて何も説明がないのですが。
自我の支えと関係がないと言うのなら、自我の支えと関係なく自我が崩壊する
その過程をきちんと説明してもらえないとダメだと思いますが。

身体的苦痛が直接の原因になって自我が壊れるのですか?
「痛い」と感じれば自我が壊れるのですか?
もしそうだとすれば、私たちが怪我をして痛みを感じても自我は壊れませんが、
その違いは何ですか?

拷問と自我の関係についてはよく分かりませんが、まず拷問を受けるという事は
拷問する側からすれば都合の悪い思想なり何なりを持っている人ですね。
拷問される方は拷問する方の敵ですね。拷問する方は敵の情報を得たりする為に
その人を拷問するのでしょうね。
そして、拷問するという事はその人が素直に情報を教えなかったという事ですね。
その人は拷問する側に屈したくはないと思っているという事ですね。
その人は拷問される側の思想なり何なりに誇りを感じているという事です。

「自分は名誉ある抵抗勢力の側の人間であって、弾圧する側は悪であり、決して
屈してはいけない。拷問ぐらいでこの考えを捨てるものか。正義は我々にある」などと
思っているでしょう。
つまり、抵抗勢力であり抵抗を続ける事を「自我の支え」「自尊心の源」にしている
という事です。ですから、拷問で情報を得たり寝返らせたりするという事は、その
「自我の支え」「誇り」「自尊心」を叩き壊さなければならないという事です。
なぜなら、抵抗勢力である事に誇りを持ったまま、拷問に屈する事はないからです。

だから、拷問は、その人の抵抗勢力としての誇りを捨てさせる事すなわち従来の
「自我の支え」を捨てさせる事が目的となります。
だから、拷問に屈するという事は、それまでの「自我の支え」を捨てるという事です。

拷問と言ってもいろいろとあるかもしれませんが、一般的には上のような「あらすじ」に
なるのではないかと私は思うのですが。

是非、自我の支えと無関係に自我が崩壊するその過程を説明してくださいね。

[306] petty_chou 2005/10/10 15:58

>>304
>自我を支えるものは自我そのものを形成しているわけではなく、あくまで補助的に作用して
>精神的な安定などをもたらせるものであると僕は考えます。
>では、その補助にどれだけ依存するかによって、自我の支えが崩壊したときに自我の受ける
>ダメージもまた、違ったものになって来るでしょう。

「自我」「自我の支え」に対するイメージ・捉え方が私とは全然違いますね。「自我」や
「自我の支え」のイメージを「すり合わせ」する必要がありますね。まず、「自我とは何か」と
いう話から始めなければならないでしょうね。

自我の支えは文字通り自我を支えているのであって、「補助的に作用して」いるのでは
ありません。
ボウルの中に水が入っているときに、ボウルが割れると中の水が流れ出すして形がなくなる
ように、自我の支えが壊れると自我の形は崩れてなくなってしまうのです。
「自我」と「自我の支え」との関係は、そのような関係なのです。「その補助にどれだけ依存
するか」などではなく、全面的に支えられているのです。

私からすれば、あなたの言っている「自我の支え」は自我の支えではありません。

[307] h.k 2005/10/10 16:09

レスを延々と続けていても仕方が無いので、まず、質問に答えていただきたいですね。

>304の最後の文章についての解答をお待ちします。

[308] petty_chou 2005/10/10 19:01

あなたも、拷問に関する質問に答えてくださいね。

>>304
>>自我は自我の支えに支えられているからその形を保っています

>この前提の根拠は何ですか?また、これが真実たる理由は何ですか?

真理かどうかは知りませんが、私がそう考えている根拠を説明します。
そのためには、まず、自我とは何かという事から説明しなければならないでしょう。
ちょっと長くなりますが書いていきます。疑問や異議があればその都度書いてください。

まず、自我とは「私は今【ザ掲示板】にやって来ているんだ。」などと意識している
主体の事です。「私は〜している。」「私は〜と考えている。」などと意識し、思考し、
行動する主体が自我です。意識的人格という感じでしょうか。

フロイドは人格を超自我・自我・エスの三層構造だと捉えました。
超自我は、文化や伝統などの社会規範が内在化されたもので、良心、自己観察、
理想機能という働きがあるとされています。
自我は、理性と分別を持っており、現実的な処理をする部分で、エスの欲求を
満足させる役割も担っているとされています。
エスは、本能的な生命エネルギーの貯蔵庫で、快感原則に従い欲求の満足を
追及するとされています。

私は、人間の精神は幻想の貯蔵庫だととらえています。
また、自我の役割である現実的な処理は、常に善悪の判断、価値判断抜きには
不可能ですから、超自我と自我をわざわざ区別するより、一体として機能していると
とらえた方がいいと思うので、岸田秀にならって、フロイドの「超自我」と「自我」を
ひとまとめにして「自我」と呼びます。(自我=超自我+自我)

ですから、人間の精神全体を「全人格」と呼ぶ事にして、個人の全人格は、自我とエスの
二層構造をなしており、それらには各々さまざまな幻想が詰まっていると考えています。

なぜ二層構造なのかについては次に説明します。

[309] petty_chou 2005/10/10 19:25

その前に、人間にとって「自我」とは何かについて少し書きます。

動物は本能に従ってこの世界とうまくつき合っていますが、人間は本能がうまく機能
しなくなったので、そのままではこの世界で生き延びることができなくなりました。
そこで、人間の集団は、集団としての文化を創り、個人の中に自我を作り、
個人の自我が集団の文化に適応するという形で、個々人が集団の中で
生きていく道を確保しました。

動物のように本能によってコミュニケーションが出来ない人間は、集団内の個々人が
集団内共通の文化を、各自の中に持つことによって他者とのコミュニケーションを
確保しようとしたのです。この各自の中に築いた文化が各自の「自我」です。

[310] petty_chou 2005/10/10 20:12

個人が行動する場合、例えば、
「この道を横断したいが、信号が赤なので今は渡らない。」とか
「私はこの子の親であり、この子は悪いことをしたので、私はこの子に説教する。」とか
考えて、横断するのを我慢したり、子供に説教をしたりします。

個人は自我の判断に従って行動します。
つまり、個人の自我は個人の行動規範として機能しています。「自我=行動規範」です。
また、自我は善悪の判断をし、世界がどのような秩序で成り立っているかを説明し、
私たちはその説明にしたがって行動しますから、「自我=世界観」です。

私たちは、自我という世界観(=行動規範)に従って初めて、まとまった意味のある
行動ができるのです。

[311] 公子派 2005/10/10 20:25

・・・・・・・・・ナガイ

[312] 公子派 2005/10/10 21:05

>>298
>神を唯一の自我の支えにしている者がいるならば、
>神を失えば自我は崩壊するのではないか

そんな香具師がいればその様な事が起きるでしょうね
ペットロス症候群なんてのもあるしね

>>300-310
議論が噛み合っていない

h.kは
「敬虔な一神教徒」=一般的な一神教徒

petty_chouは
「敬虔な一神教徒」=神を唯一の自我の支えにしている者

という前提で議論をしている
議論が噛みあわないのは当然だ

[313] petty_chou 2005/10/10 22:41

私たちの自我が行動規範として機能する為には、自我がある程度の一貫性・統一性が
なければなりません。しかし、私たちの抱く観念、衝動は互いに矛盾するものも多く、
とても一貫性があるとは言えません。従って、自我の一貫性を保つ為には、一貫性に
とって邪魔になる要素を自我から排除しなければなりません。
自我から自我の一貫性・統一性の邪魔になる要素をある程度排除してできた自我が
当人の自我です。そして、自我から排除された要素(観念、衝動)がエスの要素となります。

「全人格=自我+エス」です。

当人は当人の自我を自分の人格のすべてだと思っています。
当人はエスの存在を知りません。
エスは、当人の人格の一部でありながら、当人が当人の一部ではないと思っているモノです。

[314] petty_chou 2005/10/11 12:00

自我は自我と世界についての説明です。自我は、自我と世界のすべてを正しく説明
できるのでなければなりません。この世界がどのような秩序によって成り立っているのか、
また、自我は世界とどのような関わり方をしているのかについての説明が正しくなければ
自我は安定しません。
自我は正しくなければなりません。自我の安定は、自我の正しさに支えられています。
そして、その正しさは自我の中で証明する事は不可能です。
自我とは正しくなければ存立する事ができず、かつ、その正しさを自我の内部では
証明できないようなそういう体系なのです。

[315] petty_chou 2005/10/11 12:28

自我は自我と世界のすべてを正しく説明できるのでなければなりません。しかし、それは
全知全能を意味しますから、実際には不可能です。
ですから、自我と世界のすべてを正しく説明するためには、説明できない多くのモノを
視野の外に追いやらなければなりません。しかも、それらを追いやったという事実も
見ないようにしなければなりません。そして、その結果、すべてが正しく説明できると
思い込むのです。
実際には、すべてを正しく説明できるのではなく、すべてを正しく説明できると思い込む
のです。その思い込みができる事によって自我は安定します。(これができるのは、
自我のナルチシズム(=全能妄想)のによると考えられます。)

これは、偏った一面的な見方を、正しい見方だと思い込むという事です。
ですから、自我は、基本的に、一面的な偏った物の見方を、客観的な正しい物の見方だ
と思い込んでいるのです。別の言い方をすれば、自我は、妄想を真理だと思い込んでいる
のです。

[316] petty_chou 2005/10/11 12:50

自我は正しくなければ存立できません。
しかし、自我の内部ではその正しさは証明できません。

だから、自我の外部に、自我の正しさを裏付け自我の存在価値を支えてくれるモノが
必要となるのです。西欧人が神を必要としたのはこのためです。
自我の正しさは自我の内部では証明できませんから、その正しさを保証してくれる
外部の絶対的な存在が必要なのです。この外部の存在が「自我の支え」です。
(自我が「外部の或る物が正しさを支えてくれるのだ。」と思い込めればいいわけ
ですから、この「外部の絶対的な存在」というのは「幻想」です。)

かくして、自我の外部にある何ものか(=自我の支え)が自我の正しさを裏付け、
自我の存在価値を支えることになりした。

自我の正しさを支えるという事は、一つの体系(公理系のようなもの)としての自我の
正しさを支えるという事です。これは、自我全体を支えるという事です。
自我の支えは、自我の一部だけを補助的に支えるのではなく、体系としての自我全体
の正しさを支えるのです。

[317] petty_chou 2005/10/11 13:04

とりあえず、以上が >>304  に対する答えです。

[318] 公子派 2005/10/11 13:06

>>315
>自我は自我と世界のすべてを正しく説明できるのでなければなりません。
>これができるのは、自我のナルチシズムによると考えられます。
>自我は一面的な偏った物の見方を
>客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのです。

なるほど、貴方の自我論も一面的な偏った物の見方というわけだ

>>316
>自我は正しくなければ存立できません。
>自我の内部ではその正しさは証明できません。
>その正しさを保証してくれる外部の絶対的な存在が必要です
>この「外部の絶対的な存在」というのは「幻想」です。

貴方の自我論は貴方の自我の支えですね
そして、貴方の自我論という絶対的な存在は「幻想」なのですね。
ということは貴方の自我論という自我の支えを失ったら貴方の自我は崩壊します

[319] petty_chou 2005/10/11 14:40

>>318
>なるほど、貴方の自我論も一面的な偏った物の見方というわけだ

確かに一面的であるかもしれません。
しかし、私の自我論が一面的であるとあなたは断定できるのでしょうか?

私が「自我は一面的な見方をする。」といったのは一般論です。
私の自我論が一面的だと断定するのなら、どこが一面的で偏っているかを
具体的に指摘してくださいね。

>貴方の自我論は貴方の自我の支えですね
>そして、貴方の自我論という絶対的な存在は「幻想」なのですね。

あなたは私の文章を読み間違っています。
私が

  >この「外部の絶対的な存在」というのは「幻想」です。

と書いたその意味は、「外部の絶対的な存在」は現実に外部に存在しているのではなく
当人の思い込みである、すなわち、当人の抱いた幻想であるという事です。
「外部の絶対的な存在」は幻想上の存在であるという事です。

幻想がその「外部の絶対的な存在」だという訳ではありません。

[320] HOOK 2005/10/11 15:27

>>petty_chouさん、どうも。
神が心の支えに成る事は在っても、だからと云って自我の支えに成ってる訳じゃないですよね。
「自我の崩壊」と言って仕舞ったから、合意を得ないのじゃないですか?
如何に「自我」が多義的であっても、「自我の崩壊」は、自我構造の崩壊を意味してます。

「自我の支え」って何であるか分かりませんが、自我と云う構造を支えてるのはシステムです。
詰り、S(自我の構造)={私の知覚,私の思考,私の意志,私の行為,…}に於いて、{私の要素}を選択し、
他者の要素を排除する機能(=自我のシステム)の事です。
そして自我の崩壊は、構造の崩壊ですから、他者と自分の要素の区別や、選択が行えないって事ですから、
私の要素を選択し、他者の要素を排除する選択機能を失って仕舞う事だと考えるのが一般的じゃないですか?
すると、神が自我の構造の中の要素の一部(例えば信念)に多大な影響を与えたとしても、自我を構成する機能自体に対して、無力化する・無機能化するような影響を与えるとは信じ難いのです。

[321] 公子派 2005/10/12 00:18

>>319
>どこが一面的で偏っているかを具体的に指摘してくださいね

貴方の自我論のまとめ

�個人は自我の判断に従って行動します。
�自我は自我と世界のすべてを正しく説明できなければなりません。
�自我の一貫性にとって邪魔になる要素を排除しなければなりません。
�自我の正しさを裏付けるモノが必要です。
�正しさを保証してくれる外部の絶対的な存在が必要です。
�「外部の絶対的な存在」というのは「幻想」です。
�よって、神は幻想です。

�より
貴方の自我論は貴方の自我(世界観)の自我を説明する部分に当たります

�より
自我(世界観)は不都合な要素を排除したものなので
包括的なものではなく一面的で偏ったものです

���より
自我(世界観)は「幻想」によって支えられています

したがって
貴方の自我論は一面的で偏ったものであり
その正しさは「幻想」によって支えられているといえます

[322] アナンケ 2005/10/12 05:45

>>305
仮定を多重に重ねてますね。

一神教における神とは即ち、集団における法律、慣習、道徳の畸形です。
自分をA集団の一員ではなく、神の子、神の兵であると錯覚し、
より上位(と本人が考える)集団の一員であると錯覚することで既存の常識と神の意思である教義と置換するわけです。
人の自我とはその所属する集団によって如何様にも変容します。
つまり、集団倫理>自己理性>本能感情な訳です。
たとえ自分の持ちうる論理が論破されようと、既存の集団、新たな集団の元で自我を再構築するだけです。

[323] h.k 2005/10/12 21:30

>305
先ず、拷問される人間の前提が間違っていますね。
罪を犯したと目される人間全てが対象です。
拷問の用途は全てを通じて「自白」を引き出すためといって過言ではありません。

拷問と事故などの根本的な違いは、そこに故意が含まれているか否かであり、事故は結果として苦痛が与えられるのですが拷問は苦痛を与えるべくして起こされた暴力です。
自我の崩壊を貴方のように一つの論や仮定のみをもって決め付けることを私はしません。
理由の主なものとして、苦痛からの全面逃避、恐怖からの全面逃避、のための思考停止。
また、苦痛の結果としての通常の思考能力の欠如、破壊。
通常の思考が完全に不可能となり、自我を完全に崩壊させた、俗に言う発狂状態になってしまった人々が作り上げられる理由のいくつかです。
当然、助かるために自白を、もしくは苦痛から逃れるために自白をした人の数は発狂した人間よりはるかに多いし、それより少なくとも自白をしないまま理性を保ち死んでいった人もいたことでしょう。
このどちらの人間も自我を崩壊させてはいません。
拷問に耐えかねて思想を変遷させた人間も、情報をしゃべるまいとしつつしゃべってしまった人間も自我の崩壊を起こしたわけではありません。
そして、仮に自分たち側に正義があると思っていた場合でも、情報をしゃべってしまった後、自分たちの正義を信じ続けることもまたは、絶望感に打ちひしがれて否定することも可能です。
自我はともに崩壊しません。

319までの全てのレスを読みました。
これが根拠といったぶぶんがどこにもありません。
>自我は自我と世界のすべてを正しく説明できるのでなければなりません
出来ない人がいた場合は?また出来なくてもいい場合は?
この二つも並立して貴方の論と同等の可能性を秘めているように見えます。
フロイトですよね?自我の心理学的な定義ということですか。
では、広辞苑における自我の意味を。
自分。自己。個体の意識や行為をつかさどる主体としての私。
対象(非我)・他者(他我)から区別されるが他我もまた一つの自我である。人格や作用の中心として認識の根拠・道徳的行為や良心の座となる。
以上が哲学における自我の意味です。崩壊とは即ち、人格の完全破壊、その人は人であって人ではなくなる状態を指すでしょう。

貴方の前提が正しいという根拠をしめしてほしいといったのであって、貴方の持論を展開することは根拠とはなりません。

この水は塩水だといっている人に、なぜそう思うのかを聞いているのに、塩水の味を説明されているみたいです。
その水が塩水でなければその人の塩水の味もまた真足りえないのに。

[324] petty_chou 2005/10/13 20:08

>>323
>>自我は自我と世界のすべてを正しく説明できるのでなければなりません
>出来ない人がいた場合は?また出来なくてもいい場合は?
>この二つも並立して貴方の論と同等の可能性を秘めているように見えます。

「出来ない人」「出来なくてもいい人」ってどんな人ですか?

[325] h.k 2005/10/13 20:27

たとえば、ただ漠然と自分自身を把握したまま、自分のいる世界をありのままに受け止めている人。世界に確信を持つわけでもなくかといって疑念を抱くわけでもなく、世界に対する関心そのものが消失している人。
逆に、自分自身を取り囲む世界が間違っているとしか思えない人。世界中が、自分のいるべき場所でないように思えて、目の前の当たり前のことにさえ疑いを抱いてしまう人。

[326] petty_chou 2005/10/13 20:35

>>323
「出来ない人」「出来なくてもいい人」

「論理的に可能」でも、そんな人がいなければ話にならないのではないでしょうか?
私は、以前にも書きましたが、人間の心に関する事柄は論理よりも了解が重要だと
思っています。実際に生きている私の自我やあなたの自我を問題にしています。

例えば、「人の物を盗んではいけない。それが社会のルールだ。」と考えている人が
いるとします。(大抵の人がそうでしょうが。)これは、この人にとっての世界に関する
一つの説明です。そして、この人はこの説明を正しいと思っています。
このとき、この人は、この説明は正しくなければならないと思っていないでしょうか?
この人の物が誰かから盗まれたら、この人は怒らないでしょうか?
それは、世界に関するこの説明が正しくなければ安心して生きていけないからでは
ないでしょうか?自我の安定が崩れるから苛立っているのではないでしょうか?

この人は、物を盗んだ人が捕まって罰せられるのを見て安心するのでは
ないでしょうか?
自分の説明の正しさが確かめられた時に安心するのではないでしょうか?

こういう正しい説明が出来なくてもいい人とはどんな人なのでしょうか?
上の例でいえば、周囲の人間が他人の物をバンバン盗んでいるのを見ても、「ああ、
私の説明は間違っているんだなあ。まあいいか。」と思いながら、それでも、自分は、
「人の物を盗んではいけない。それが社会のルールだ。」と信じ続ける人の事でしょうか?

[327] petty_chou 2005/10/13 20:41

>>325  のレスが来ていると知らずに、>>326  を書いてしまいました。失礼。

>たとえば、ただ漠然と自分自身を把握したまま、自分のいる世界をありのままに
>受け止めている人

と言葉で書けば、そういう人がいそうですが、常にありのままを受け止めている人って
現実にいるんでしょうか?
その人が誰かに小便をかけられても、その人はそのまま受け入れるのでしょうか?
大便をなすりつけられても受け入れるのでしょうか?そんな人いるのでしょうか?

[328] petty_chou 2005/10/13 20:47

>>326
>世界に確信を持つわけでもなくかといって疑念を抱くわけでもなく、世界に対する
>関心そのものが消失している人。

せ会に対する関心がまったくない人って存在しますか?生きていけますか?
自分はどういう人間であるかという説明も持たない人が生きていけるのでしょうか?

[329] petty_chou 2005/10/13 20:48

>>328
(×) せ会  →→→(○) 世界

[330] petty_chou 2005/10/13 21:15

>逆に、自分自身を取り囲む世界が間違っているとしか思えない人。

それは、世界に対する自分の説明が正しいはずなのに、そうなってないと嘆く人
の事ではないでしょうか。

>世界中が、自分のいるべき場所でないように思えて、目の前の当たり前のことに
>さえ疑いを抱いてしまう人。

その人は今どこに居るのでしょうか?どこかに居場所があってそこで生きているのでは
ないでしょうか?生きているという事は、それを先導する世界観を持っているという事では
ないでしょうか?その人はその世界観を正しいと思っているのではないでしょうか?

その人がトイレで小便をするのなら、その人は「小便はトイレでするものだ。」という
世界に関する説明を正しいと思っている人でしょう。人は皆、世界に関するそういう説明を
持っていて、それは正しいのだと思っているのではないでしょうか?また、自分に関しても
何らかの説明を持っていてそれは正しいと思っているのではないでしょうか?

[331] アナンケ 2005/10/13 23:06

>たとえば、ただ漠然と自分自身を把握したまま、自分のいる世界をありのままに
>受け止めている人
というのはその世界の通念、常識を受け入れているという事であり小便云々はまったく反論にならないのではないかと。

>世界に確信を持つわけでもなくかといって疑念を抱くわけでもなく、世界に対する
>関心そのものが消失している人。
これもあまり上記の人物とあまり変わらない気もしますが、
取り合えず、世界の様相や通念に対して興味を持たないということなのでは。

[332] 公子派 2005/10/13 23:45

>>326
>「論理的に可能」でも
>そんな人がいなければ話にならないのではないでしょうか?

ならば
>>217-220
>敬虔な一神教徒が神を失えば自我は崩壊するでしょう。
という貴方の予想も
そんな人がいなければ話にならない

[333] 公子派 2005/10/14 00:11

>>326  追加
人が物を盗まれて怒る主な理由は
物を盗まれる事によって生じる不都合のせいだと思います

夏の暑い時期に扇風機を盗まれたら、暑さをしのげなくなる
時計を盗まれたら、時間が分からない不便な生活を強いられる
全財産を盗まれたら、暖かい食事や快適な住居に住めなくなる

もし、このような不都合が自分自身に起らないのであれば
社会のルールなど私には必要ない

[334] 2005/10/14 01:30

どなたか論点の整理を。そうしてくれたなら私はその方を
神と呼ぶだろう。2ch的に。

[335] HOOK 2005/10/14 02:14

>>334 どうも流石は猿さんですね。論点を整理したく成りますね。
そこで、論点を可及的簡潔に整理しますと、

petty_chouさんに拠る定義、自我の支え={x|xが無くなると自我が崩壊するもの}なのですが、
そのようなxが存在するのか否か、、それだけです。

[336] 2005/10/14 11:58

HOOKさん 神!!GJ!!!
いやもう話の流れをつかむにははじめから熟読しなくてはならないのか
と思って絶望していたところです。
ほんとありがとうございます。
話は神は自我の支えたりうるか、という方向につながるのですね。

さて、後々過去ログを見る人のために整理:
自我の定義:両者いるように思えます。
h.kさんは≫300。petty_chou さんは≫308、≫309
一方で自我の支えに対する定義:
h,kさんは≫304petty_chouさんは≫301
どちらも判断材料、行動基準ということでよろしいですね。

さて、自我の支えを取っ払ったからといって自我が崩壊するとは僕も思えま
せん。≫320でHOOKさんがいったとおりではないでしょうか。
概念の一つや二つ否定されたって発狂はしません。
……要はことばじりのもんだいでしょうかOTL

[337] petty_chou 2005/10/14 19:57

>>331
>>たとえば、ただ漠然と自分自身を把握したまま、自分のいる世界をありのままに
>>受け止めている人
>というのはその世界の通念、常識を受け入れているという事であり小便云々は
>まったく反論にならないのではないかと。

その人は、その世界の通念や常識を自分の世界観にしているのですから、社会通念や常識が
その人にとっての「世界のすべてに対する正しい説明」です。
とすれば、その人は、 >>323  で h.k さんが書いている「説明出来ない人」「出来なくていい人」
にはあたらないと思いますが。

また、

>世界の様相や通念に対して興味を持たない

人でも、何がしかの世界観を持って、その世界観が正しいと思っていて、その世界観に従って
生きているのではないでしょうか?
「人に小便をかけるものではない。」というルールを正しいと信じていて、それが世界に対する
正しい説明だと思っていて、その説明に反する行動をとる人に対しては、すなわち、自分に小便を
かける人に対しては怒りを覚える人なのではないのでしょうか?

それとも、世界の様相や通念に対して興味を持たない人は、誰かから小便をかけられて
自分が正しいと思っている世界観を壊されても、別に何の興味もわかない人なのでしょうか?

[338] petty_chou 2005/10/14 20:26

>>332
私は自分や他人の自我を見ていて「自我には支えが必要である」としか思えません。
人はみんな「自分と世界の正しい説明」を必要としているとしか思えないのです。

論理ではありません。私は自我をそのようなものだと了解しているのです。
そして、自我に関する事を論理的に説明することは無理だと思っています。
自我を合理的に説明することは不可能です。
自我はこういうモノだという了解を出発点にするしかないと思っています。

そして、私には、「神を失えば自我は崩壊する一神教徒」は存在しそうですが、
「正しく説明出来ない人」「正しく説明できなくてもいい人」が存在するようには
思えません。
だから、どんな人を想定しているのか知りたいのです。
そのような人がいない事を示したくて聞いています。

[339] petty_chou 2005/10/14 20:53

>>333

>人が物を盗まれて怒る主な理由は
>物を盗まれる事によって生じる不都合のせいだと思います

不都合が怒る理由だとすると、怒りの大きさは不都合の大きさで決まる
という事でよろしいでしょうか?
怒りがただただ不都合によるのなら、怒りの度合いは不都合の度合いで
決まる筈ですよね。

大事にしていた小物とかアルバムとか思い出の品とか、あまり不都合が
大きくない物は、たとえ大事にしていても、盗まれたところで、あまり腹が
立たないのでしょうか?

盗みとは違いますが、例えば、遠くに住む親兄弟が通り魔に殺された場合、
さしあたっては、夏の扇風機や時計や全財産ほど不都合は起きないと思いますが、
この場合、あまり怒りは湧かないのでしょうか?

また、誰かと待ち合わせをしていて、相手がかなり遅刻してきた時に、
それが、相手が私に対して悪意を持ってわざと遅れてきた場合と、
電車の事故や渋滞などの止むを得ない理由で遅れてきた場合と、
被った不都合は全く同じですが、怒りは同じでしょうか?

さらに、遅れてきて相手が平謝りに謝った場合と、遅れた事をまったく気にしないで
自分は全く悪くないという態度を相手がとった場合と、これも怒りは同じでしょうか?

[340] petty_chou 2005/10/14 22:10

>>320

>神が自我の構造の中の要素の一部(例えば信念)に多大な影響を与えたとしても、
>自我を構成する機能自体に対して、無力化する・無機能化するような影響を与える
>とは信じ難いのです。

あなたの書いている事はよく分かりませんが、そして、あなたは神に関して書かれて
いますが、神に自我が支えられるのかどうかについて意見が分かれていますので、
単に「自我の支え」について書かせてもらいます。
自我の支えは、自我(=世界観)の正しさを裏付けるものですから、私の考えでは、
自我の中の要素の一部に影響を与えるだけではないと思います。
信念も道徳も論理も理性もそれらすべての正しさを支えているのが自我の支えだと
私は考えています。

[341] petty_chou 2005/10/14 22:19

>>336

>さて、自我の支えを取っ払ったからといって自我が崩壊するとは僕も思えま
>せん。≫320でHOOKさんがいったとおりではないでしょうか。
>概念の一つや二つ否定されたって発狂はしません。

自我の支えは、自我と世界のすべてについての説明の正しさを裏付けるものです。
概念の一つや二つが否定されるのではありません。
自我の支えを失うという事は、あなたの世界観すべての正しさに根拠がなくなるのです。

[342] HOOK 2005/10/14 23:04

>>340 信念も道徳も論理も理性もそれらすべての正しさを支えているのが自我の支えだと私は考えています。

それ(petty_chouさんが、そう考えてる事実)は承知してます。が、問題は果たして失えば自我が崩壊して、
主観さえ消滅するような外的な《自我の支え#》が存在するか?なのです。
具体例として敬虔な一神教徒にとって、信仰する神がそうした《自我の支え#》だと記述されてますが、
皆さんに反論されてる訳でしょ?
詰りは、そんな《自我の支え#》は無いと言ってるのですから、先ずそうした《自我の支え#》が
存在する事を立証しなければ成らないのではないですか?

そもそも自我は不変ではなく、変化するモノじゃないですか?価値観だって人生観だってどの様に変化しても、
その都度に、主観を喪失するような自我の崩壊を迎えてる訳じゃないですよね。
ラフに言えば、一寸、大袈裟じゃないのですか?

[343] 公子派 2005/10/14 23:11

>>339
>よろしいでしょうか?

よろしいです

>大事にしていた小物とかアルバムとか思い出の品とか
>盗まれたところで、あまり腹が立たないのでしょうか?

全財産が盗まれるより腹が立たない
しかし、私が気に入っていた物を容易に盗める人間が居るという事は
私にとって都合が悪いので腹が立ちます

>遠くに住む親兄弟が通り魔に殺された場合

特に理由も無く人殺しをする人間が居るという事は
私にとって都合が悪いので腹が立ちます
親兄弟のような私にとって都合が良い人間が居なくなったという事は
私にとって都合が悪いので腹が立ちます
しかし、親兄弟が私にとって都合が悪い人間である場合は腹が立たない

>相手が私に対して悪意を持ってわざと遅れてきた場合と、
>電車の事故や渋滞などの止むを得ない理由で遅れてきた場合と、
>被った不都合は全く同じですが、怒りは同じでしょうか?

私に悪意を持つ人間が居る事は
私にとって都合が悪いので腹が立ちます
同様に電車の事故や渋滞が起った事にも腹が立ちます

>遅れてきて相手が平謝りに謝った場合

遅れてきた事によって私自身に不都合が生じたならば腹が立ちます

>遅れた事をまったく気にしないで
>自分は全く悪くないという態度を相手がとった場合

遅れた事をまったく気にしない人間が私の周りに居ると
私にとって都合が悪いので腹が立ちます

[344] petty_chou 2005/10/15 00:16

>>343

>しかし、私が気に入っていた物を容易に盗める人間が居るという事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます

扇風機がないと暑さがしのげなくて都合が悪い。
時計は時間が分からないから不便なので都合が悪い。
財産を盗られると会的な生活が出来なくなるから都合が悪い。

あなたの仰っていたのは物質的な都合の悪さだったと思いますが。
あなたは、
「人の物を盗んではいけない」という道徳律に反する人間がいる事が許せないのではなく、
(私は怒りの原因は精神的なものが大きいと考えていますが)
物質的な不都合が起きるから怒るのだとおっしゃっていたと思いますが。
あなたの主張はズレてきています。

>私が気に入っていた物を容易に盗める人間が居るという事は私にとって都合が悪い

という場合の「都合が悪い」というのは、どういう物質的な都合の悪さでしょうか?

それから、大事な小物とか思い出の品(例えば親の形見)を盗まれた時と
暑いさなかに扇風機を盗まれた時とではやはり扇風機の方が腹が立つのでしょうか?

[345] 公子派 2005/10/15 00:42

>>344
>あなたの仰っていたのは物質的な都合の悪さだったと思いますが。
>あなたの主張はズレてきています

私は物質的な不都合について言及していましたが
物質的な不都合にのみが不都合であるとは言及していない
ひょっとして貴方は思い込みの激しい方ですか?

>大事な小物とか思い出の品(例えば親の形見)を盗まれた時と
>暑いさなかに扇風機を盗まれた時とでは
>やはり扇風機の方が腹が立つのでしょうか?

夏のアイスクリームと冬のおでんのどちらが美味しいか?
と聞かれてもどちらも美味しいとしか言えない
もちろん、その日の気分でテキトーに答えられるけどね

第一、私は親の形見を持っていない

それにしても>>299 >>332 >>321 をどう思いますか?
意見キボンヌ

[346] 公子派 2005/10/15 01:06

>>345
>それにしても>>299 >>332 >>321 をどう思いますか?

>>332 は余分でした(´・ω・)ゴメス

>「神を失えば自我は崩壊する一神教徒」は存在しそうですが、
>「正しく説明出来ない人」「正しく説明できなくてもいい人」
>が存在するようには思えません。
>だから、どんな人を想定しているのか知りたいのです。
>そのような人がいない事を示したくて聞いています。

「正しく説明出来ない人」「正しく説明できなくてもいい人」は存在しそうですが、
「神を失えば自我は崩壊する一神教徒」が存在するようには思えません。
だから、どんな人を想定しているのか知りたいのです。

[347] 公子派 2005/10/15 02:18

ヽ(`Д´)ノウワァァン!

[348] h.k 2005/10/15 04:48

>328
自分がどういう人間かを語ることが出来ない、認識の出来ない人間は確実に存在し、何らかの理由で生きています。死が怖いから生きている人世間体があるから生きている人などね。

>330
漠然と自分の今いる世界が間違っているなと直感的に感じている人間です。例えば、自分は女であるべきだったといったような考え方。
目の前の事実として男であることを認識しつつ、それを否定しています。

全てのものに疑いを抱いている以上自分が立っているこの場所でさえも錯角でありうると自覚しているわけです。では、そういう人間が世界を完全に把握しているでしょうか?まったく正反対で、世界の全てがまがい物に見えているはずです。

トイレで用を足すのは、トイレが用を足すべき場所だからではなく、そこ以外の場所でやった場合自分の家が汚れるからでしょう。
立小便はいかがでしょうか?外でありトイレではありませんが用を足しています。必要性からその場所に自然と行き着いたのであって、逆ではありません。そして、用をたすのは別に外であれどこであれ家が汚れなければよいというきわめて実利的な衝動で動かされているとしたほうが納得がいきます。

僕が小便をかけられて怒るのはなにも自分の中のルールを壊されたからではありません。その服が汚れていやなにおいが突くから怒るのです。
また、排泄物にたいして本能的に持つ嫌悪感からも怒りがわきます。
さて、これを受け入れていた人がいるかといわれれば、中世にさかのぼって一回の農民が貴族に小便を頭からかけられたとしましょう。
いかなる不条理であっても受け入れざるを得ません。心でどれだけ間違っていると叫ぼうとも絶対的な存在である貴族に逆らえば家族がみな死にます。小便をかけられることを甘んじているのではありませんか?

[349] 特命 2005/10/15 11:39

本当に1つにのみ執着すればスポーツのゾーンみたいに対象以外の物体を感知しないんじゃないかな。
神のみに執着すればムハンマドやイエスの物語のように神の幻聴を引き起こしかねないです。
自我の支えを失う前に、この時点で医学的には精神分裂病に属します。

[350] petty_chou 2005/10/15 13:11

>>345
>私は物質的な不都合について言及していましたが
>物質的な不都合にのみが不都合であるとは言及していない
>ひょっとして貴方は思い込みの激しい方ですか?

>>328  で、私は
人が誰かから物を盗まれた時、盗まれた人は「物を盗んではいけない」という世界観
(=道徳観)を揺るがされるから腹が立つのだ
と書きました。
これは、「不都合」という言葉を借りれば、「精神的な不都合」と言えるでしょう。
自分の世界観を崩されて精神的にダメージを受けた訳ですから。

それに対して、公子派 さんは >>333  で

>物を盗まれる事によって生じる不都合のせいだと思います

>夏の暑い時期に扇風機を盗まれたら、暑さをしのげなくなる
>時計を盗まれたら、時間が分からない不便な生活を強いられる
>全財産を盗まれたら、暖かい食事や快適な住居に住めなくなる

と書かれました。
私が精神的な不都合を理由にしたのに対して、このように反論して来られたので
私は「公子派さんは、怒りの理由は物質的な不都合だ。」と主張しておられるのだと
思い込んだのですが、そうではないのですね。
公子派さんの「不都合」には「精神的な不都合」も含まれるという事ですね。

それでは、その精神的な不都合とは具体的にどのようなモノなのでしょうか?
私は、その「精神的な不都合」は「世界観を揺るがされる事」だと主張しています。
あなたの「精神的な不都合」の内容を詳しく教えていただけませんか?

>しかし、私が気に入っていた物を容易に盗める人間が居るという事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます

まず、この不都合は具体的にどのような不都合なのでしょうか?

[351] petty_chou 2005/10/15 13:18

>>343
>特に理由も無く人殺しをする人間が居るという事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます

>私に悪意を持つ人間が居る事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます

これも、あなたにとってどう都合が悪いのですか?

>親兄弟のような私にとって都合が良い人間が居なくなったという事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます

親兄弟が都合が良いというのはどういう意味でですか?
居なくなるとどう不都合なのですか?
具体的に説明してください。

[352] クレイジーダイナモンド 2005/10/15 13:29

神から自立せよ、揺り籠のなかで安穏と生きる時代は終わった。

[353] petty_chou 2005/10/15 14:09

>>299  について書きます。

自我=心

では自我を広く捉え過ぎだと思います。心の内で、意識する主体、言葉を使って
考えている主体が自我だと私は捉えていますが。

自我の支え=心の支え=心のよりどころ

「こころのよりどころ」とはどういうモノか分かりにくいです。
私の考えでは、自我の正しさを支えるモノが「自我の支え」だと思っています。
もう少し詳しく書けば、自我の正しさは現実的には根拠はないので、自分自身で正しい
のだと信じるしかありません。自我の正しさを盲信するのです。その盲信を支えるのが
ナルチシズムであり、これを自分の外部に投影したその対象が「自我の支え」です。

>神を唯一の心の支えにしている者が神を失えば
>心に深い傷を負うことでしょう

自分の自我の正しさがすべて根拠を失いますから、自我の秩序、世界の秩序が
維持できなくなり崩壊すると思います。

>しかし、自我が崩壊するとはどういうことなのだろうか?
>精神分裂病になるという事なのだろうか?

たぶん発狂するのだと思います。

>また、客観的に神の存在を認識できないのに
>神の存在は如何にして失われるというのだろうか?

神は観念として存在します。信仰するものには存在は自明です。

[354] petty_chou 2005/10/15 14:22

>>319
私の自我論が一面的であるという事の説明になっていません。
私は「自我は一面的な偏ったものだ」と主張しましたが、それを
そのまま説明しているだけです。

「自我論」という場合、それは、「自我とはどういうものかについての一つの見解」と
いう意味だと思うのですが。
「私の自我論が一面的だ」という事は「私の自我に関する見解が一面的だ」という事です。
「自我が一面的だ」という事とは関係ありません。
「私の自我に関する見解」が一面的で偏っていると思う理由を書いてくれないとダメだと思います。

[355] petty_chou 2005/10/15 14:29

>>321
それから

�よって神は幻想です。

の意味が分かりません。
確かに「神は幻想です」が、演繹的に導かれるようなものではないと思いますが。
自我も幻想ですし、世界の常識も法も道徳も皆幻想ですし、何もかも幻想ですからねえ。

[356] petty_chou 2005/10/15 14:49

>>348

>自分がどういう人間かを語ることが出来ない、認識の出来ない人間は確実に存在し、
>何らかの理由で生きています。死が怖いから生きている人世間体があるから生きて
>いる人などね。

「世間体があるから生きている」という事は世界に関する説明です。
「世間体を大事にするべきだ」という世界観を正しいと思っているという事です。
この人は世界に関する正しい説明を持っているのです。

また、何らかの理由で生きている人も何がしかの世界観や道徳観は持っているでしょう。
そういうモノなしに生きていけないでしょう。
「人のものを盗ってはいけない」とか「人を傷つけてはいけない」とかそういう世界観は
持っているのではありませんか。
各自が持っているそういう世界観・道徳観はその人にとっての「世界に関する正しい説明」です。

[357] petty_chou 2005/10/15 14:56

>>348
>自分は女であるべきだったといったような考え方。

これは自分に対する一つの説明です。この種の自分に関する説明を誰もが持っている
と考えられます。
ある人は「自分は女であるべきだ」という自我の説明を正しいものとするために
性転換の手術をして体を自我の説明に合わせます。それほどに自我の説明の「正しさ」
は本人にとって大事なものです。

[358] petty_chou 2005/10/15 15:03

>>348

>では、そういう人間が世界を完全に把握しているでしょうか?まったく正反対で、
>世界の全てがまがい物に見えているはずです。

完全に把握している必要はまったくありません。
自我は一面的です。自分に都合の悪いことは見えないようにしています。
要は、自我が「世界を正しく把握している」と思うことが出来ればいいのです。
実際の世界をきちんと把握していなくてもいいのです。

そもそも、人間には「実際の世界を正しく把握している」と思い込む以外に
世界を把握する方法はありません。
「普遍的客観的に正しい世界像」などは存在しないのですから。

[359] petty_chou 2005/10/15 15:13

>>348
>トイレで用を足すのは、トイレが用を足すべき場所だからではなく、そこ以外の場所で
>やった場合自分の家が汚れるからでしょう。

トイレで用を足すのは、親などがトイレットトレーニングをしてくれた結果です。
トイレットトレーニングとは「用を足す場所はトイレである」という事を叩き込む訓練です。

ですから、私たちがトイレで用を足すのは、そこが用を足すべき場所だと思っているからです。

[360] petty_chou 2005/10/15 16:23

>僕が小便をかけられて怒るのはなにも自分の中のルールを壊されたからではありません。
>その服が汚れていやなにおいが突くから怒るのです。

「普通、人に小便をかけたりしないだろう!!何を考えているんだ!!信じられない!!」
というふうには怒らないという事ですね。ただただ服が汚れた事が問題なのですね。
小便が無臭でまったく服を汚さないならば腹を立てないという事ですね。

誰かがあなたの足元に唾を吐いても、煙草を捨てても、靴や服がまったく汚れなければ
全然気にならないという事ですね。
「こんな所に唾を吐くなんて(煙草を捨てるなんて)不道徳だ。」というような怒り方は
しないという事ですね。

私は、例えば、テレビで「誰かが不法投棄した。」とか「誰かが通り魔殺人をした。」とか
のニュースを見れば、別に私に実質的な被害はありませんが「なんて事をするのだ。」と
腹を立てたりしますが、 h.k さんはそんな怒りを感じた事はないのですね。

[361] petty_chou 2005/10/15 16:46

>さて、これを受け入れていた人がいるかといわれれば、中世にさかのぼって一回の農民が
>貴族に小便を頭からかけられたとしましょう。
>いかなる不条理であっても受け入れざるを得ません。心でどれだけ間違っていると叫ぼう
>とも絶対的な存在である
>貴族に逆らえば家族がみな死にます。小便をかけられることを甘んじているのでは
>ありませんか?

この人は小便を掛けられる事を受け入れている人ではないと思います。
この人が不条理だと感じているなら「小便を人にかけるべきではない」という世界観を持って
いる人であり、相手に権力があるから逆らえないというのは、「小便を人にかけるべきではない」
という自分の世界観の正しさを信じていて間違ったことをしている相手に対して怒りを抱いている
のに、事情によりその怒りを表現できない人です。

受け入れている人というのは怒りを感じないでしょう。自分の世界観の正しさを必要としない人
ですから、自分の世界観が踏みにじられても別になんとも感じない人の事です。

[362] petty_chou 2005/10/15 17:18

私に意見を書いている人皆さんへ

私が

>自我と世界のすべてを正しく説明できないと自我は存立できない

と書いているのは、私の「世界に対する一つの説明」です。私はこの説明を正しいと
思っていますし、この説明が正しくなければ自我が安定しません。

そして、ここに書いている皆さんも、自分なりの世界に対する説明(=世界観)を
持っているでしょう。そして、あなたの世界観が私の世界観と食い違うので色々と
意見を書いて来られるのでしょう。

もし、あなたが「自我にとって世界に対する正しい説明は必要でない」と思っているのならば
あなたの世界観の正しさにこだわらないはずですから、
「世界のすべてを正しく説明できないと自我は存立できない」という私の世界観を受け入れる
ことが出来るでしょう。
あなたがここに書き込んで私に反論しているという事は、私の世界観を受け入れる事が
出来ないと考えているという事です。すなわち、自分の世界観の正しさにこだわっている
という事です。
自分の世界観が正しい思うことが出来なければ自我が安定しない人です。

だから、あなたが書き込んでいる事が

>自我と世界のすべてを正しく説明できないと自我は存立できない

事の一つの証拠なのです。

[363] 開かれた社会とその敵 2005/10/15 18:02

見事なほどに体系化されている。岸田秀さんご本人としか・・・

[364] h.k 2005/10/15 23:29

>>362
レスを見ました。何度もこれまでも言って来た事ですが、あなた自身が貴方の持論に対して如何に確信を深めようとも貴方が永遠に私を納得させることはありません。
自我の崩壊、存在、果ては宗教信仰者に対する意見にいたるまでです。
理由は、例えば359の例のように、その逆の場合の例が貴方の中では不合理であって、その逆の例は真実ではないことの理由を説明すべきところで貴方は
持論を展開するに過ぎないからです。

そして、受け入れることは何も難しいことはありません。へぇ、そうの一言で済ますことも出来ます。多くの人はそうなんだ?といって受け入れることでしょう。
私は、そういう人間ではないというだけであって万人がそうであるわけではないのです。

>>360
足元につばを吐きかけられた場合何らかの悪意があるものとして考えます。不快であるから憤ることもあるでしょうね。倫理観から怒る人も当然いるでしょう。
しかし、倫理観から怒る人間も多くの人間が住んでいるこの町をきれいに使いたいからなどといった理由がそれぞれ存在しているでしょう。
ダメだからダメという方も確かに存在しますがそれ以上に、何かしらの理由が明確であることのほうが多い。

不法投棄をしたのは、結果として片付けるのを人に押し付けて税金がそれに莫大に投資されていることから、通り魔殺人は自分の身の危険性や家族その他のことを考えて憤りますが、自分のルールなんて物を基準に考えることはありませんね。

>358、357
「実際の世界はどこがが間違っている」と正しく把握している人間なんていう確実に論理的に矛盾することを考える人がいるほうが珍しいかと。
女装するだけで済ます人もいれば、ホルモンのみ、はたまたあきらめて男性として生きていく人々もいますが?

適当にここらで、各論に反論するのはやめます。>>342 のHOOK氏のレスは私の言いたいことの本質を言いえておりますし、各論をずるずると引きずることに意味を見出しません。

[365] petty_chou 2005/10/15 23:35

>>364
>理由は、例えば359の例のように、その逆の場合の例が貴方の中では不合理であって、
>その逆の例は真実ではないことの理由を説明すべきところで貴方は持論を展開するに
>過ぎないからです。

>>359  が私の持論ですか?

    トイレで用を足すのは、親などがトイレットトレーニングをしてくれた結果です。
    トイレットトレーニングとは「用を足す場所はトイレである」という事を叩き込む訓練です。

    ですから、私たちがトイレで用を足すのは、そこが用を足すべき場所だと思っているからです。

これは、事実そのものだとおもいますが・・・。
これを私の思い込みだとおっしゃるのでは話になりませんね。

[366] petty_chou 2005/10/15 23:44

>>364
>そして、受け入れることは何も難しいことはありません。へぇ、そうの一言で済ます
>ことも出来ます。多くの人はそうなんだ?といって受け入れることでしょう。
>私は、そういう人間ではないというだけであって万人がそうであるわけではないのです。

自分は自分の世界観の正しさにこだわるのに、多くの人はそうではないと言うのは
まったく説得力がありません。
私にもあなたにも自分の世界観の正しさにこだわる所があるとすれば、他の人にも
そういう所があるだろうと想像するのが自然です。
そうではないというのなら、何故そう思うのかの根拠が必要だと思いますが。

[367] petty_chou 2005/10/16 00:05

>>364
>>>360
>足元につばを吐きかけられた場合何らかの悪意があるものとして考えます。

それで、怒るのですか怒らないのですか?
悪意なくたまたま足元に唾を吐きかける人もいますけど、それも全部、悪意があると
判断するのですか?

>不快であるから憤ることもあるでしょうね。倫理観から怒る人も当然いるでしょう。

>>360  はあなたに聞いているのです。もう一度聞きますね。

「普通、人に小便をかけたりしないだろう!!何を考えているんだ!!信じられない!!」
というふうには【あなたは】怒らないという事ですね。ただただ服が汚れた事が問題なのですね。
小便が無臭でまったく服を汚さないならば腹を立てないという事ですね。

「こんな所に唾を吐くなんて(煙草を捨てるなんて)不道徳だ。」というように【あなたは】
思わないという事ですね。

他人のやった不道徳な行ないを「そんな不道徳をしてはいけないだろう」とか
「そんな不道徳は許されないだろう」と怒る事はないのですね。

[368] petty_chou 2005/10/16 00:22

>>364
>不法投棄をしたのは、結果として片付けるのを人に押し付けて税金がそれに
>莫大に投資されていることから、

「ルールを守れよ。」という怒りはないのですか?
税金が要るからという理由で怒るのですか?
という事は、だれかが無償で片付けるという人が現われれば怒りは消えるのですか?
答えてくださいね。

>通り魔殺人は自分の身の危険性や家族その他のことを考えて憤りますが

という事は、通り魔殺人の犯人がある被害者を殺したその事自体には怒りが湧かず、
その犯人が自分や家族などを傷つけるかも知れないと思って怒るのですか?
では、遠くで起こった通り魔殺人にはあまり怒りは湧かないのですね。

私は、腹が立つときは、遠い近いに関わらず、「そんな無茶苦茶な事をしてはいけない
だろう!!そんな無茶苦茶は許しておけない!!」と腹が立つと思うのですが。

[369] petty_chou 2005/10/16 00:42

>>342
>詰りは、そんな《自我の支え#》は無いと言ってるのですから、先ずそうした《自我の支え#》
>が存在する事を立証しなければ成らないのではないですか?

存在する事も、存在しない事も立証できないのではありませんか?
私は、論理ではどうしようもないと思っています。
そういうモノだと了解するしかないと思っています。
皆さんが了解できないというのでいろいろと書かせてもらっています。

人は自分の世界観・道徳観の正しさに非常にこだわるという話をしているのは、
世界観が自我の支えと関係があるからです。
自分の世界観が崩れれば、自我の安定が崩れるのだという事を分かって
貰いたいのでこういう話をしているのです。

そして、実際、私が書いている訳の分からない事が、皆さんの世界観に抵触するので
皆さんもイライラしているのではないでしょうか?
あるいは、私の書く事を、皆さんが「論理的でない」「自説を根拠無く書き並べているだけだ」
と再三指摘しているにも関わらず、あいも変わらずガンガン書き込んでくる私の態度が
信じられずにかイライラしているのではないでしょうか?

イライラするというのは世界観が揺るがされているからです。
イライラするのは自我が不安定になっているという事です。

[370] HOOK 2005/10/16 01:24

>>369 どうも。僕はイライラしてませんから、どうやら僕の外部に存在してると謂われてる
自我の支えには影響は無いようです。

まあ、それはさて措き、そうした外部の《自我の支え#》が存在すると仮定して、、。
《petty_chouさんが書いている訳の分からない文》が、皆さんの世界観に抵触して
皆さんの自我に影響を与えてるって訳なのですね。
つまり《petty_chouさんが書いている訳の分からない文》が、皆さんの外部の存在である
《自我の支え#》に影響を与えてるでしょうが、どのように《petty_chouさんが書いている
訳の分からない文》が、皆さんの外部の存在に影響を与えてるのか、皆目想像が出来ないのですよ。

例えば、《petty_chouさんが書いている訳の分からない文》を読んで、精神的・感情的に刺激を受けたとして、
外部の存在である《自我の支え#》とどのような干渉の仕組みが存在してるのか理解に苦しむのですが、、。

[371] petty_chou 2005/10/16 01:31

>>364
>358、357
>「実際の世界はどこがが間違っている」と正しく把握している人間なんていう確実に
>論理的に矛盾することを考える人がいるほうが珍しいかと。

そういう事は書いていないと思いますが。

>女装するだけで済ます人もいれば、ホルモンのみ、はたまたあきらめて男性として
>生きていく人々もいますが?

それが自分の正しい説明だと思えばその説明に従って生きていくでしょう。
それが女装である人もいれば、男性として生きていくことである人もいるでしょう。

>適当にここらで、各論に反論するのはやめます。。>>342 のHOOK氏のレスは
>私の言いたいことの本質を言いえておりますし、各論をずるずると引きずることに
>意味を見出しません。

質問には答えてくださいね。

[372] HOOK 2005/10/16 02:00

>>371 どうも。petty_chouさんが拳拳服膺されてる岸田秀氏のお話も、
「自我は支えや、外部の根拠を必要としており」と書かれてる通り、明解に《自我の支え》と《外部の根拠》
を区別してます。
敬虔な一神教にとっての神や宗教的ドグマ、或いは世間の承認や評価は、自我を支える為の《外部の根拠や保証》
であって、内部に在る信念や信条と云った本来の《自我の支え》とは概念を殊にしてるのです。
此処を混同して《外部に在る自我の支え》と云う定義に則って主張を繰り返してるから、自身が何やら雲を掴むような話に終始して仕舞ってるのではないですか?

[373] けむんぱち 2005/10/16 02:37

ある暫定的な支える幻想としての自我の支えが打ち破られたとしても
大抵は一皮むけた主観のほうがまるでプラナリアのように再生、或い
は超再生しはするでしょうね。発狂か自殺さえしなければ。そして、
自身の精神的生に巨大なショックを与えて根底からがらりと人生を変
えてしまうほどの「支えと看做していたもののの喪失(?)」であれば
まあ当たり前のことかもしれませんが発狂か自殺の危険性もまた大き
なものになるのでしょう。精神的にそれに依存していた度合いが大き
ければ大きいほど危険もまた大きなものとなります。自我の本質が流
動的であり常に変化することも確かに事実であると思います。そし
て、その変化の際大袈裟な効果が実際に起こってしまわないような用
心深い賢明さとはつまり、常にある一定程度物事に対して懐疑的であ
ることに尽きると思います。しかし懐疑的であることも、行き過ぎる
と、単純に信じ込む人間があまり根拠深く考えずにそれでもスムーズ
に世間で結構楽しく泳ぎ渡っているのを見て歯がゆい思いをすること
になるかもしれません。人間は信じ切って安心している間は自然と流
暢に快活になれるのですから。但し、やはりこういった直接的な、批
判力を欠いた単純さはいつも急激な転落、絶望と紙一重のところにあ
ることは確かなのですが・・・。ところで信じ切っているということ
は、信じ切ってしまっているがゆえにまるで空気のように最早普段は
意識すらされないようなものだ、ということです。

[374] けむんぱち 2005/10/16 02:45

おねむの時間です。
皆さん不健康な夜更かしに注意しましょう。
おやすみなさい。

[375] HOOK 2005/10/16 02:50

>>373
けむんぱちさん、どうも。
そうですね。フロイト的な自我と自我の支えの解釈よりも、そうしたシステム的な
解釈の方が妥当です。
自我は構造概念ですから、それを支えるのはシステムなのでしょう。
そして構造はオートポイエシス的なシステムの働きによって、構造の内部を変化させてる
のでしょう。
外部の要因である世間的評価などが、フィードバック的なシステムの反省材料となっても
自我(構造)を直接支えるシステムである訳じゃないですよね。

[376] h.k 2005/10/16 07:22

おはようございます。皆さん、もしかしたらこれを見るころにはこんにちはか、こんばんはかもしれませんけどね。

>>365
われわれがトイレで用を足すのは、そこですることが汚物を処理する一番効率のよい場所であるという原理の下、そこで用を足しているのであって、そこでしなければならないと外部的に決め付けられているわけではありません。立小便の話をしたでしょう?
別にトイレでなくても実利的に人間は行動しています。
359はその例外についての説明は一切ありません。もって、貴方の持論です。
ついでに言うなら、話にならないのは別に僕の理解力が足りない生ではないと思っております。貴方の持論を理解したうえで宗教と変わらないといっているわけですからね。

>>367
ええ、悪意があるものとして全面的に一方的に解釈します。度合いの違いはあれ不快に思うことでしょう。たまたまなんていうことはありえません。つばを吐く前に見てるわけですからね。
また不注意であったとしても、一切の余地なく悪意、害意の元に行われたものとして判断しそれ相応の判断、処置を下します。

怒ることはありませんね。道徳観を人に押し付けるなんて、魔女裁判と一体何が違うというのですか?あれが引き起こされたのは自分の道徳観を人に押し付けた結果です。
過ちを知りて正さざる、是を即ち過ちというなり。という孔子のくだりを引用します。

>>368
ありませんね。例えば私は信号無視をすることが多々あります。
自分自身の命を自分自身の責任を持って危険にさらしているのであり、またこの行動に伴ういかなる罰則も甘んじて受けましょう。
ですが、良心の呵責は一切ありません。
誰かが無償で片付ければ、怒らないのか?ええ、その人に感心しますね。怒りませんとも。もしかしたらその人を助けようという気になるかもしれません。
その人に好意を抱いたならその人のために不法投棄をしている人間を止めることもするでしょう。
ですが、不法投棄自体に怒ることはありませんね。

通り魔殺人についても同様に、遺族への同情から憤りを感じることはあってもルールを破ったことに対する憤りは微塵もありません。
また、身近に起こった場合にも怒りよりは恐怖が先であり、万が一私の知人に被害が及んだときには、その犯人に必ず報復を使用という誓いを立てることでしょう。

358で言っていることの要約が、364です。そうとしか読み取れません。補足があるならばどうぞ。
自分が女性であると思っている人が、どういう方法で容姿を変えようとも事実から逃避することは不可能です。男性に生れ落ちたという事実は永遠です。その矛盾にどれだけの妥協で折り合いをつけたかが、女性ホルモンなどの対処法の度合いに現れたわけで、正当化をするためにやったことではありません。

[377] 特命 2005/10/16 13:10

失って不快なものが自我の支えの1つであり、
不快極まりないと発狂(重度の精神病?)を引き起こしかねないってことでは。

[378] petty_chou 2005/10/16 13:30

>>372
自分の内部の「自我の支え」が外部に投影されたものが「外部の根拠」です。
(内部、外部と言っても、実際にはどちらも個人の精神の内部にあります。)

[379] petty_chou 2005/10/16 13:55

>>376
>われわれがトイレで用を足すのは、そこですることが汚物を処理する一番効率のよい
>場所であるという原理の下、そこで用を足しているのであって、そこでしなければなら
>ないと外部的に決め付けられているわけではありません。

あなたは、私たちがトイレットトレーニングでトイレに行くようになっているという事実を
否定するのですか?

トイレットトレーニングでは「そこが処理するには一番効率のいい場所ですよ。」などと
教えたりしません。とにかく、用を足すのはトイレで!という事を訓練で教え込むだけ
です。その結果、私たちはトイレで用を足すようになっているのです。
訓練の結果でないというのなら、その根拠を詳しく説明してください。

立小便についてですが、昔から田舎では畑など外で用を足していましたし、外で用
を足しても構わないという雰囲気が日本にはあったと思います。農家などではいったん
田んぼや畑に出ればいちいち小便のために家に帰ってられなかったでしょうし。
以前は、都会でも立小便をする人は結構いました。そういうのを見て、外で立ち小便を
してもいいのかと学習する人もいたでしょう。
だから、いまだに止むを得ないときは外でやってもいいという雰囲気が残っているの
でしょう。
「小便はトイレでするものだけど、まあ外でやってもいいじゃないか。」という事だと
思いますが。

[380] petty_chou 2005/10/16 14:22

>>367
足元に唾を吐かれた時の怒りが道徳的なものではないとすれば、どんな怒りですか?
できれば詳しく教えていただきたいのですが。

>通り魔殺人についても同様に、遺族への同情から憤りを感じることはあっても

この「憤り」の内容はどのようなものですか?
「普通、そんな事をするか!?」「そんな事をするなんて信じられない!!」というような
憤りでないとするとどのような憤りなのでしょうか?詳しくお教えください。

>>364  では
>通り魔殺人は自分の身の危険性や家族その他のことを考えて憤りますが、

と書いています。上の書き方では
「自分の身の危険性と関係なく遺族に同情して憤る」ことになりますが、どちらが
本当ですか?

[381] h.k 2005/10/16 15:46

>>380
だから害意に対して怒るわけですよ。説明も何もこれ以上の説明の必要性を感じません。もっとも簡潔、かつ私の言いたいことの全てです。
自分に向けられる自分を不快にしようとする試みに対する憤りです。

何の脈略もなく家族を殺されたこの母親の気持ちはいかほどのものだろうと慮って感じる怒りですね。

自分の身のみではなく親族も含めて自分と係わり合いのある人間の危険性に対する排除の要求と、同情からくる犯人に対する怒りとの差もわからないのですか?
どちらがという質問はそういうことなのですか????

>>379
いいえ、そこが効率がよい場所ではなく、そこ以外の場所でやるとクリーニングに莫大な手間がかかるということを教えますね。
現に、幼児はそれを知りません。トイレで出来ない子もいます。
何で学ぶか?親の教育の賜物ではなく、大衆の面前で犯した失態の羞恥心やそれによって引き起こされた手間によってトイレまで用を足すのは我慢すると言うことを学ぶのです。
行かなければならないから行くのは犬猫だけですね。

各論の疑問に答えることに終始することに意味を見出すことが出来ません。結局のところ、貴方の質問に答えた結果が質問を生み出すのであるならば、
私は答えたいと思わないのです。聞いた結果についての解答、納得のいく説明、反論をしていただきたいのですが。
これが質問に答える最後のものとします。

[382] petty_chou 2005/10/16 16:12

トイレットトレーニングを知らない?

[383] petty_chou 2005/10/16 17:35

>>381
分かりました。質問はしません。反論も結構です。

>聞いた結果についての解答、納得のいく説明、反論をしていただきたいのですが。

納得のいく説明は無理だと思います。お互いの世界観が全然違いますから。
解答・反論を書いても仕方がないと思いますが、書ける範囲で書いていきます。
ただ、私の主張はすでに >>308-310  >>313-316  で書いています。
同じ事を書くだけになりそうですが。

>>>367
>ええ、悪意があるものとして全面的に一方的に解釈します。度合いの違いはあれ
>不快に思うことでしょう。たまたまなんていうことはありえません。つばを吐く前に
>見てるわけですからね。

たまたま道路に唾を吐く習慣を持っている人が近くにいて、私が歩いている時だったか
駅などで立っている時だったかに、足元に唾を吐かれたという経験があります。
悪意がなくても唾を吐く人はいます。

>また不注意であったとしても、一切の余地なく悪意、害意の元に行われたものとして
>判断しそれ相応の判断、処置を下します。

あなたのやり方に口をはさむのは悪いとは思いますが、ちょっと乱暴ですね。

>>381
>だから害意に対して怒るわけですよ。

相手に害意がないと怒れないからそのように判断されているのでしょう。

[384] petty_chou 2005/10/16 18:24

害意に対して怒るという事は、「相手に害意をもって何かすることが悪である」という
認識があると思います。相手が悪い事をするから怒るのです。

相手が悪い事をしていないのに怒っていたら、怒っている事の正当性がありません。
怒っている自分が悪者になってしまいます。だから、相手に怒る前提として相手が悪い
という認識が必要です。
ですから、怒る時には、自分が善の立場に立って、悪の立場の相手を非難するという
形になります。

相手に害意があると何故怒るのか?
それは、害意をもって人に何かをする事が悪い事だからです。
それが悪い事でなければ怒る理由はありません。

私は以上のように思っています。
h.k さんの意見は違うようですが。そして、どのように違うかは h.k さんのお答えを
見てもよく分かりませんでしたが。

[385] petty_chou 2005/10/16 19:05

>>381
何の脈絡もなく家族を殺された母親の気持ちを思いやるのは同情であり、
同情は怒りではありません。同情はどこまで行っても同情です。怒りにはなりません。
同情が自動的に怒りに変わる訳ではありません。
そもそも同情は母親に対するものであり、怒りは犯人に対するものです。相手が違います。
たぶん、同情も怒りも同じモノから出てきた結果だと思います。
同じモノから一つは同情という感情が母親に向かって、そしてもう一つは怒りという感情が
犯人に向かうのではないでしょうか。

この場合も、出発点は、通り魔が悪であるという認識です。
通り魔が悪であるから怒りが湧くのであり、殺された人がかわいそうであり、家族を殺された
母親がかわいそうであるのです。
もし通り魔が悪でも何でもなければ(善だとしましょう)、殺された事はかわいそうでも何でも
なく当然の事であり、家族を殺された母親もかわいそうでも何でもありません。そして、通り
魔に対して怒りの感情は湧かないでしょう。

私の考えでは、怒りは自我の安定が崩されたことに対する一つの反応です。
怒りとは、崩された自我の安定を回復させようとする衝動です。
自我の安定を回復することを目的とした他者に対する攻撃衝動です。

相手に対する攻撃は自我の回復の為であり、絶対必要ですから、それは善でなければ
なりません。そのためには、相手は悪でなければなりません。怒りは、悪に対する攻撃
でなければならないのです。

[386] petty_chou 2005/10/16 19:38

>現に、幼児はそれを知りません。トイレで出来ない子もいます。
>何で学ぶか?親の教育の賜物ではなく、大衆の面前で犯した失態の羞恥心や
>それによって引き起こされた手間によってトイレまで用を足すのは我慢すると
>言うことを学ぶのです。
>行かなければならないから行くのは犬猫だけですね。

トイレットトレーニングは本格的な躾の第一歩です。
このトレーニングの結果、子どもはトイレで用を足す事ができるようになります。
それ以降、何度か失敗することはあるでしょうが、このトレーニングで
「トイレで用を足す」という基本的な態度が身に付いているから、最終的には
失敗せずにトイレで用を足せるようになるのです。

トイレで用を足せなかったことが何故失態になるのかといえば、それは「小便はトイレで
するべきだ」という観念があるからです。子どもが失態を犯したと認識する為には「小便は
トイレでするものだ」という観念を持っていなければなりません。その観念がなければ
失態でも何でもありません。そしてその観念は、トイレットトレーニングの結果
身に付くものです。
それから、トイレットトレーニングは基本的に犬猫の躾と同じです。
子どもの躾は犬猫の躾とよく似ているのです。
子供に善悪を教える時、これこれの理由で善いから悪いからとは教えません。
とにかく悪いから悪い、善いから善い・・・です。そういうモノだと教え込むのです。
善悪を叩き込むのです。
「やってはいけないからやってはいけない」という事を身に付けさせるのが躾です。

[387] 公子派 2005/10/16 20:31

>>350
チワ〜ッス
>人が誰かから物を盗まれた時
>盗まれた人は「物を盗んではいけない」という
>世界観(=倫理観)を揺るがされるから腹が立つのだ

他人の物を盗む盗人が物を盗まれたら腹が立つのは
盗まれた人は「物を盗んではいけない」という
世界観(=倫理観)を揺るがされるから腹が立つのだ

盗人が物を盗まれて腹が立つのは
盗人が「物を盗んではいけない」という
世界観(=倫理観)を持っており
その世界観(=倫理観)を揺るがされるから腹が立ったという事なのですか?

>その精神的な不都合とは具体的にどのようなモノなのでしょうか?

全財産を盗まれて
暖かい食事が食べられなくなったり
快適な住居に住めなくなる
可能性があるという不都合

[388] 公子派 2005/10/16 20:43

>>351
>私に悪意を持つ人間が居る事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます
>これも、あなたにとってどう都合が悪いのですか?

私に悪意があるという事は
私に害悪を及ぼしたいという意思があるという事です
私に害悪が及ぶ事は都合が悪い

>親兄弟が都合が良いというのはどういう意味でですか?
>居なくなるとどう不都合なのですか?

親兄弟は比較的借金やローンの保証人になってもらい易い
何かと金をくれる
飯を食わせてくれる
会話によって暇つぶしができる
しかし、親兄弟が私にとって都合が悪い人間になった
あるいは都合が悪い人間だった場合はその限りではない

[389] 公子派 2005/10/16 21:06

>>353
>「こころのよりどころ」とはどういうモノか分かりにくいです。

ペットロス症候群になった飼い主の心の拠り所はペットだったといえる

>たぶん発狂するのだと思います。

「論理的に可能」でも
そんな人がいなければ話にならないのではないでしょうか?

>神は観念として存在します。信仰するものには存在は自明です。

客観的に神の存在を認識できないのに
神の存在は如何にして失われるというのだろうか?

[390] 公子派 2005/10/16 21:27

>>354-355
>私の自我論が一面的であるという事の説明になっていません。
>私は「自我は一面的な偏ったものだ」と主張しましたが、
>それをそのまま説明しているだけです。

私は貴方の自我が作り出した
「自我は一面的な偏ったものだ」という自我論を
「自我は一面的な偏ったものだ」という自我論によって
一面的な偏ったものだと説明しているだけです。

>「自我論」という場合
>それは、「自我とはどういうものかについての一つの見解」
>という意味だと思うのですが。

「自我論」=「自我とはどういうものかについての一つの見解」
という貴方の自我の判断も
貴方の自我論によると一面的な偏ったものだ

>「私の自我に関する見解」が一面的で偏っていると
>思う理由を書いてくれないとダメだと思います。

貴方は

>自我は基本的に一面的な偏った物の見方を
>客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのです。

と主張していたので私は

貴方の自我が基本的に一面的な偏った物の見方を
客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのだと判断しました

したがって

>「私の自我に関する見解」が一面的で偏っていると
>思う理由を書いてくれないとダメだと思います。

という貴方の判断も一面的な偏った物の見方だと判断します

[391] 公子派 2005/10/16 21:31

>>355
>自我も幻想ですし
>世界の常識も法も道徳も皆幻想ですし
>何もかも幻想ですからねえ。

ならば
『何もかも幻想です』という世界観も幻想です

[392] 公子派 2005/10/16 23:36

>>358
>そもそも、人間には「実際の世界を正しく把握している」と思い込む以外に
>世界を把握する方法はありません。
>「普遍的客観的に正しい世界像」などは存在しないのですから。

つまり、「普遍的客観的に正しい世界像」などは存在しない
という世界観は普遍的客観的に正しくないのです

>>362
>あなたが書き込んでいる事が
>自我と世界のすべてを正しく説明できないと自我は存立できない事の
>一つの証拠なのです。

つまり、スレをROMってるだけの人は
自我と世界のすべてを正しく説明できなくても
自我が存立できる人なのです

ヽ(`Д´)ノウワァァン!

[393] petty_chou 2005/10/17 19:35

>>387
>盗人が物を盗まれて腹が立つのは
>盗人が「物を盗んではいけない」という
>世界観(=倫理観)を持っており
>その世界観(=倫理観)を揺るがされるから腹が立ったという事なのですか?

盗人が怒るかどうかは知りませんが、もし怒るとすれば、その通りです。
例えば「自分は盗むのはいいけど、他人が自分の者を盗むのは許せない。」と思って
いるかもしれません。
人が他人の行動に怒る場合、その行動が悪であるという認識が前提にある筈です。

盗人が例えば「盗まれる方が悪いのだ。」などと思っていれば、自分は
盗まれないように用心するかも知れませんね。それでも盗まれたら
怒るに怒れないでしょうね。

[394] petty_chou 2005/10/17 20:11

>>387
>全財産を盗まれて暖かい食事が食べられなくなったり快適な住居に住めなくなる
>可能性があるという不都合

あなたは、全財産を盗まれたとき、ただ
「温かい食事が食べれないじゃないか!腹が立つ!」
「快適な住居に住めないじゃないか!むかつく!」
と怒るだけなのですね。

「人の物を盗むなんて間違ってるじゃないか!」という怒りはないのですね?
全財産を盗むのは、良いとか悪いとかに関係なくただただ「食べられない」「住めない」という
不都合が起きるから腹が立つのですね?

[395] petty_chou 2005/10/17 20:16

>>388
>私に悪意があるという事は私に害悪を及ぼしたいという意思があるという事です
>私に害悪が及ぶ事は都合が悪い

どう都合が悪いのでしょうか?都合の悪いその内容が分かりませんが・・・。

悪意を持つ人間がいると損害を被る可能性があるから都合が悪いのでしょうか?
もしそうなら、その犯人が捕まった途端、怒りは治まるということでしょうか?

私などは、犯人が捕まれば怒りを向ける対象がはっきりするので、その犯人に対して
怒りを向けますが、「人の物を盗ってダメだろう!」と腹を立てると思いますが、あなたには
そういう悪人に対する怒りというのはないのですね。

[396] petty_chou 2005/10/17 20:18

>>388
>親兄弟は比較的借金やローンの保証人になってもらい易い何かと金をくれる
>飯を食わせてくれる会話によって暇つぶしができる

あなたは身内を殺されたときに
「借金の保証人がいなくなったじゃないか!」
「何かと金をくれたり飯をくれたりしてくれる人がいなくなったじゃないか!」
「会話によって暇つぶしする相手がいなくなったじゃないか」といって怒るのですね。
それは誰に対して怒るのですか?殺人犯に対してではないですか?
そのとき、殺人犯に対して「悪人」だとは思わないのですね?
「人を殺すなんて極悪だ!」とは思わないのですね?

物を失ったり知り合いが死んだりすると喪失感があります。しかし、その喪失感そのものは
怒りではないと私は思います。その喪失感を穴埋めしようとして(実際には埋める事は
出来ませんが)、犯人に対して発動する攻撃衝動が怒りだと思います。

相手を攻撃するためには攻撃することが正当であるという観念が必要です。
自分は相手を攻撃してもかまわないと思えなければなりません。
そのために、自分を善の立場に立たせ相手を悪の立場に置いて、善が悪を攻撃する
という形を作ります。
(現実に自分が善で相手が悪である必要はありません。自分がそう思い込むことが
出来れば攻撃は出来ます。そもそも普遍的な善悪はありません。善悪はすべて思い込みです。)
「相手は悪いのだから攻撃して当然」という観念を持つことによって
相手を攻撃することが出来ます。
だから、怒りはしばしば相手を道徳的に裁くという形になります。

[397] petty_chou 2005/10/17 22:30

>>389
>>「こころのよりどころ」とはどういうモノか分かりにくいです。

>ペットロス症候群になった飼い主の心の拠り所はペットだったといえる

飼い主がペットを可愛がり、ペットを可愛いと思い、ペットを見て和み・・・などとペットと
関係を持つことで出来ていた飼い主の自我の形の一部が、ペットが死ぬ事で崩れて
しまったのでしょう。ペットロス症候群になるというのは、ペットの死によって欠落した
自我の一部がなかなか修復できなくて苦しんでいるという事でしょう。
その意味で、ペットとの関係は飼い主の自我の一部を支えていたといえるでしょうね。
心の拠り所とは、自我の一部を支えているモノといえるかも知れませんね。

[398] petty_chou 2005/10/17 22:44

>>389
>>たぶん発狂するのだと思います。

>「論理的に可能」でも
>そんな人がいなければ話にならないのではないでしょうか?

自我が崩壊するとは発狂することだという事です。
「自我が崩壊すれば発狂する」ということではないと思います。
「自我の崩壊」=「発狂」という事でしょうか。

発狂の定義としてはあまり適当でないのかなあ。ちょっとよく分かりません。

ついでに少し書きますと・・・
自我が崩壊するということは、自我の秩序がなくなってしまうという事です。
自我の秩序がなくなれば、何をどう行動していいか、何をどう考えればいいかという事が
分からなくなるという事です。世界の秩序もなくなりますから、世界がバラバラになって
意味のないものになってしまいます。現実感もなくなるでしょう。
何も行動できず、何も考えることが出来ず、
自閉の混沌の中にずっといることになるでしょう。

「自我の崩壊」を、私は大体こんな感じだと推測しています。

[399] petty_chou 2005/10/17 22:54

>>389
>>神は観念として存在します。信仰するものには存在は自明です。

>客観的に神の存在を認識できないのに
>神の存在は如何にして失われるというのだろうか?

野球選手になる夢や希望などは客観的に存在しているとは言えませんが、
その夢や希望を抱いている人にとってはその夢や希望は存在します。
その夢や希望が何らかの事情でかなう見通しがなくなって、当人がその夢を捨てれば
その夢は失われたといえるでしょう。

元々の「神を失う」という話は架空の話ですから、現実に一神教徒がいきなり「神を失う」
という事はないでしょうが。

[400] petty_chou 2005/10/17 23:02

>>390
>私は貴方の自我が作り出した「自我は一面的な偏ったものだ」という自我論を
>「自我は一面的な偏ったものだ」という自我論によって
>一面的な偏ったものだと説明しているだけです。

何をお書きになっているのかよく分かりません。

私の自我論ってどんな論だとお考えでしょうか?
正直言って、あなたが「自我論」という言葉で指している「私の自我論」とは
どういうものか私にはよく分からないのですが。

私は自我については「一面的で偏ったものだ」とだけ言っているのではありません。
自我とはこういうモノだという私の見解全部が私の自我論だと思います。その見解の
どのあたりが一面的なのかを具体的に指摘してほしいと私は言っているのです。

「〜だからあなた自我論は一面的だ。」という風に具体的に説明していただけませんでしょうか。

[401] petty_chou 2005/10/17 23:16

>>390
>貴方は

>>自我は基本的に一面的な偏った物の見方を
>>客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのです。

>と主張していたので私は

>貴方の自我が基本的に一面的な偏った物の見方を
>客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのだと判断しました
>したがって

>>「私の自我に関する見解」が一面的で偏っていると
>>思う理由を書いてくれないとダメだと思います。

>という貴方の判断も一面的な偏った物の見方だと判断します

理屈になっていません。

私の自我に関する見解を、あなたは一面的だと判断されたのでしょう?
私が書いている「自我について」の話を読んで、「ああ一面的な考え方だなあ。」
と思われたのでしょう?そうではないのですか?

私は自我についていろいろと書いています。
ですから、その見解のどの部分を見て「その考え方は一面的だな。」とあなたが
判断されたのかを教えていただきたいと言っているのです。

私の書いていることが分かりますか?

[402] petty_chou 2005/10/17 23:17

>>391
>>自我も幻想ですし世界の常識も法も道徳も皆幻想ですし何もかも幻想ですからねえ。

>ならば『何もかも幻想です』という世界観も幻想です

その通りです。

[403] petty_chou 2005/10/17 23:18

>>392
>つまり、「普遍的客観的に正しい世界像」などは存在しない
>という世界観は普遍的客観的に正しくないのです

その通りです。普遍的な真理や正しさなどは存在しません。

[404] petty_chou 2005/10/17 23:28

>>392
>>あなたが書き込んでいる事が
>>自我と世界のすべてを正しく説明できないと自我は存立できない事の
>>一つの証拠なのです。

>つまり、スレをROMってるだけの人は
>自我と世界のすべてを正しく説明できなくても
>自我が存立できる人なのです

論理的にちょっと間違っているような気がします。

「世界を正しく説明できなくても自我が存立できる人ならば書き込まない」
と言えるだけではないでしょうか?
そして、この命題が真であっても、
「世界を正しく説明できなくても自我が存立できる人」が存在するとは限りません。

[405] h.k 2005/10/18 01:00

>>383
たまたま唾を吐く習慣があり、それをその人の習慣まで省みて私は害意のあるなしを判断する気はありませんね。
こういう例はどうでしょう?道を歩いているさなかに腕を思い切り振り回す癖のある人がいます。その人の腕が鼻に思い切り入りました。
その人が害意を本当に持っていないとしても十分に私は不快です。
あたりそうになったとしてもよけなくてはなりません、同様に不快です。
害意がなくてはならないのではなくて、行動の結果として私が不快感を与えられるから度合いの差はあれど怒るわけです。

悪いことをしているかしていないかを現在決めるのは法です。
倫理的に悪か否かを決めるのは、その人の受けてきた教育と知識と信仰に影響されます。
正当性の主張など私にとってはどうでもよろしい。喫煙可能なレストランであっても、隣でタバコを吸われれば食器を思い切り投げつけたくなる衝動に駆られます。
彼の正当な権利として吸っているタバコですが、あの匂いが料理の味を悪くすることに不快感を感じるからです。
害意をもって私に接する人間に対しても同様です。
害意を持っていると私が認識するにはそれを行動であらわしていることが第一条件であり、その行動とは間違いなく私に不快感を与えています。
あるいは正当な理由からかもしれません。ですが、私はその人間に対して怒りを覚えるでしょう。理由は何であれ。
善悪はそれを押さえ込む役割を果たします。おそらくはPETTYCHOU氏の主張と逆の作用が善悪の本質であると思います。

>>385
通り魔殺人なり、女子高生コンクリート詰め殺人事件なりの事例に目を通して怒りを感じるのは、被害者の痛みはいかほどで、その遺族の痛みはいかほどのものであろうかと慮った結果です。
被害者が、死んで当然の人間だと私が判断したときには、無感情、もしくは喜びを感じることさえもありえます。
同情があるからこそ、怒りもわきますが、殺人=悪という単純論で怒りを感じることは今後永遠にないでしょう。

同時に、その正当性が如何に証明されようとも私は、自分の親愛な人間を殺した人間を赦すことはありません。認めることもありません。
自分が善悪のどちらになろうとも知ったことではありません。
自分の正当性が絶対的に必要な人間もいれば、まったく必要のない人間もいます。人はそれほど単純に語れるものではありません。

トイレの話
悪いから悪いというのは、確かに頭ごなしに誰かをするときに良く使われます。多くの親はそれをするでしょう。
しかし、悪いことは悪いがなぜ悪いのかを答えられる人間のみがよい教育者足りえるのであって、頭ごなしが常套であるからいうことで
教育者の全てがそうするかと言われれば答えはNOです。
確かに、悪いことは悪いで教えられる人間もいるでしょうが、なぜそうなのかを教えられる人間も確かに存在します。
私は後者も、前者も体験しておりますし、幼少からそれは変わりません。
そして、後者を知る人間のみが人を納得させうるのであり、前者は押し付けることしか出来ないのです。

[406] アンチャッタブル 2005/10/18 16:42

神、宗教、天使、悪魔。。実に結構な話です。ぼくはどーでもいいと思います。それも自由ですからね。 (^3^)/

[407] petty_chou 2005/10/18 20:18

>>405
>こういう例はどうでしょう?道を歩いているさなかに腕を思い切り振り回す癖のある人がいます。
>その人の腕が鼻に思い切り入りました。
>その人が害意を本当に持っていないとしても十分に私は不快です。
>あたりそうになったとしてもよけなくてはなりません、同様に不快です。
>害意がなくてはならないのではなくて、行動の結果として私が不快感を与えられるから
>度合いの差はあれど怒るわけです。

私も害意がなくても不快になると思いますが、私の理由は違います。
私が怒るのは、鼻に当たって痛いからという理由もありますが、なにより、その行為が
道徳的に許されないと私が思う行為の結果だという理由によります。
「公の道路を歩くときに他人の迷惑を顧みず腕を振り回すなよ。」という怒りです。

私の中に、「公の場所では他の人もいるのだということを頭にいれてそれなりに注意して
行動すべきだ。」という道徳律があります。
そういう「私の」道徳律に反した行為をしてその結果、私が被害を受けたので非常に腹が立ちます。
もし、「私の」道徳律に反していないと考えられる行為で被害を受けたのなら、少しは腹が立つかも
しれませんが怒りはそれほど大きくないと思います。仕方がないと思えるでしょう。
十分注意していても不慮の事故は起こるかもしれないからです。

当然、いくら不慮の事故といっても受け入れがたいような被害を受けることはあるでしょう。
その時でも相手に強い怒りを向ける事はあまりないでしょう。

だから、もし、私が「公の道で腕を振り回しながら歩いてもよい。」という道徳律を
持っているとすれば、腕が当たったとしても仕方がないと思えるでしょう。
自分も他人にそういうことをするかもしれないからです。
そしてその事を悪いと思っていないからです。
その場合は、腕が他人に当たって他人が怒ってくれば心外に感じるでしょう。
「何を怒っているのだ!?」と逆に腹が立つでしょう。

[408] petty_chou 2005/10/18 20:28

>>405
>悪いことをしているかしていないかを現在決めるのは法です。

私が怒るときに善悪を決めるのは私です。私の持っている道徳律で善悪を決めるのです。
(私が「善悪」と書いてきたのはそういう意味の「善悪」です。)
ある人が「子どもはちゃんと躾けていかなる場所でも騒がせるべきではない。」と思っていれば
遊園地ではしゃぐ子どもにも腹が立つでしょう。
ある人が「子どもは騒ぐものだ。」と思っていれば、どこで子どもがはしゃいでもまったく
気にならないでしょう。
その人の持っている道徳観がどういうものであるかによって何に腹を立てるかが
変わってくるでしょう。

>正当性の主張など私にとってはどうでもよろしい。喫煙可能なレストランであっても、
>隣でタバコを吸われれば食器を思い切り投げつけたくなる衝動に駆られます。

と書いておられますが、これを私なりに読めば・・・

法律や常識などの「正当性」などは「私にとってはどうでもよろしい。」
私が悪いと思えばそれは悪いのであって「喫煙可能」と社会的に認められ
正当性があったとしても、私の道徳に照らし合わせてみればそんな事はするべきではない。
だから「煙草を吸われれば食器を思い切り投げつけたくなる衝動に駆られます。」

となります。外部にある法などではなく、自分の世界観に抵触するから「悪」なのです。
私が「悪」と表現しているのはこの「悪」です。
私が使っている「正当性」「正しさ」という言葉も、私自身にとっての「正当性」「正しさ」です。

>彼の正当な権利として吸っているタバコですが、あの匂いが料理の味を悪くすることに
>不快感を感じるからです。

その不快感の中に
「なんて鈍感なやつだ。料理のときに煙草のにおいがすれば味が悪くなるだろう。」
「そんなことも知らないのか。料理のときに煙草なんか吸うべきじゃないだろう。」
という気持ちが入っていると私は思っています。
法律などと違う自分なりのルールがあってそれに抵触する人に対しては
ひそかに怒りを感じています。

[409] petty_chou 2005/10/18 20:31

>>405
>あるいは正当な理由からかもしれません。ですが、私はその人間に対して怒りを
>覚えるでしょう。理由は何であれ。
>善悪はそれを押さえ込む役割を果たします。おそらくはPETTYCHOU氏の主張と逆の
>作用が善悪の本質であると思います。

逆ではないと私は思っています。
ある人がある1つの道徳律を持っている場合、その道徳律は自分にだけでなく他者にも
適用されるべきだと思っています。
例えば、「みだりに怒りを表現してはいけない。敵意を示してはいけない。」という道徳律を
持っていれば、自分が怒りを簡単に表現することに対するブレーキになりますが、同時に
他者も同じように怒りを簡単に表現すべきではないと思っています。
だから、簡単に敵意を示してくる相手には、その道徳律に従って相手を「悪だ」と判断し、
道徳律に違反したその相手に怒りを向けるでしょう。

害意を示してくる相手に怒りを感じるのは、自分に対して「害意を示してはいけない。」という
ブレーキがかかっているからだと私は思います。
自分はブレーキをかけているのに相手がブレーキをかけないから腹が立つのです。

[410] petty_chou 2005/10/18 20:36

>>405
>通り魔殺人なり、女子高生コンクリート詰め殺人事件なりの事例に目を通して怒りを感じるのは、
>被害者の痛みはいかほどで、その遺族の痛みはいかほどのものであろうかと慮った結果です。

>同情があるからこそ、怒りもわきますが、殺人=悪という単純論で怒りを感じることは
>今後永遠にないでしょう。

まず、何故、同情するのかです。それは単にその人が死んだからではありません。
惨い殺され方をしたあるいは理不尽な殺され方をしたからでしょう。
殺した人間が「悪」だと私が思うからでしょう。(法律で「悪」だからではありません。)

私の世界観に照らし合わせて「悪」によって悲惨な殺され方をしたと思うから
同情するのだと思います。そして、同時に「悪」である殺人者に怒りを感じるのです。
殺人者が悪くないと思えば、殺された人に同情する気持ちは起きないでしょう。

あなたも

>被害者が、死んで当然の人間だと私が判断したときには、無感情、もしくは喜びを感じる
>ことさえもありえます。

と書いておられる通り、誰かが「死んで当然の人間」を殺しても、私は殺した人間を「悪」と
思えないでしょうから同情はしないと思います。

>同時に、その正当性が如何に証明されようとも私は、自分の親愛な人間を殺した人間を
>赦すことはありません。認めることもありません。

この「正当性」も社会なり法律なりによる正当性の事ですね。社会のみんなが「正当」だと
認めても自分は許さないという事ですね。それは、自分の世界観によって「正当ではない」
と思うだろうという事です。

「正当性」と言っても、普遍的な正当性があるわけではありません。
一般に言われる正当性とは「多くの人が正当と認める」という事です。多くの人が「それは
正当だ」という観念を共有しているというだけです。
共有できない人は当然います。共有できない人もその人なりに思うところはあります。
その人の思う「正当性」があってもおかしくないでしょう。
ただ、他の多くの人とは共有できない、多くの人には同意してもらえないというだけです。

「誰が正当だと認めても私は許さない。」というのは自分は自分なりの世界観で判断する
という事です。
それは、誰がなんと言おうと「自分が正当であると思うことが正当だ。」という主張だと
思いますし、「自分の正しさ」を大事にしているという事だと思います。

私は、自分が正しいと思うことが正しくなければ自分ではないと思うのですが。
自分が正しいと思うことを捨てろと言われれば、生きていけないと思うのですが。

[411] petty_chou 2005/10/18 20:40

>>405
>しかし、悪いことは悪いがなぜ悪いのかを答えられる人間のみがよい教育者足りえるのであって、
>頭ごなしが常套であるからいうことで教育者の全てがそうするかと言われれば答えはNOです。

教育者がすべてそうだとは言っていませんし、すべて頭ごなしにせよとも思いませんが、
少なくともトイレットトレーニングはそうです。

「何故、トイレ以外の場所で用を足していけないのかは考えたことないけど、あるいは、
よく分からないけど、トイレ以外の場所で用を足すのに非常に抵抗を感じる。
他の場所で用を足すことはどうしてもできない。」という感覚(観念)を持たせないといけないと
思います。
「人の者を盗ってはいけない」「人を殺してはいけない」などの道徳律も同様で、
「理由はよく分からないが、そういうことは絶対にしてはいけないと思っている。」あるいは、
「何故かそうすることに非常に大きなブレーキがかかってとてもそうしようとは思わない。」
という風にならなければならないと思います。
道徳を身に付けるという事はそういうことだと思います。

「何故、人の物を盗ってはいけないの?ちょっとぐらいいいじゃない?」などと言っている子どもに
人の者を盗ることは悪いことだと教える事はほとんど不可能だと思います。
もっと前に「ダメだ」という観念を身に付けるべきだったのです。

[412] petty_chou 2005/10/18 20:43

>>405
>自分の正当性が絶対的に必要な人間もいれば、まったく必要のない人間もいます。
>人はそれほど単純に語れるものではありません。

あなたのおっしゃる「正当性」は社会に認められるという意味の正当性です。
私が「自分の正当性が必要だ。」というときの「正当性」は、私の主観的な意味での
正当性です。
「自分は正しいのだ。」と「私自身が」信じ込むことが出来なければ「やってられない」
という意味の「正当性」です。
そして、そういう意味の「自分の正当性」は誰にとっても必要なのではないかと
私は思っています。

[413] 公子派 2005/10/19 11:33

>>401
>どの部分を見て「その考え方は一面的だな。」とあなたが
>判断されたのかを教えていただきたいと言っているのです。

私は貴方の

>自我は基本的に一面的な偏った物の見方を
>客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのです。

という部分の主張を一面的な偏った物の見方ではないと素直に受け入れ
貴方自身の言動を貴方の主張に基づいて評価、判断したのです

だからこそ

>自我は基本的に一面的な偏った物の見方を
>客観的な正しい物の見方だと思い込んでいるのです。

という貴方の物の見方を一面的な偏った物の見方だと判断したのです

私の書いていることが分かりますか?
貴方自身の書いていることが分かりますか?

[414] 公子派 2005/10/19 11:44

>>353
>自我が崩壊するとはどういうことなのだろうか?
>たぶん発狂するのだと思います。

>>398
>「自我が崩壊すれば発狂する」ということではないと思います。

どっちなの?wwwww

[415] 公子派 2005/10/19 11:53

>>403
>つまり、「普遍的客観的に正しい世界像」などは存在しない
>という世界観は普遍的客観的に正しくないのです
>その通りです。普遍的な真理や正しさなどは存在しません。

『普遍的な真理や正しさなどは存在しない』という事が普遍的に正しいなら
普遍的な正しさが存在する事になるので矛盾する

『普遍的な真理や正しさなどは存在しない』という事が普遍的に正しく無いなら
普遍的な正しさが存在する事を認める事になる

[416] 公子派 2005/10/19 12:05

>>399
>野球選手になる夢や希望などは客観的に存在しているとは言えませんが、
>その夢や希望を抱いている人にとってはその夢や希望は存在します。
>その夢や希望が何らかの事情でかなう見通しがなくなって、当人が>その夢を捨てればその夢は失われたといえるでしょう。

>現実に一神教徒がいきなり「神を失う」という事はないでしょうが。

神などは客観的に存在しているとは言えませんが、
神を信仰ている人にとっては神は存在します。
何らかの事情で信仰心がなくなって、当人が神への信仰を捨てれば
神は失われたといえるでしょう。

元々の『神への信仰の喪失』という事は自我の判断によって引き起こされるものですから
現実に一神教徒がいきなり『自我が崩壊する』という事はないでしょうが。

[417] 公子派 2005/10/19 12:24

>>394
>ですね?

ですよ

>>395
>でしょうか?

です

>>396
>善悪はすべて思い込みです。

その通り
http://crime.bbs.thebbs.jp/1128406082/

>>404
自我と世界のすべてを正しく説明できないと自我は存立できない事の一つの証拠なのです。

という命題が神であっ手も

「世界を正しく説明できなくても自我が存立できる人」が存在しないとは限りません。

ヽ(`Д´)ノウワァァン!

[418] petty_chou 2005/10/19 19:34

公子派さん
>>395  で書きましたが・・・

  >>388
  >私に悪意があるという事は私に害悪を及ぼしたいという意思があるという事です
  >私に害悪が及ぶ事は都合が悪い

  どう都合が悪いのでしょうか?

これにお答えください。あなたのおっしゃる「精神的なことも含めた不都合」の
具体的な内容が分からなければ話を先に進みませんから・・・・。

[419] 2005/10/19 21:43

何で都合が悪くないんだ。ネ単問答は勘弁な。

[420] petty_chou 2005/10/19 23:06

>>372  HOOK さん
亀レスすみません。気が付きませんで・・・。

>敬虔な一神教にとっての神や宗教的ドグマ、或いは世間の承認や評価は、自我を
>支える為の《外部の根拠や保証》であって、内部に在る信念や信条と云った本来の
>《自我の支え》とは概念を殊にしてるのです。
>此処を混同して《外部に在る自我の支え》と云う定義に則って主張を繰り返してるから、
>自身が何やら雲を掴むような話に終始して仕舞ってるのではないですか?

自我を支えるための「外部の根拠」が、私の外部に石ころが存在しているのと同じように
外部に存在している訳ではありません。それは、幻想(=観念)としての「外部の根拠」であり、
幻想(=観念)として存在しているという事です。
「神」も私の抱いている幻想であり、「世間の是認」も私の抱いている幻想です。
私が「世間の是認を得ている」という思い込みが「外部の世間の是認」になります。

あなたは、内部にある信念・信条などが自我を支えるとおっしゃっていますが、
信念や信条が自我を支えるとすれば、それらの信念や信条が「外部のある存在に
その正しさを裏付けられている(例えば世間の是認など)」と思い込んでいるからだ
と思っています。この思い込みによって「内部の支え」と「外部の根拠」は繋がって
いると考えています。

 (私は信念や信条は自我(=世界観)の一部だと思っています。自我の一部である
  信念や信条が自我を支えるという事は、自分で自分を持ち上げるのと同じで不可能
  だと思っています。そして、私の思想信条などを含めた世界観の正しさは盲信する
  以外になく、この盲信は「その正しさは外部の何かに認められている」という思い込み
  によって(幻想としての)外部の存在に支えられていると考えています。そして、
  この結びつきによって、外部の支えと内部の世界観は一体不可分に繋がっている
  と私は考えています。)

[421] 公子派 2005/10/20 00:24

>>418
>どう都合が悪いのでしょうか?
>これにお答えください。
>あなたのおっしゃる「精神的なことも含めた不都合」の
>具体的な内容が分からなければ話を先に進みませんから・・・・。

どう自我が崩壊するのでしょうか?
これにお答えください。
あなたのおっしゃる「自我の崩壊」の
具体的な内容が分からなければ話を先に進みませんから・・・・。

ぶっちゃけ、このネタに飽きてきたから
話を先に進める気は無いんだな〜これが

[422] petty_chou 2005/10/20 01:14

公子派さん

>どう自我が崩壊するのでしょうか?

ごめんなさい。どのシチュエーションでこの質問をされましたっけ?

[423] 公子派 2005/10/20 01:27

>>422
ぶっちゃけ、このネタに飽きてきたから
話を先に進める気は無いんだな〜これが

というシチュエーションで質問をしました

[424] petty_chou 2005/10/20 01:39

話を先に進める気がないのではなく話を進められないのではないですか?

[425] 公子派 2005/10/20 01:45

>>424  話を先に進める気がないので話を進められないのです

[426] けむんぱち 2005/10/20 01:47

もう七、八年ほども前のことですが、ほんの取るに足らない、自分と
は直接何の関係ないような小さなきっかけで、ある日突然全身に悪寒
が走り、同時に今まで経験したこともないような得体の知れない強い
恐怖に襲われたことがありました。そしてその直後、ものすごい憎悪
がこみ上げてきて周囲の物に当り散らし、気がついたときには手近に
あった本などをナイフでズタズタに切り裂いていました。あのゾッと
した瞬間、確かに私は狂気の入り口、地獄の門を「見た」のです。そ
してそれからしばらくの間不安定な精神状態の日々を経た後、自我は
本来、自我自身が単なる機能に過ぎないという客観的事実からたくみ
に覆い隠されていることによって自我自身の生理的機能を果たしてい
るものなのだということを、おぼろげながら気づき始めるるようにな
りました。そしてそれが概念的に何とか把握できるころにはあの狂気
の瞬間に開いた自我の傷口は完全にふさがっていて、現在こうして言
葉によってそのことについて記述している際にも自我本来の錯覚機能
(?)が正常に作動しているがゆえに、純粋に生理的な意味において健全
な精神状態でいられるのだと思います。

それとも果たして私は今本当に健全なのでしょうか?ひょっとしたら精
神の完全な健康状態などというものは単なる錯覚に過ぎないのではな
いでしょうか?確かにこれは有り得ることです・・・。

[427] けむんぱち 2005/10/20 02:23

古代異教の神々は血と体液と糞尿にまみれた熱帯性の狂乱そのものです。

それは人に酔い痴れることと踊ることを教えます。

祝祭の醍醐味とは、我を見失うことによってこれらの鬼神と一つに溶
け合うということです。

[428] ウナム 2005/10/20 09:25

 けむんぱちさんの離人症と地獄の門は精神に於いて何かしらの接合点はあるのでしょうね、後ベットで脚がビクッって話してたやつ。

 酩酊に附いても現代人は悪い結果ばかりに気を取られて酩酊の「詩」が読めないのだと思います、けむんぱちさんの仰る様に古来の人々はこの詩を良く知っていた、そもそも人間にとって心地よいものが悪い筈がない、心地よいものは何であれ精神的な働きだと思うのです、ピアノを弾いている時離人症が起こると何時もならミスタッチが多いのに正確に成る、と仰ってましたよね、「かくこうあるべき」ものから「たまたまそうなる偶然的な」ものへの移行。

[429] ウィン 2005/10/20 11:33

僕の考え・・・

神=生命を与える

悪魔=寿命を与える

・・・・なんて思ったわけですけど・・・・
・・・神といっても色々ですし・・・・
創造の神・・・愛の神・・・・戦いの神・・・死神・・・など
神と悪魔が対照してこの世ができている・・・・
なんてことがあったら凄いですね

[430] 耳学問派 2005/10/20 19:27

たった一行、聖書を読んでいたら・・・。

第一コリント
1:21 事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。

[431] 特命 2005/10/20 21:46

安らぎを感じたり、気分が爽快になる快そのものの感覚は、
脳内ではドーパミンやセロトニンの放出によるものだそうです。

タバコからニコレットにしてニコレットの数を減らしていくような感じで、
ニコレット(教え)にも執着しすぎてはならない仏教の八正道は、
脳内麻薬そのものの依存を断ち切っていく訓練法に見えるのですが、
行き着く先がpetty_chouさんの主張する状態だったらお気の毒です。

誰も体験したことないかもしれない状態を論じて主張しているpetty_chouさんと、
坊主が抑制していったあげくに発狂する様子を想像したらちょっと面白かったです。

[432] けむんぱち 2005/10/21 02:22

気のふれた結論の足音が徐々に近づいてくるのが皆さんにはお分かり
でしょうか?

五を六に変えるために八つの隠された通路を経る。
破壊の風は太陽の性交によって生まれる。昆虫の羽音は太陽の賛歌。
捧げものには肉体の蜜。受け取る恩恵は蛇の死。

ゆえに心せよ、死もまた死ぬことができるということを。顕現は単な
る死にすぎず、従って望むべくもないということを。

三は七と共に虚空へ飛び散る。二はその際見て見ぬふりをする。
稲妻は蛭の脳髄を洗浄する。それはこじ開け、空になった頭蓋に月の
精気を注ぎ込む。
裏切りには香油で清めた干草。受け取る怒りは不妊。

ゆえに心せよ、爛れた臓腑をもって血を汚すことが大地への呪いとな
ることを。そしてほかならぬその爛れた臓腑こそ星の運行を麻痺せし
める当のものであるということを。

[433] 哲学のライオン 2005/10/21 09:28

口喧嘩に自信ある人おいでhttp://government.bbs.thebbs.jp/1129003651/

[434] petty_chou 2005/10/21 19:23

>>425  公子派さん

>>350  でも書きましたが、私は >>326  で、
人が誰かから物を盗まれた時、盗まれた人は「物を盗んではいけない」という
その人の持つ道徳観(=世界観)が揺るがされるから腹が立つのだ
と書きました。
これは、「自分の世界観に抵触する」という「精神的な不都合」です。
自分の世界観を揺るがされて自我が不安定になった訳ですから。

それに対して、公子派 さんは >>333  で
「盗まれる事によって生じる不都合のせいだ」と反論して来られました。
そして、その「不都合」には「精神的な不都合」も含まれるという事でした。

私が、その「精神的な不都合」は「世界観を揺るがされる事」だと主張したのに対して
わざわざ反論してこられたのですから、公子派さんの主張される「精神的な不都合」は
「世界観を揺るがされる事」とは違う何かの「精神的な不都合」という事になりますよね。

ですから私は、その「精神的な不都合」とはどうゆうようなモノなのかと質問しました。
そして、公子派さんからその明確な答えをまだ頂いていません。

公子派さんは、私の主張にわざわざ反論してこられたのですから、
私の主張とは違う「精神的なものも含めた不都合」がどういう不都合であるのか
という事を詳しく説明して頂かないと納得がいきません。

「飽きてきた」「話を先に進める気がない」というならそれはそれでいいと思いますが、
これ以上説明をされないのなら >>333  の主張を取り下げていただきたいと思います。
そもそもこの >>333  がなければ、話を進める必要はありませんから。

[435] petty_chou 2005/10/21 19:25

>>431

>誰も体験したことないかもしれない状態を論じて主張しているpetty_chouさんと・・・

何を指して言われているのでしょうか?もしよろしければ教えてください。

[436] 公子派 2005/10/22 11:41

>>434
>私の主張とは違う「精神的なものも含めた不都合」がどういう不都合であるのか
>という事を詳しく説明して頂かないと納得がいきません。

もうすでに回答済みです
何故、同じ質問を繰り返すのですか?

>主張を取り下げていただきたいと思います。

取り下げないヨン♪

[437] petty_chou 2005/10/22 13:34

>>436  公子派さん

遠くに住む親兄弟が通り魔に殺された場合に何が都合が悪いか
という問いに、公子派さんは

�特に理由も無く人殺しをする人間が居るという事は私にとって都合が悪い
�親兄弟のような私にとって都合が良い人間が居なくなったという事は私にとって都合が悪い

と答えただけです。
�についても、親兄弟が都合がいいとはどういう事か、居なくなるとどう不都合か
という問いに、公子派さんは

親兄弟は比較的借金やローンの保証人になってもらい易い、何かと金をくれる、
飯を食わせてくれる、会話によって暇つぶしができる・・・から都合がいい

と答えただけです。
これでは回答になりません。
例えば上の�にしても、「理由なく人殺しをする人間が居る」事がどう都合が悪いのか
何も書いていません。これでは、私の主張との違いが分かりません。
例えば、「そう言う人間がいる事が自分の世界観に抵触するから都合が悪い」というのであれば、
それは私の主張と同じですから、あなたが >>333  で反論をした理由がなくなります。

単に「都合悪い」といっても説明にならないのです。
だから、「どう都合が悪いのか」「私の主張する精神的な不都合とどこがどう違うのか」
という事をきちんと説明して頂けないと、それは回答にはならないのです。

[438] 公子派 2005/10/22 13:51

>>437
>私の主張との違いが分かりません

なら、貴方の主張と私の主張は同じである
という事にしておいて下さい
それで万事解決です

[439] petty_chou 2005/10/22 14:22

>>438

主張が同じという事は >>333  は取り下げるという事で
よろしいでしょうか?

[440] 公子派 2005/10/22 14:30

取り下げないヨン♪

[441] petty_chou 2005/10/22 14:53

>>440  主張が同じだという事は >>333  は意味がなくなるという事だと
思いますが。それでよろしいでしょうか?
もし、意味があると思われるなら、その説明をお願いします。

[442] 公子派 2005/10/22 14:59

>>437
>親兄弟が都合がいいとはどういう事か?
>親兄弟は比較的借金やローンの保証人になってもらい易い
>何かと金をくれる飯を食わせてくれる
>会話によって暇つぶしができる・・・から都合がいい
>と答えただけです。
>これでは回答になりません。

『どう回答にならないのか』という事をきちんと説明して頂けないと、話が先に進みませんから・・・・。

>「私の主張する精神的な不都合とどこがどう違うのか」
>という事をきちんと説明して頂けないと
>それは回答にはならないのです。

>>387

>>441
>主張が同じだという事は >>333  は意味がなくなるという事だと
思いますが。

別に意味は無くならないと思う
>>333 の主張は私の自我です

[443] petty_chou 2005/10/22 16:19

>>442

>『どう回答にならないのか』という事をきちんと説明して頂けないと、話が先に
>進みませんから・・・・。

>>437  にどう回答にならないかを説明しています。
これに対して、 >>438  で、あなたは私の主張と同じであると答えておられます。
それで万事解決だと書いておられます。これで話は終わっていると思いますが。

何の話を進めるのですか?あなたが書いた「主張が同じ」というのは嘘ですか?

[444] 公子派 2005/10/22 17:40

>>443
>どう回答にならないかを説明しています。

親兄弟が都合がいいとはどういう事か?という貴方の質問に対して

親兄弟は比較的借金やローンの保証人になってもらい易い
何かと金をくれる飯を食わせてくれる
会話によって暇つぶしができるから都合がいい
と私は答えました。

その精神的な不都合とは具体的にどのようなモノなのでしょうか?という貴方の質問に対して

全財産を盗まれて
暖かい食事が食べられなくなったり
快適な住居に住めなくなる
可能性があるという不都合
と私は答えました。

この回答の何処がおかしいのですか?

>あなたが書いた「主張が同じ」というのは嘘ですか?

変な質問ですね
私は貴方と私の主張が同じだとは主張していませんよ
貴方の主張と私の主張は同じであるという事にしておいて下さい
と要求しただけの事です

>何の話を進めるのですか?

私の回答の何処がおかしいのか
petty_chouのいう『普遍的な真理や正しさなどは存在しない』
という主張が普遍的に正しいかどうか

[445] 特命 2005/10/22 18:49

>>435
>何を指して言われているのでしょうか?もしよろしければ教えてください。

自我の支えがまったくない状態は誰も体験したことないかもしれないし、悟りの境地とかぶるんです。

[446] petty_chou 2005/10/23 13:23

>>444
遠くに住む親兄弟が通り魔に殺された場合に何が都合が悪いか
という問いに、公子派さんは

�特に理由も無く人殺しをする人間が居るという事は私にとって都合が悪い
�親兄弟のような私にとって都合が良い人間が居なくなったという事は私にとって都合が悪い

と答えました。

この�については >>437  でも書いたように
「理由なく人殺しをする人間が居る」事がどう都合が悪いのかが書かれていません。
例えば、「そう言う人間がいる事が自分の世界観に抵触するから都合が悪い」というのであれば、
それは私の主張と同じになってしまいます。
ですから、単に「都合悪い」といっても説明にならないのです。
「どう都合が悪いのか」「私の主張のどこが間違っているのか」という事をきちんと説明なければ
説明にならないと私は言っているのです。
�について詳しく説明してください。

[447] petty_chou 2005/10/23 13:32

>>444
�については「親兄弟が都合がいい」のは

>親兄弟は比較的借金やローンの保証人になってもらい易い
>何かと金をくれる飯を食わせてくれる
>会話によって暇つぶしができるから都合がいい

これ以外に説明はないという事ですね。了解しました。

>この回答の何処がおかしいのですか?

いえ。これですべてならそれはそれでいいです。説明になっていると思います。
ただ、そうなると次のような疑問が湧きます。お答えください。

説明に従うと、公子派さんは
(ア)親兄弟が通り魔に殺された場合、
「遠くにいる親兄弟が『比較的借金やローンの保証人になってもらい易い何かと金をくれる
飯を食わせてくれる会話によって暇つぶしができる』都合のいい存在なのでその人が
居なくなる事が不都合だから怒る」という事になります。

それでは、
(イ)親兄弟が自分で死んだ場合はどうでしょう?
(ウ)親兄弟が無茶をしてその結果死ぬべくして死んだ場合はどうでしょう?
(エ)家出していなくなった場合はどうでしょう?

これらによって被る不都合は同じです。
ローンの保証人になる人を失う不都合、何かと金をくれる飯を食わせてくれる人を失う不都合、
会話によって暇つぶしをする相手を失う不都合、どれも同じです。
不都合が同じだという事は怒りは同じだという事です。
公子派さんは(ア)〜(エ)のどの場合も同じ大きさの怒りを感じるという事です。

(イ)〜(エ)の場合、不都合が起きていますからその不都合に対して怒りが湧く事になりますが
その怒りは誰に対する怒りでしょうか?それは、死んだ親兄弟に対する怒りです。
不都合の直接の原因は親兄弟がいなくなったことですから。

という事は(ア)の場合も、第一義的には、不都合の直接の原因である「殺された親兄弟」に
向かうという事です。
という事は、(A)あなたは親兄弟が殺された時、親兄弟に対して怒るのですか?

もし、そうではなく(B)殺人者に対して怒るなら、親兄弟に向いている怒りが何故殺人者に
向かうのですか?
どのようなメカニズムで親兄弟に対する怒りが殺人者に対する怒りに変わるのでしょうか?

[448] 公子派 2005/10/23 19:21

>>446
>「理由なく人殺しをする人間が居る」事がどう都合が悪いのかが書かれていません

私にとって有益な人間が
理由なく人殺しをする人間によって
殺害される可能性が発生するので
「理由なく人殺しをする人間が居る」事は私にとって都合が悪い

これで良いのかい?

[449] 公子派 2005/10/23 19:50

>>447
>(ア)親兄弟が通り魔に殺された場合〜という事になります。

>>446 の�が抜けている

>(イ)親兄弟が自分で死んだ場合はどうでしょう?

自殺の動機について調べ、今後の参考にする

>(ウ)親兄弟が無茶をしてその結果死ぬべくして死んだ場合はどうでしょう?

残念に思う

>(エ)家出していなくなった場合はどうでしょう?

家出の動機について調べ、今後の参考にする
出来るだけ追跡する

>公子派さんは(ア)〜(エ)のどの場合も同じ大きさの怒りを感じるという事です。

怒りの大きさって何ですか
10怒りとか5怒りとか定量的に判断できるものなのですか
もし怒りの単位が存在するなら
その測定方法を教えてください
そうすれば(ア)〜(エ)のどの場合が怒りが大きいか
正確に序列をつけることができます

>(A)あなたは親兄弟が殺された時、親兄弟に対して怒るのですか?

時と場合による

>(B)殺人者に対して怒るなら
>親兄弟に向いている怒りが何故殺人者に向かうのですか?

時と場合による

[450] petty_chou 2005/10/23 22:15

>>448
私が >>339  で「遠くに住む親兄弟が殺された場合」の怒りについて聞いたのに対して
公子派さんが >>343  で、
>特に理由も無く人殺しをする人間が居るという事は
>私にとって都合が悪いので腹が立ちます
と答え、それに対して私がどう都合が悪いのかと聞いたのですが・・・。その答えが

>私にとって有益な人間が理由なく人殺しをする人間によって
>殺害される可能性が発生するので
>「理由なく人殺しをする人間が居る」事は私にとって都合が悪い

という事ですね。という事は、

公子派さんは、遠くにいる自分の親兄弟が殺害された時に、通り魔殺人が非常に悪い事
だから腹が立つわけではなく、親兄弟が殺されたことを知って、その犯人によって自分に
都合のいい人(誰かは分かりませんが)が殺される可能性が発生するので、それが自分に
とって都合が悪いので腹が立つという事です。

[451] 公子派 2005/10/23 22:25

>>450
その通り
勿論、
親兄弟のような私にとって都合が良い人間が
居なくなったという事は私にとって都合が悪い
という都合の悪さもある

[452] petty_chou 2005/10/23 22:36

>>449
>怒りの大きさって何ですか
>10怒りとか5怒りとか定量的に判断できるものなのですか
>もし怒りの単位が存在するなら
>その測定方法を教えてください
>そうすれば(ア)〜(エ)のどの場合が怒りが大きいか
>正確に序列をつけることができます

>>339  の私の質問
>不都合が怒る理由だとすると、怒りの大きさは不都合の大きさで決まる
>という事でよろしいでしょうか?
に対して、公子派さんは >>343  で
>よろしいです
と答えています。

つまり、公子派さんは
「怒りの大きさは不都合の大きさで決まる」とおっしゃっています。
不都合が大きければ大きいほど怒りは大きいとおっしゃっています。

>>343  のときには「怒りの大きさ」の意味を了解していたのに、ここへ来て
突然、「怒りの大きさが測れるのか」などという事をおっしゃっています。
怒りの大きさに単位などある訳がない事は誰が考えても分かると思いますが
これは「難癖を付ける」という事なのでしょう。
何故そのような事をなさるのかは私にはよく分かりません。

私は公子派さんに(ア)〜(エ)の怒りの大きさに序列をつけてほしいとは
思っていませんし、そんな事は言っていません。
公子派さんのおっしゃる事から導かれる当然の帰結として、
公子派さんが抱く怒りの大きさは(ア)〜(エ)のどれも同じ大きさだという結論を
私は得たという事です。
推論の仕方が間違っているならそれについて説明をください。

[453] 公子派 2005/10/23 23:35

>>452
>何故そのような事をなさるのかは私にはよく分かりません。

怒りの大きさについて詳しく聞きたがっている様だったので
私も正確に怒りの大きさについて評価しようと思い立ったわけです

私は定性的に怒りは不都合の大きさによると言いましたが
やはり個々の事象に対して正確な評価をする為には定量的測定が必要だと思ったのです
そこで貴方に怒りの大きさについての質問をしたのです

>推論の仕方が間違っているならそれについて説明をください。

通り魔や自殺、事故、家出などの事象が
私に及ぼす不都合についての推論が欠けているといえます

�通り魔
理由なく人殺しをする人間が居る事は私にとって都合が悪い

�自殺
その人を自殺に至らしめる言動を私がしていたとしたら
そのような私の言動は私にとって都合が悪い

�事故
事故が起るような環境は私にとって都合が悪い
事故を起こすような奴は私にとって都合が悪い

�家出
私が家出をした人物の責任者であった場合
その人物が家出をする事は私にとって都合が悪い

[454] petty_chou 2005/10/24 19:06

>>449
>>(A)あなたは親兄弟が殺された時、親兄弟に対して怒るのですか?

>時と場合による

どんな時や場合に親兄弟に対して怒るのかご説明願えませんか?

>>(B)殺人者に対して怒るなら
>>親兄弟に向いている怒りが何故殺人者に向かうのですか?

>時と場合による

どんな時や場合に殺人者に対して怒るのかご説明願えませんか?
その場合、親兄弟に向いている怒りが何故殺人者に向かうのですか?

[455] 公子派 2005/10/24 23:45

>>454
>どんな時や場合に親兄弟に対して怒るのかご説明願えませんか?

殺人者の方が殺された親兄弟よりも私にとって有益な人物である場合

私の親が私の妻を殺そうとして
止む無く私の妻が私の親を殺した場合
ただし、私の妻の存在が私にとって不都合である場合
はその限りではない

>どんな時や場合に殺人者に対して怒るのかご説明願えませんか?

殺人者が私にとって無益な存在である場合
殺人者の行動よって生じた不都合に腹が立つ

>親兄弟に向いている怒りが何故殺人者に向かうのですか?

何故、怒りが親兄弟に向いていると断定しているのですか?
貴方は怒りの対象が人物でなくてはならないと考えているのですか?

[456] petty_chou 2005/10/25 19:08

>>455  公子派さん

>>447  の文をよく読んでください。ここの(A)(B)で聞きたかった事は次の点です。

(イ)〜(エ)の場合、親兄弟が居なくなるという不都合が起きていますから
その不都合に対して怒りが湧く事になりますね。
その怒りは誰に対する怒りかと言えば、それは、死んだ親兄弟に対する怒りですね。
何故なら、その不都合を起こした張本人は居なくなってしまった親兄弟だからです。

この親兄弟に対する怒りは、(ア)の場合にも発生します。同じように親兄弟が
いなくなっているからです。不都合が起きているからです。

このときに、この親兄弟に向いている怒りは
(ア)の場合は、(A)そのまま親兄弟に向かうのですか? それとも
          (B)殺人者に向かうのですか?

という事を聞いたのです。ポイントは
「(ア)の場合に、親兄弟が居なくなる不都合に対する怒りは誰に向かうのか?」
そして「その理由は?」って事です。

この場合、「私にとって有益な人間が理由なく人殺しをする人間によって殺害される
可能性が発生するので犯人の存在は私にとって都合が悪い。」という理由で、
すでに、殺人者に対して怒りが湧いているとは思いますが・・・。

>何故、怒りが親兄弟に向いていると断定しているのですか?
>貴方は怒りの対象が人物でなくてはならないと考えているのですか?

では、親兄弟がいなくなった不都合に対する怒りは何を対象にした怒りだとお考えですか?
特に、(イ)〜(エ)の場合(居なくなった責任は親兄弟自身にあるとすれば)、怒りは
何に向かった怒りですか?

[457] 公子派 2005/10/26 22:47

>>456
>すでに、殺人者に対して怒りが湧いているとは思いますが・・・。

その通り
(ア)の場合は(B)になる確立が高い
しかし
殺人者の方が殺された親兄弟よりも私にとって有益な人物である場合
は(A)になるかもしれない

>居なくなった責任は親兄弟自身にあるとすれば

責任の所在を明らかにするのは難しい

例えば
尼崎JR脱線事故の場合
事故を起こした運転手よりも
上司や会社の責任が重いとされている
つまり
事故を起こした当事者よりも
事故を誘発する環境を作った組織の責任を重く見るという場合もアルという事です

もし
”居なくなった責任は親兄弟自身にある”
という考えが私にとって不都合な場合は
”責任は親兄弟自身にない”という考えを受け入れる

>何に向かった怒りですか?

何故、質問に質問で返すのですか?
警察の職務怠慢や自殺を誘発した社会環境などに対して怒りを向ける事も出来ます

[458] 特命 2005/11/03 23:55

誰でも博打で負けたり不運続きな時に愚痴を漏らすことあると思うけど、
この時は無神論者でも神仏らしき対象に向かって言ってる気がする。
少なくとも自分はそうですorz

[459] SumioBaba 2014/05/20 23:44 Zp/PuBexSaV

私は量子力学の「多世界解釈」の立場に立ち、存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、・・・が実在していると想定し、それらを要素とする集合{M}を「神」であると定義します。「神」は、存在し得るすべての心を体験しているという意味で「全知全能」であり、我々人間の心は「神」の分身です。

>>210
>>神がこの世界を作ったとするのならば、なぜこの世に悪が存在するのか?
>>そして、ここに一つの答えがあるとするならそれは何か?
 「神」は、善だけでなく悪も含め、すべての心の状態を体験したいのです。善だけを体験し、悪を体験しないというのであれば、「全知全能」でなくなってしまいますから。

>>274
>全知全能である必要性ということですが、例えば、生れ落ちた直後に命を不慮の事故によって落とした赤ん坊の不平等を一体何を持って納得するか。
>とか、生まれてから人を散々にいたぶってきたのにもかかわらず、優雅に人生を終えようとしている人が存在しているとか。
>神がもしこの世にいて、人間を作ったとして、彼が絶対的な真理として世の中に君臨したいと思うならば、少なくても人間がどうしようもない理不尽に一抹の希望の光を差してあげるのは神の義務では無いのか?
 「神」は「全知全能」で無数の心を体験できるので、思いっきり幸福な人生はもちろん、思いっきり不幸な人生も体験してみたいのです。それらのどれもが「神」の貴重なコレクションなのであり、1つでも欠落すると「神」は「全知全能」でなくなってしまいますから。

>また、この世に存在するあらゆる悪行を赦せと仰せの神は、その悪行によってずたずたにされた人の心をどう取り繕うというのか?
>そして、それが理由で自殺をした人、悪魔を崇拝した人は、果たして本当に赦されるべきではないのか?
 「悪行を赦せと仰せの神」? 「神」はそんな事言っていないと思います。「神」はただただ、すべての心の状態を体験してみたいだけです。

→スレッド【「神」はヒルベルト空間に住む。】
http://thebbs.fc2.com/331842!/

[460] 似非右翼オビツ 2019/12/10 17:13 v2/5usClWEx

舟橋市中山

[461] タンチョウ 2020/01/25 18:21 W5/upc2Wj9R

神は人間に完璧を許さない・・

神の存在を脅かす国はバベルの塔と同じに・・

[462] タンチョウ 2020/01/27 20:55 W5/upc2Wj9R

自然には同じものはない・・

一人一人の思う神がみんな同じだと思えない・・

[463] エセ右翼 ヤフオクオビツ 2020/01/27 21:03 yo/fAU2FO28

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[464] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2020/06/03 01:11 DZ/9k165UlT

[465] 悪魔くん 2020/06/03 15:29 ザ-000,024,885号

てか荒らしてごめんなさいっす。
てか今から自○するので許して下さいっす。
てかこんな低俗な所には二度と来ませんっす。

てかギャーーーーーっ酢。

帝国データーバンクは頭てかてかっ酢

[466] タンチョウ 2020/06/16 20:54 qP/2daRflbX

神は隠れているらしい・・

[467] ふくろう 2020/06/17 13:39 aD/yStA9QYE

神は臨在しておられる

のでは?

[468] タンチョウ 2020/06/17 20:23 qP/2daRflbX

神を愛さなければ知ることが出来ない・・

[469] ふくろう 2020/06/18 07:43 aD/yStA9QYE

知らずして如何に愛する哉?

是、dilemma 也。

[470] タンチョウ 2020/06/18 08:14 La/2daRflbX

無知な人間に愛することは出来ないでしょうか?

[471] ふくろう 2020/06/18 10:29 aD/yStA9QYE

神の存在、神の愛について無知な人に、神を愛することが出来るでしょうか?

[472] タンチョウ 2020/06/18 14:13 La/2daRflbX

信仰は人間の客観を超えているので科学ではありません。

神への思いは賭けだそうですよ・・信じるか信じないかはあなた次第。

[473] ふくろう 2020/06/18 14:29 aD/yStA9QYE

信仰は賭けではありません。

あなたには、パスカルの真意は理解できません。

[474] タンチョウ 2020/06/18 16:04 La/2daRflbX

パスカルさんの賭けには無限小と無限大があり普通の賭けとは大違いなのです・・

[475] タンチョウ 2020/06/22 15:55 La/2daRflbX

神がいないとはどういう状態かというと・・無法地帯とか信じられない世界とかではありませんか・・?

[476] タンチョウ 2020/06/23 17:55 LI/2daRflbX

〇形而上学的な自然神学(理性で解るデカルトの神学)
〇「啓示神学」(心臓に感じられる神)のみを神学とするパスカル

この二人は真空管問題でも対立します。

[477] タンチョウ 2020/06/24 18:30 LI/2daRflbX

天の神が下界に恩恵をたれることを弔いというらしい・・

弔いの無い魂が炎上している・・

[478] 矮鶏ぼ 2020/06/24 21:11 TB/n8b3bnEG

Godを神と翻訳した際に解釈が増えた気がします。
悪魔は純粋な悪神を認めない所だと特に、何らかの「事」そのものも「魔」ですよね。

[479] タンチョウ 2020/06/25 16:00 LI/2daRflbX

>>478
矮鶏ぼさん

日本には神と佛と二通りあります・・

西洋は神は唯一の信仰なのに・・

[480] 地下水 2020/06/26 01:27 LI/P9JJXjky

 僕は、巨大な緑の宇宙船を見上げたり、雲の御神渡りをリアルに見たり。父の目から青い光が出て、不埒な奴が小さくなるのを見たりしたので。物理的にまずあり得ないので、5Gに操られているのか、心理的に変なのか。

[481] タンチョウ 2020/06/26 17:40 LI/2daRflbX

魂に異次元の世界が接触したら危険だと思います。
霊性の在処は自由自在・・

[482] 矮鶏ぼ 2020/06/26 20:16 cp/n8b3bnEG

>>479
>>タンチョウさん
 
確かに仰る通り、日本では神様と佛様とは並列に結ばれる対にも成りますよね、不思議です。
 
エイブラハムの宗教の一神教でも、拝む神様は一柱ですが、他の神様の存在(但し拝まない)を認めて仕舞う多神教である「拝一神教」と云う捉え方も有りますね。
「唯一神教」でも天使やジンとして超常的存在を認めるものから、日本の或る種の古神道の様に、全て一柱の神様の現れ方の違いとする「神去来」と云う捉え方も有りますし、「神様」の線引きと「一如」の線引きの多様性もその解釈を増やす気がします…。

[483] タンチョウ 2020/06/26 20:27 LI/2daRflbX

矮鶏ぼさん

日本は神様にも仏様にも多様性があります・・

しかし西洋は他の神を何故認めないのでしょう?

[484] タンチョウ 2020/06/27 20:35 LI/2daRflbX

神様は人間界に完璧を造らせない・・

[485] マジカルモンキー 2020/06/29 02:02 aL/7Fu3aB8z

メビから顕示欲と承認欲の塊、マジカルモンキー登場。

日本の神の多様性ってのは、日本人の場合、すがれるものならなんでもいいんだよ。
日本の最強の神は、学歴だよね。
日本人は必死こいて勉強しているわけです。

西洋の場合は、必死こいて宗教をしているわけです。

[486] タンチョウ 2020/06/29 16:17 LI/2daRflbX

wikiも時々的を得ている・・

『神』(祀れば恩恵をもたらし、ないがしろにすれば祟るもの)と『霊』(人間が死んだ後に残るとされる霊魂)とは明確に区別されていないといえる。

[487] マジカルモンキー 2020/06/29 18:24 aL/7Fu3aB8z

いや、明確に区別されている。

だって、「神」という文字と「霊」という文字は違うからです。

神ってのは、閃きだとか、曇り空の稲光とか、そのような力を指すと思う。自然発生的な事を指す。天空的な事ですね。

霊というのは、人間由来で、トランス状態で、何かしら霊的な衛星を飛ばす行為、ヒルベルト空間的な事を指すと思う。

ただ共通事項は、「空」的なもんだね。

そうなると、冥府ってのは、神の世界なのか、霊の世界なのか、どっちになるんだろうかという疑問はあるよね。

[488] タンチョウ 2020/06/29 18:50 LI/2daRflbX

もうレスしないでっておっしゃっていたから(・・?

私にレスしているとは思いません・・

[489] マジカルモンキー 2020/06/29 22:23 aL/7Fu3aB8z

スレしているとか、しないとか
タンチョウさんがお決めになればよいですよ。

俺は独り言に近いから。うん。

[490] マジカルモンキー 2020/06/30 01:26 aL/7Fu3aB8z

俺がカキコすると、皆カキコしなくなるな(笑)
じゃ、ドロンするで!

[491] タンチョウ 2020/06/30 15:08 LI/2daRflbX

神は何も足さない。何も引かない。(パスカル)

[492] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2020/06/30 21:34 LI/P9JJXjky

>>491 その言葉の起源はここにあります。

聖書は、聖なる書物というだけでなく、信仰と生活の規範・基準としての「ものさし」であり、この書物から神の言葉を聞き、これに何も足さない、何も引かないようにと定められた書です。

[493] タンチョウ 2020/07/01 15:48 LI/2daRflbX

>>492

聖書の御言葉は聖なる言葉でしょうか?

[494] タンチョウ 2020/07/02 20:23 LI/2daRflbX

人間は神の名前を付けては(うぬぼれては)いけない・・
神にひれ伏した者が幸せそうだ・・

[495] 地下水 2020/07/06 18:41 LI/y8OJ5CWA

>>494 聖書は歴史書です。その意味でも、神聖なのではないでしょうか。

[496] 地下水 2020/07/07 11:37 LI/4n1o1HTu

>>494 主は、石からパンを得る方法を教えたもうた。

 大規模果樹用ロボットも、治水用重機も、量子計算機も、原子炉も、アンチエイジングも、神が教えられたのです。私達は、キリストの体の一部となって、神の御旨を遂行するのみなのです。

[497] タンチョウ 2020/07/07 20:47 LI/DRnGbBqf

>>496

父・子・聖霊そろってこそのキリスト教でしょう・・

理屈を超えた理屈・・

[498] 地下水 2020/07/07 21:42 LI/4n1o1HTu

>>497 み旨の天に行われるごとく地にも行われんことを。

いま天国を造ることです。現世利益です。

[499] タンチョウ 2020/07/08 19:14 LI/2daRflbX

>>498

魂は何処から来て何処へ行くかは考えませんか?

[500] 地下水 2020/07/08 22:32 LI/4n1o1HTu

>>499 はっきりさせておかなければなりませんが、人間は情報で出来ています。

 まず遺伝情報でできています。40億年の生命史で役立った酵素の設計図などでできています。37兆個ある細胞の一つ一つにその情報は刻まれていて、協働して一個の命を動かしています。

 そして脳の情報で出来ています。生活や生活用具や社会生活や、テレビやネットや書籍の情報を学び、記憶し行動して、脳の情報が形成されて行きます。

 外在している自然や世界の情報や、過去に生きた人間の脳が外在化した書籍の情報等を学び、記憶し脳の回路を構成して、内在化して、認識を広めて行きます。

 心ある人は、また後進に有用な情報を書籍などで遺すことでしょう。そして子供を遺す人は、その遺伝子を残すことでしょう。

 

[501] 地下水 2020/07/09 19:19 LI/4n1o1HTu

 僕は、ダマスコやアレッポなどの聖書の古都が次々と破壊されるのを見て、良くない事が起きると思いました。米国民は聖書を忘れているのではないだろうかと。

 そしてコロナが起きたのです。僕は裏でロートシルトが動いたのではないか、と思いました。モーセ五書は共通性が高いです。

 一体全体インドや中国はどの様に動いているのでしょうか。ロートシルトの科学部門はロックフェラーが担っている様です。これに対して仏教はどの様に動いているのでしょうか。

[502] タンチョウ 2020/07/09 19:20 LI/2daRflbX

>>500

無用の用の無がどれほど有効か・・御存知無いでしょう?

[503] 地下水 2020/07/09 19:37 LI/4n1o1HTu

 いつくしみ深き、友なるイエスは、罪科憂いを取り去りたもう。悩み悲しみにしずめる時は、などかは降ろさぬ、負える重荷を。

 そして仏は、温厚で情け深い人。

 この聖歌と仏は同様じゃん。

[504] 地下水 2020/07/09 19:43 LI/4n1o1HTu

楽園を造る温厚な人、仏でありたい。

[505] タンチョウ 2020/07/10 16:52 LI/2daRflbX

バチカンのベテランエクソシスト、ベニーニョ・パリーラ(Benigno Palilla)神父が最近、バチカンラジオでここ数年で悪魔払い「エクソシズム」の依頼が3倍に増えたと語っている。それによれば、現在イタリアで毎年記録される悪魔憑きのケースは50万とされるそうだ。

世の中には解らない世界がいっぱい・・

[506] 地下水 2020/07/10 18:08 LI/4n1o1HTu

>>505  僕は、リアルな速い雲の御神渡りや、緑の巨大なUFOや、父の目から青い光が出て不届き者が小さくなって下がって行ったのを見たので、現実なのかマイクロ波通信の立体画像なのか、判断が付きかねていますが、物理的には説明し難い事ですよね。(^^;;;

[507] タンチョウ 2020/07/10 19:20 LI/2daRflbX

>>506

ツバメや鳩みたいな野鳥や動物を写真に撮ると撮る人がどんな人か解ります・・

撮る人によって全く目の色から目つきから変わります・・

心霊写真も・・写真を撮る人が撮れば・・

[508] 地下水 2020/07/10 19:30 LI/4n1o1HTu

>>507 素直に考えれば、見たものは現実であり、夢ではなく、この世は不可思議なものなのです。

また、心理現象に過ぎないと考えれば、認識を正す為に、更なる科学教育や常識教育が必要である、という事なのです。
 

[509] タンチョウ 2020/07/11 16:07 LI/2daRflbX

>>508

科学とは仮説で成り立っている・・

WiKiでも・・
哲学と自然科学が分業して以降は科学哲学の側がどうしても観念的になり、また、科学を中途半端に理解した議論が野放図に行われる状況である[50]。具体的には、「相対論の実証により、古典力学の正しさは否定された」とか、「土星模型は、電子運の発見で意味をなくした(土星模型で説明のつく問題は土星模型を用いればよく、量子論でも、ハミルトニアンは、クーロンポテンシャルを用いて立てることが多い。)」などといった短絡的で次元が低い理解に基づき、論理の飛躍を繰り返す傾向などがある。また、宗教、オカルトといった、まったく思考様式の異なる問題と、科学との線引きといった、科学者、あるいはそれを目指す人にとっては、直接的には意味のない問題を延々と扱う傾向がある。

[510] 地下水 2020/07/11 18:57 LI/4n1o1HTu

>>509 タンチョウさん、証明された科学は普遍的な真理ですので論拠にしても良いですよ。それでも核拡散や枯れ葉剤やダイオキシンや水俣水銀病やフロンやマイクロプラスチックスによる海洋汚染の様な、非常に危険で不安定な事態になっています。
しかし自然にあるコロナウイルスも航空機の多い今日では直ちにパンデミックに至って危険ですし、自然現象である洪水も地震も津波も台風も、構造物の多い今日では危険です。

[511] タンチョウ 2020/07/11 19:01 LI/2daRflbX

ニュートン力学とアインシュタイン理論はどちらが正しいですか?

[512] 高橋カイン 2020/07/11 19:19 39/bogjkAlH

神ってなんなんや

[513] タンチョウ 2020/07/11 19:35 LI/2daRflbX

神様を本当に信じない人の前には隠れて出てこない(現れない)らしいです・・

[514] 地下水 2020/07/11 23:14 LI/4n1o1HTu

ニュートン力学の基本式はF=maですね。
この発見から世界の変革が始まりました。
Fの力でmを押すと、F/m=aの大きさの加速度で段々速く動いて行く、という意味ですね。これが解明されたわけです。
またv=atです。aの加速度t秒経つと、at=vの大きさの速度になるという意味ですね。
更にその時の運動エネルギーはE=mv^2/2の大きさになるのでした。これはニュートンが開発した積分で求まりますが、簡単にはこれは三角形の面積式です。速度が上がる程、更に速度を上げる為のエネルギーが三角形の斜面を上がる様に増えて行くという意味
です。この事が解明されたのですね。
しかしアインシュタインはそれを含む式を開発しました。
E=mc^2/√(1-(v/c)^2)です。この式をテイラー展開すると、第二項にニュートンの運動エネルギーが出てきます。
第三項にはマックスウェルが予言した、目に見えない電波のエネルギーの式が出てきます。
そして第一項にはあの、mc^2が出て来るのです。
アインシュタインの式の意味は、非常に小さいmがエネルギーEに崩壊した時、膨大な熱量mc^2を出し、非常に速いvで動き、電波も出すという事なのです。
ニュートンはその第二項を発見していただけなのです。
E = mc^2/√(1−(v/c)^2)
=mc^2+mv^2/2+3/8*mv^4/c^2+ ···
=核エネルギー+運動エネルギー+電波エネルギー+ ···
の様に展開されます。これを速度vによるエネルギーの次元展開といいます。
アインシュタインは、ニュートンが見つけた運動エネルギーと、マクスウェルが予言した電波エネルギーと、キュリー夫人が見つけていた放射性物質の核エネルギーとをまとめたのです。
そして非常に小さなmがEに崩壊する時は、これらが全部出る事を示しました。
更に高次のエネルギーが存在する事を予言しています。しかし超弦理論の微小限界で存在には限りがあります。
今日では、電子などの非常に小さなmを高速で振動させて、電波エネルギーを得る事に用いられています。
この式はもっと深い意味があり、移行して整理すると、
(mc^2/E)^2+(v/c)^2=1
の様に、円になる事を示しています。
ですからニュートン力学はアインシュタインに含まれるのであって、その一部であり矛盾は無いのです。二律背反でも無いのです。この様に、一見短絡的に見れば別々に思える物も別々では無いのです。
短絡的に見れば岩石地球から人間の様な生き物が生れたのは不思議ですが、科学が解き明かすと道理があり、石から人も生まれるのです。
神は、その石からもアブラハムの子孫をお生みになられます。しかし神を試してはいけないのです。

[515] 地下水 2020/07/12 09:25 LI/4n1o1HTu

>>511 それでですね、アインシュタインが予言している高次のエネルギーは、重力子や量子もつれやダークエネルギーであるのではないかと思うわけです。

[516] タンチョウ 2020/07/12 18:31 LI/2daRflbX

最近低い山の頂上付近の雲が地面の近くまで降りてくるようになりました・・

これは何が変化したのでしょうか?

[517] タンチョウ 2020/07/14 17:48 LI/2daRflbX

神に近すぎるとひどい目に遭う・・

[518] 地下水 2020/07/14 17:58 LI/tUhqFz21

>>516
下が温かく、上が冷えていると、下から上った湯気が、上で冷やされて降りてきます。
冷えた空気が山から下って来ると、山の木の湯気も下って来るのです。
普通は寒い層はもっと上に合って、雲は上で出来ます。
昔、朝日に照らされて、池の上に百本の十メートルほどの赤いロウソクが立ち並んでいる様に、ベナールの安定対流が立っているのを見ました。
これも下が温かで上が寒い時に出来ます。
美味しく御飯が炊けた時に、等間隔に穴が、安定対流の跡として残ります。
お味噌汁を丁度の温度で温めた時も、等間隔に安定対流が見られます。

[519] タンチョウ 2020/07/14 18:17 LI/2daRflbX

>>518

下が温かい・・正に温泉地大分がそうです。

大分県は年中霧です。地盤がマグマ温泉だからです。

我が地区も地盤が熱くなってきたのでしょうか?

マグマの温度が・・

[520] 地下水 2020/07/14 18:29 LI/tUhqFz21

>>519
あー、別府の温泉巡りに行きたいな。
湯布院も行きたいなあ。

[521] タンチョウ 2020/07/14 18:45 LI/2daRflbX

>>520

大地震の前兆でしょう・・

地盤の温度の変化です・・

[522] タンチョウ 2020/07/15 19:06 LI/2daRflbX

神様が現れる人と

神様が隠れる人と

心の持ちようが反対・・

[523] タンチョウ 2020/07/15 19:55 LI/2daRflbX

人生において一回だけ神(超越者)との対話があるらしい・・

[525] タンチョウ 2020/07/18 19:25 LI/2daRflbX

神の世界がどれほど怖ろしいか・・

小学校の修学旅行・・原爆資料館とキリスト殉教雲仙地獄の殺され方・・

地獄だけには行きたくありません・・脳裏に焼き付く残酷場面閲覧注意修学旅行長崎・・

[526] タンチョウ 2020/07/19 17:41 Gx/2daRflbX

宇宙の始めは完全な無でない不完全な無だった神が存在できる不完全な無だった・・

[527] タンチョウ 2020/07/20 17:16 Gx/2daRflbX

神の測り知れぬ善意にもかかわらず人間は欺く・・人間の本性が精神と身体とどっちつかずの中途半端な合成だから・・

[528] タンチョウ 2020/07/22 16:37 Gx/2daRflbX

神の思し召しとは運命とは人智を超えているという事・・

天に己の運を任せてはいけない・・

[529] タンチョウ 2020/07/28 20:48 PQ/2daRflbX

哲学は老婆心に似ている・・余計な心配かもしれない・・

[530] タンチョウ 2020/07/29 20:22 PQ/2daRflbX

神は目に見える能力を与える・・

神は目に見えない賜物を与える・・

二通り・・

[531] タンチョウ 2020/07/31 16:29 PQ/2daRflbX

お金が好きな人は悪魔に魂を売っていると思う・・

[532] 地下水 2020/07/31 16:40 PQ/fNa8gtzd

>>531
なんでー。お金があれば、美味しい鰻がたべられるやん。

[533] タンチョウ 2020/07/31 17:00 PQ/2daRflbX

>>532

【清貧】
無理に富を求めようとはせず、行いが清らかで貧しい生活に安んじていること。

[534] 地下水 2020/07/31 17:14 PQ/fNa8gtzd

>>533
えーん。僕はふわっふわのトロトロの鰻を錦糸玉子と食べたいんやー。

別に、御揚げさんと衣かけうどん、のフワフワでも美味しいけど。

[535] 地下水 2020/07/31 17:24 PQ/fNa8gtzd

>>533
僕の昔の学友は、SNSで話してると、ゴルフ行って、ホテルで飯食って、祇園で芸者上げて、海外旅行に行っとるぞ。
ハイソは違うわ。
労働者は恥ずかしいて、同窓会に行く気が出えへん。

[536] タンチョウ 2020/07/31 17:25 PQ/2daRflbX

>>534

その一口がブタのもと・・

哲学者なら・・満足した豚より、不満足なソクラテス!

[537] タンチョウ 2020/07/31 17:30 PQ/2daRflbX

>>535

成金のような生活は三代続きません・・

[538] 地下水 2020/07/31 17:51 PQ/fNa8gtzd

>>537
僕は生き物や。ええもん食いたい。
植物園に散歩に行きたい。足があるから動かしたい。目があるから散策したい。
スーパー銭湯の気持ちええジェットバスに入浴したい。
店に張り付いて客待って出られへん。
合間にパソコンで駄弁って、検索して調べて、音楽聴いて、京都散歩や花のユーチューブ見て。二次データーばかりやのうて、一次データーにアクセスしたい。

[539] タンチョウ 2020/07/31 17:53 PQ/2daRflbX

京都の土地成金に養子に行かれた叔父さんは一度も働くこと無く認知症で成仏されました・・京都も多くは代々続きません・・

[540] タンチョウ 2020/07/31 18:01 PQ/2daRflbX

京都は博士号の独身の方も多いですよ・・

[541] タンチョウ 2020/07/31 18:10 PQ/2daRflbX

苦労人の街で青春するような人は怖いお兄さんの餌食でしょう・・

[542] 地下水 2020/07/31 19:03 PQ/fNa8gtzd

アーべ マリーア グラーティア プレーナ 
ドゥーウ ミノス テーエカム 
ベーネディーイク タトゥ
エ ムーリエー リーブゥス
べーネディクトゥス フラークトゥス
フラークタス ベントゥリーイス キーエエイイスー
サンクトゥス マリーア サンクトゥス マリーア マリーア
ボーナプロー ノービス ノービスペカ トゥーリブス
ヌンケイッオーラ ミノーオーオ ノービース ノーストレリアーメン アーメン

[543] 地下水 2020/07/31 19:08 PQ/fNa8gtzd

聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな 万軍の神なる主
主の栄光は 天地に満つ 
天のいと高き所に ホザーアナ
ほむべきかな 主の名によりて 来たる者
天のいと高き所に ホザーアナ

[544] 地下水 2020/07/31 19:13 PQ/fNa8gtzd

主よみもとに近づかん 登みちは十字架に
あり友など悲しむべき 主よみもとに近づかん

[545] 地下水 2020/07/31 19:15 PQ/fNa8gtzd

主よ憐れみたまえ 主よ憐れみたまえ 主よ憐れみたまえ
キリストよ憐れみたまえ キリストよ憐れみたまえ キリストよ憐れみたまえ

[546] 地下水 2020/07/31 19:16 PQ/fNa8gtzd

神の子羊 世の罪を除きたもう主よ 我らを憐れみたーまーえー
神の子羊 世の罪を除きたもう主よ 我らに平安を与えたまえ

[547] 地下水 2020/07/31 19:20 PQ/fNa8gtzd

天にまします我らの父よ 願わくばみ名の尊とまれんことを
み国の来たらんことを
み旨の天に行われる如く 地にも行われんことを
我らの日常の糧を 今日我らに与え給え
我らが人に許す如く 我らの罪を許し給え
我らをこころみに引きたまわざれ 我らを悪より救い給え

父と子と聖霊のみ名によりて アーメン

[548] 地下水 2020/07/31 19:27 PQ/fNa8gtzd

憐みのかーみ とぉく来たり給え
我らはみーな むかえまーつらーん 救いのみ子
果てし―無き 旅路を照らーす 世のひーとをー
み国に 導く み救いなれーば

憐みのかーみ とぉく来たり給え
我らはみーな むかえまーつらーん 救いのみ子

  

[549] 地下水 2020/07/31 19:33 PQ/fNa8gtzd

世を去る 友をば かえりみたまえ
死こそは 神への かどでなりせば

[550] タンチョウ 2020/07/31 20:27 PQ/2daRflbX

天国も地獄も知らず輪廻転生・・あぁ解脱したい・・

[551] 地下水 2020/07/31 22:01 PQ/fNa8gtzd

>>550
 タンチョウさんは、仏教や哲学の大学で学ばれたのでしたね。御自分の昔話の整理が心に良いと思いますよ。それが楽しいですよ。僕はそればかりです。

[552] タンチョウ 2020/08/01 12:13 PQ/2daRflbX

地下水さん

私は来世の予習をしています・・

[553] タンチョウ 2020/08/02 18:24 PQ/2daRflbX

有名温泉の所にコロナが少ない・・

温泉とは一番恵まれた所・・なのに地獄の名前がついている・・

[554] タンチョウ 2020/08/05 18:46 PQ/2daRflbX

20年ぶりにバッハの曲をパイプオルガンの音で電子オルガンで弾いたら数年前に引っ越ししてきて路上駐車で迷惑していたお隣が路上駐車をしないようになりました・・♪神の曲バッハ♪・・

[555] タンチョウ 2020/08/06 16:14 PQ/2daRflbX

東京は蟻地獄だと言っていた人がいました・・

神は天国と地獄とその他の世界をお創りになりました・・

[556] タンチョウ 2020/08/12 20:57 4i/2daRflbX

京都の身内は癌で逝去する前に○○が見えたらしい・・

[557] タンチョウ 2020/08/13 19:10 4i/2daRflbX

パスカルさんの心の底から神を信じる宗教体験と反対にデカルトさんの宗教体験は非人格性で異形であったらしい・・

[558] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2020/08/14 11:28 4i/55KERTER

>>557
デカルト座標は、四角い農地を造ったり家を建てるのにちょうど解り易くて良いよね。
衣食住に良い座標だな。

[559] タンチョウ 2020/08/14 16:10 4i/2daRflbX

>>558

デカルトさんも天才だったのですね・・

[560] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2020/08/14 16:24 4i/55KERTER

>>559
神なんかいるわけねえのに、バカじゃないの。

[561] タンチョウ 2020/08/14 18:04 4i/2daRflbX

>>560

神は隠れた神である。人間の自然性の堕落以来、神は人間を盲目のうちに棄て置いた。

ところが神が現れようと欲したのは、そのような仕方でなく、柔和な来臨においてであった。
というのも、かくも多くの人々が神の寛大さに値しないものとなっているので、神は彼らの欲しない善は欠如のまま、その中に彼らを放っておこうとした。

それゆえ、神が明らかに神的な仕方で、すべての人を絶対的に納得させうるような仕方で、現れるのは正しい事では無かった。

しかし、神が、心から神を求めている人々にも認知されえないほど隠れた仕方で、来るのも正しい事では無かった。
神は、そのような人々には、神自身を知らせようと欲した。

・・・デカルト・パスカルより抜粋・・

[562] 地下水 2020/08/14 21:45 4i/55KERTER

>>561
嘘ばっか。

[563] 地下水 2020/08/14 22:46 4i/55KERTER

地球があって。
人間がいて。
科学があるだけ。

他は真空の死の宇宙空間。

地球の表面に僅かな淡水があり。
僅かな緑が育っており。
僅かな動物がおり。
僅かな知性である、人間がいる。

[564] タンチョウ 2020/08/15 16:24 4i/2daRflbX

>>562

地下水さんの前には神は現れますか?

[565] タンチョウ 2020/08/17 18:02 4i/2daRflbX

神の国に行けないのは『南無観世音菩薩』という言葉が送り火の時降りてきたせい・・

[566] タンチョウ 2020/08/17 18:03 4i/2daRflbX

南無観世音大菩薩という言葉です・・その頃この言葉の意味を知りませんでした。

[567] タンチョウ 2020/08/21 18:17 dR/2daRflbX

神性は数的な一では無い。
数的な一と或る全体の統一とは、それらを見考える或る全体であってそれ自体が一ではない。

意識、自己意識及び人格は統一であるが対象としては論理的に適切に思惟されない統一である。

統一しつつの超越は遠くに感じる守護神を一とし神性は啓示する様にも見えるが端的に隠されたまま・・

[568] タンチョウ 2020/08/24 19:15 dR/2daRflbX

自然現象などの信仰や畏怖の対象である。「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言う場合の「八百万」(やおよろず)は、数が多いことの例えである。

神々は祖霊信仰を淵源として人と同じような姿や人格を有する記紀神話に見られるような「人格神」であり、現世の人間に恩恵を与える「守護神」であるが、祟る性格も持っている。
祟るからこそ、神は畏れられたのである。神道の神は、この祟りと密接な関係にある。

[569] タンチョウ 2020/08/29 19:09 dR/2daRflbX

理性では解らない不思議な力・・神秘・・

[570] 地下水 2020/09/03 23:38 9d/TpvvYk9D

>>569
僕はね、中村哲先生が撃ち殺されたので、神が御怒りになって、コロナでパンデミックを起こされたのだと妄想するよ。
理不尽な事も、不条理な事もあるんだねえ。

[571] タンチョウ 2020/09/05 16:35 9d/2daRflbX

>>570

悪人だからとか善人だからとかで殺されるのではないのでしょう・・

一線を越えたら命が危険な場所と言うものに足を踏み入れたものは殺されるのです・・

[572] タンチョウ 2020/09/08 20:06 9d/GAGilXIy

聖書の中には相反する真理が驚くべき秩序において共存している。

その一方を容認することが他方を排除すると思い込む所に異論が生じる・・

神が傲慢の種子が異端になるのを封じようとしたから・・

[573] タンチョウ 2020/09/10 16:48 b4/GAGilXIy

神は単一では無い・・

[574] タンチョウ 2020/09/13 20:57 b4/GAGilXIy

形而上学は・・神の暗号を読み解かなければならないらしい・・神は隠されている・・

[575] 地下水 2020/09/13 22:33 b4/wAoYp2on

人間は大きな地球に生かされている。人間は地球の揺り籠が生み出した。
地球は更に大きな太陽に照らされている。太陽の光に感応する葉緑素が生み出された。そこには不思議な宇宙の法則が働いた。命の法則が生み出された。
葉緑素の酸素は海を綺麗にした。海の毒である重金属を酸化沈殿した。またその酸素は空に上りオゾンとなり紫外線を防いで癌化から命を守った。葉緑素は地球環境を和らげた。
そして葉緑素は光を捉える目に進化した。目を持った人の手は人工衛星の目を作り出し母なる地球の姿を捉えた。無限の宇宙の姿を捉えた。
人の手は顕微鏡の目も作り出して疫病神の病原菌を捉え対処した。
人は神の法則を捉えたのだ。

[576] タンチョウ 2020/09/14 16:13 b4/GAGilXIy

>>575

一般知識以上の物を考えるのが哲学です。

[577] 地下水 2020/09/14 19:27 b4/wAoYp2on

岩石地球に日光が当たると、ポルフィリン構造が出来て、中心にマグネシウムが配位し、光を受けとめる葉緑素が出来た。

何で地球に日光が当たるだけで、11億年経つと光の受容体が出来てくるのか。

海水に光を当てて11億年経つと光の受容体が出来た。

水に光をあてると緑ができた。悠久の時は全く不思議な変化をもたらす。

[578] タンチョウ 2020/09/14 20:23 b4/GAGilXIy

カントさんは自然に対する感受性の中に善良な心の微表を見ました・・

言葉の無い自然は無目標性によって無力であり語りかけてくれないので霊性の本質ではないらしい・・

[579] 地下水 2020/09/14 20:34 b4/wAoYp2on

熔けた地球が冷めて海水ができ日光があたり葉緑素ができた。11億年経っていた。そして35億年経つと人間ができた。

熔けた岩石地球が46億年経つと人間ができた。人体内には37兆個の細胞が協働して一個の意識を生かしている。

岩石地球に日光が照らし46億年経つと飛行機ができた。

途中を飛ばすと摩訶不思議であり、神かと錯覚する。しかし事実であり順序だてて科学で説明できるのである。

[580] タンチョウ 2020/09/17 16:20 b4/GAGilXIy

小さな地球の人間の文明は神には敵わないでしょうか?

[581] 地下水 2020/09/17 21:43 b4/wAoYp2on

神なんて居ませんよ。
宇宙には強力な太陽やブラックホールが沢山ありますが、下らない物です。
地球の表面の生環境が多様で素敵なのです。その中でも人間の文化や音楽や美術や書籍や科学が最高の物なのです。
強ければ良いと言うわけでは無いのです。

桃やココヤシや苺やブルーベリーやバナナや二十世紀梨やイチジクやメロンや、素敵な果物がいっぱいありますが、宇宙には無いですよね。それらの作物を育てられる文化や文明が素敵なのですよ。

地球くらいが丁度良くて最高なのです。
人間くらいが最高なのです。

[582] タンチョウ 2020/09/18 15:17 b4/GAGilXIy

人間が定義できない摩訶不思議を神と呼ぶのです・・

地下水さんは不思議なことは無く何でも解るのですか?

[583] 地下水 2020/09/18 15:39 b4/wAoYp2on

手品は不思議ですが神ではないです。
科学的な手品も不思議ですが神ではないです。
摩訶不思議に見えても科学的手品に騙されているだけです。
認識力がボケたら神などと短絡して言いだすのです。

[584] タンチョウ 2020/09/18 17:06 b4/GAGilXIy

地下水さんは命を神秘と感じないのですね・・

人工知能程度とおなじだと・・

すべてが0と1で表現出来るとでも思われますか?

[585] 地下水 2020/09/18 19:02 b4/wAoYp2on

>>584
論理の全てを順序回路の形で表現するのは理想的ですね。そうすれば様々な理解と制御が高速で可能になります。

実際は量子もつれや量子テレポーテーションが存在します。宇宙の実体の法則は神秘的なのです。そこからループ型光量子計算機の製作も始まっており、更に桁違いに高速で省電力な理解と制御が可能になります。

量子テレポーテーションは恐らく人間の能力を桁違いに超えるでしょう。
超電導や核磁気共鳴や核融合が人間の在り方を超えている様に。

人間の在り方は電気による神経回路で出来ているので、今ある富岳などの電子計算機を超える事はありません。

[586] タンチョウ 2020/09/18 20:06 b4/GAGilXIy

地下水さんにはアンドロイドがお似合いですね・・

1と0で表現する人は人間臭さと言うものが無いのでしょう・・

[587] 地下水 2020/09/18 22:55 b4/wAoYp2on

>>586
タンチョウさんには感謝が足りない。
電気やパソコンやテレビや車やエネルギーや機器に対する感謝が足りないですね。
それらは人を助ける人が良く調べて設計した物なのです。
貴方は文明に対する感謝が足りないのです。
科学の先哲に対する共感が全く足りないのです。

[588] 地下水 2020/09/19 15:44 b4/wAoYp2on

>>586
人間的なものが御望みならば僕はこれが好きでね。

「伝記映画 《ハロー アインシュタイン》 断片的な音声のみ」

https://www.youtube.com/watch?v=LFy6yrZaWM4

[589] タンチョウ 2020/09/19 18:43 b4/GAGilXIy

>>588

日本語の声優がせっかくの名台詞を台無しにしている感じです・・

[590] 地下水 2020/09/19 21:19 b4/wAoYp2on

>>586
1と0での表現を論理和の否定のみで論理の形にしたのはプラグマティズムの哲学者のチャールズ・サンダース・パースのパースの公準です。
その後、分析哲学の哲学者のクワインが、クワイン・マクワスキー法で論理回路を自動化し、ミーリーがミーリー・グラフによって順序回路の設計に寄与しました。
またパースの公準と双対なシェーファーの公準を哲学者のラッセルが『数学の原理』で紹介しました。
今日のパソコンは、これらの哲学者に基づいています。

[591] 地下水 2020/09/19 21:45 b4/wAoYp2on

>>589
これは名優の石坂浩二ですよ。タンチョウさんの感性を疑いますね。

[592] タンチョウ 2020/09/20 19:38 b4/GAGilXIy

>>591

石坂浩二さんは声優や俳優よりコメンテイターのほうに才能が有ると思います・・

[593] タンチョウ 2020/09/23 16:37 yk/GAGilXIy

パスカルさんもヤスパースさんも神は隠されていると述べられています。
神の思索にによって、神の存在は却って疑わしくなるらしい。
宗教団体を建設することは多くの場合人間の根源的な神的関係の喪失に陥るらしい・・

祈りは類い稀に神の応答が聞かれる。能動的な厳しく鋭い哲学的な瞑想と混同してはならない。
祈りは魔術につながる不純さがあったりもする・・

[594] 帝国データーバンク 2020/09/24 09:40 PG/xfJqAJ6p

>>593
>>590

パスカルもラスカルも糞もないプラグマティズムもトランプもどうでも良いのだ。

誰が何を言ったかは重要ではないのだよ、そんなことは本やネットを読めば誰でもわかる、それでお前はどう思ったかが重要なのだ。

お前らは持論が不足し過ぎている、持論には様々な先駆者の論や自分自身の経験など様々な要素の組み合わせで出来上がる。

そこに、誰が何を言ったかなどは既に関係ないのだよ、既にそれは自分の論なのだ。

[595] 帝国データーバンク 2020/09/24 09:43 PG/xfJqAJ6p

自分の言葉で話すが良い。

[596] 地下水 2020/09/24 13:19 yk/wAoYp2on

>>595
例えば、僕が完全に独自に見つけたものの一つには、結び目があります。
最も単純で最も複雑な図形を考えて見つけました。
そのある並びを考えて、自然数の分割を見つけました。
その分割の数が相対論のエネルギーのマクローリン展開の係数を構成する事を見つけました。
そして多重の合成関数のマクローリン展開の係数を算出する、多重の分割の数式を構成しました。
また多くの約数をもつ合成数を速く計算する為に、その素因数に自然数の分割の数を応用しました。

[597] タンチョウ 2020/09/24 16:06 yk/GAGilXIy

>>595

点数でもお付けになっていらっしゃるのでしょうか?

真理はそれが誰の言葉でも真理です・・

[598] タンチョウ 2020/09/25 19:17 yk/GAGilXIy

神に愛されると早死にする・・憎まれっ子世にはばかる (筋が通っている)

[599] https://thebbs.fc2.com/thread/36 2020/09/26 13:34 oh/zr2wHuVq

https://youtu.be/lKbZDJYTmXk 

神について

[600] https://thebbs.fc2.com/thread/36 2020/09/26 13:59 oh/zr2wHuVq

神のスレもう1つあったよな。重複おおい。

[601] https://thebbs.fc2.com/thread/36 2020/09/26 14:01 oh/zr2wHuVq

https://thebbs.fc2.com/thread/280939/?l=20 もう1つ神についてのスレ

[602] タンチョウ 2020/09/26 14:16 yk/GAGilXIy

トラップ?

[603] 2020/09/26 20:25 oh/hsDrnoFd

あの世はあるよ。  

まっ暗闇の中 監獄か棺の中のような狭い場所で、1人で1000年くらいひたすら過ごすんだよ。腹は空腹状態だけど死ねない。もう死んでるから。

ネット、ゲーム、本、テレビ、当然なし。 

最悪だろ?

でも嘘だから安心しな。

[604] タンチョウ 2020/09/26 20:38 yk/GAGilXIy

図書館で自殺したら500年暗闇に閉じ込められると書いてある本がありました・・

[605] 地下水 2020/09/27 17:23 yk/AZeUGMiF

>>604
嘘や、法螺吹きや、ボケや、認知症と付き合っても、害があるだけ。

本当の話が大切です。
本当の話しの根本を調べた、普遍的な法則が大切なのです。
その法則から現在を理解したり、組み直す事が大切です。

嘘に付き合ってられない、人生は短いのですよ。
戒律にも、嘘をついてはならない、妄言を言ってはならない、とあります。
電子の速さで情報が世界を巡る時代ですから、嘘や妄言は、害が大きいのです。
そして、法則や真理は、益が大きいのです。

[606] タンチョウ 2020/09/27 17:45 yk/GAGilXIy

>>605

ご自身が確証の無い本の内容にいちいちケチつけて・・

私は排除しないけどきまぐれさんからあんなに嫌われてレスしないでって言われたこと忘れていらっしゃいませんか?

記憶力が衰えていらっしゃるようですね・・地下水さん・・

[607] タンチョウ 2020/09/29 16:01 yk/GAGilXIy

小説は嘘でしか語れない真実があります・・

話半分・・事実は話の半分程度だ、つまり話された事には半分ぐらいの誇張・うそがあると思えという意。

何が本質か見抜く力を養うには多くを見聞したほうが・・

[608] 地下水 2020/09/29 22:47 yk/AZeUGMiF

>>607
下らん。下らんものに関わり合ってる命はない。

真実一如の、大学の講義を忘れたのか。

[609] タンチョウ 2020/09/30 16:20 yk/GAGilXIy

>>608

大学の先生たちは手練手管の世渡り上手ですよ・・

[610] 地下水 2020/09/30 17:25 yk/AZeUGMiF

>>609
またそういうホラを吹く。

お前、態度悪いぞ。

[611] タンチョウ 2020/09/30 17:33 yk/GAGilXIy

>>610

大学に残る人は貢がせ上手・・

私の一年の時のクラスの担任の先生は看護師の奥様に養ってもらって院を出られました・・

[612] 地下水 2020/09/30 17:37 yk/AZeUGMiF

>>611
大学は1年とは言わんだろう。1回生の時かな。何で大学にクラス担任がいるの。大学にクラス担任はいないよ。

[613] タンチョウ 2020/09/30 17:42 yk/GAGilXIy

>>612

私の一回生の時は様々な学科の人がクラス分けされていました・・教養課程です・・

クラスでの授業は総合の授業・語学の授業だけ主に心の授業です・・

[614] 地下水 2020/09/30 17:45 yk/AZeUGMiF

>>613
ちょっとレベルの低い学校だな。

教養だろうが、語学は語学の教授が教えるし、心理学は心理学の教授がおしえてくれたよ。

[615] タンチョウ 2020/09/30 17:49 yk/GAGilXIy

>>614

心の授業は仏教学ですよ・・佛教の灯台・・

語学は京都大学の院卒の講師陣・・

[616] 地下水 2020/09/30 18:16 yk/AZeUGMiF

>>615
心は心理学で学ぶんだよ。仏教は仏教学で学ぶ。心理と仏教は別物だよ。仏教はお葬式とかの勉強だよ。

語学と仏教の教授も別だったでしょ。別に講師でもいいけど。

[617] タンチョウ 2020/09/30 18:27 yk/GAGilXIy

>>616

現実諸科学・・・・物理学・生物学・心理学・精神科学

精神の諸範疇のわずか一部です・・

[618] 地下水 2020/09/30 18:50 yk/AZeUGMiF

>>617
理学は存在するものを調べるわけだけども。
天文、地学、物理、化学、生物、数学、などの科目があるよ。

応用科学には、工学、農学、医学、薬学などがある。

学際的なものに、地理学や人類学がある。

それから人文学と社会学。

[619] タンチョウ 2020/10/30 20:14 BW/GAGilXIy

>>618

根っこは哲学・・

今は枝葉が多く分かれています・・

[620] 地下水 2020/10/30 20:42 BW/e3N0d1nh

>>619
それが違うんだな。自然哲学の他に、自然誌という考え方があるんですよ。とにかくこの世にあるありとあらゆるものをできるだけ忠実に記述しようと言う考え方です。

[621] タンチョウ 2020/10/30 21:16 BW/GAGilXIy

>>620

学問の根っこは『知恵を愛する』以外に何がありますか?

[622] タンチョウ 2020/11/04 19:20 S8/GAGilXIy

そう。だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。

 すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。

賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、失うのものは何もない。

 反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるからである。(byパスカル)

[623] 地下水 2020/11/04 20:58 S8/Mxs9zh21

>>622
神がいるなんて嘘はいかんよ。嘘は人を誤らせる。
しかも神がいるなんて大嘘は、世界中の人の人生を狂わせているんだよ。
神の名の下にテロが起きるんだ。神の名の下に殺人や破壊が正当化されてるんだよ。
神がいるなんて決して許される嘘ではない。

[624] タンチョウ 2020/11/05 15:50 S8/GAGilXIy

>>623

地下水さん・・神がいないに人生をかけますか?

[625] タンチョウ 2020/11/06 19:41 S8/GAGilXIy

隠れた神は審きの神・怒りの神・・そして恩寵の神・慈愛の神でもあらせられますから・・

[626] タンチョウ 2020/11/09 20:40 S8/GAGilXIy

悪魔組だけが神を蔑ろにすると思います・・

[627] 新おまんこ様の季節 2020/11/10 11:05 ザ-000,025,153号

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●●●●●●●●●●●●●●●●不合格●●●●●●●●●●●●●●●●●
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これを見た人は確実に【不合格】です。これをコピペでどこかに1000回貼れば回避できます。
これは本当です。やらないと十年無駄になります.

私も最初は嘘だと思ったんですが、一応コピペしました。それでセンター私大に合格出来ました。
けどコピペしなかった友達がA判定とっていたのに、おちたんです。(慶応合格h.sさん)

俺はもうE判定で記念受験だったんだけど、コピペを10回くらいした途端に過去問が
スラスラ解けるようになって、なんと念願の早稲田に受かりました。(早稲田3学部合格r.kくん)

これを今年のセンター前に見てシカトしたら、センターミスって最悪です。(n.aさん)

コピペをしてから痔が治りました。(早稲田大学教授A氏)

信じられますか?この威力。

[628] タンチョウ 2020/11/10 19:17 S8/GAGilXIy

今日柚子を100個収穫しました・・神のお恵みです・・

ゆずの皮を擦ってお吸い物入れたり柚子風呂にしたり日本人らしい生活をしています・・

柚子風呂はどんな入浴剤よりもっと素晴らしいです・・

[629] タンチョウ 2020/11/10 19:44 S8/GAGilXIy

レモンは植えましたが農薬無しで何千匹もの虫に食べられてしまいました・・やはり農薬が必要・・

柚子は棘があるので少しの消毒だけで鳥も寄り付きません・・綺麗な実です・・

[630] タンチョウ 2020/11/12 20:43 Oi/GAGilXIy

魔除けに持っている般若心経は大覚寺で買いました・・書いた人は同志社大学出身です・・

全宗教に関する魔除け・・

陰陽師の御札の方が効果がありましたが・・

[631] 地下水 2020/11/12 22:13 Oi/LS74m4ql

>>629
コンパニオンプランツとしてナギナタガヤやヘアリーベッチ、トマトの葉の煮だしたスプレーがレモンの防虫に有効ですよ。
https://kajitora.com/lemon-companionplants/

[632] タンチョウ 2020/11/13 16:35 Oh/GAGilXIy

>>631

地下水さん情報ありがとうございます・・

失礼な質問かたじけないですが地下水さんは共通一次試験は何点でしたか?

私と知識がズレていてどれ位か見当が付きません・・

[633] 地下水 2020/11/13 18:33 Oh/LS74m4ql

>>632
タンチョウさんは何点だったのですか?

[634] 地下水 2020/11/13 18:40 Oh/LS74m4ql

>>624
タンチョウは相変わらず丁半バクチが好きだなあ。俺は大嫌いだ。

[635] タンチョウ 2020/11/13 18:41 Oh/GAGilXIy

>>633

同じ試験の年代でしょうか?

私の時は1000点満点の時代・・

私より点数の低かった人が熊本大学文学部合格でした・・

私は理学部で二次試験に泣きました・・

[636] タンチョウ 2020/11/13 18:55 Oh/GAGilXIy

因みにそれより100点低い人が昔で言うスティワーデス(CA)になっています・・

[637] タンチョウ 2020/11/17 18:38 Oh/GAGilXIy

気が利き過ぎる子供は何故早逝するのでしょう?

神の子(精神薄弱児)は・・完璧に守られて生涯幸せそうです・・

少し神の子より利口だと危険な世界にさらされます・・

[638] タンチョウ 2020/11/19 16:09 Oh/GAGilXIy

神の領域に足を踏み入れた人の話は聞いておくべし・・

[639] 地下水 2020/11/19 16:54 x3/SCj2LzJW

>>637
またまたあ、根も葉もない事、垂れ流して、糞婆あ。

[640] タンチョウ 2020/11/19 20:40 Oh/GAGilXIy

>>639

心の中の言葉しか出てこない・・

地下水さんの心は理念のかけらもない心・・

[641] 地下水 2020/11/19 21:56 x3/SCj2LzJW

>>640
「証明されてない事を書くな」、これが理念じゃ、ボケ。

[642] 地下水 2020/11/19 23:35 x3/SCj2LzJW

>>640
進化論は証明されている。
量子論も証明されている。
科学は証明されている。
地球の存在も証明されている。
人間の存在も証明されている。

証明されているからと言って、水爆の様に作ってはいけないものもある。しかしできた物は無くすのが大変で、水爆のある世界を当分の間生き抜く事を考える必要がある。地球環境が破壊されない事が必要だ。

環境保全が人類共通の理念である。
人間が皆んな幸せと言うのが理想だと言うのならば、地球環境の保全の為に人間は少なくなくてはならない事が、英米の生態学者から示されている。人間は二十億人以下に減らなければならないのである。これが厳しい理想である。理想を実現する為には理想的に厳しい制限を守る必要がある。
証明に従って理想が実現されるのであって、野放図に理念を述べれば良いというものでは無い。
現代の人間は半殺しの更に半殺しにしなければ地球は守れない。

クロマグロは養殖にしなければ資源は守れない。賢い人間が理想だと言うならば新鮮な魚の御寿司や刺身が必要であり、養殖の爆増を実現する必要がある。理想を述べるごとに厳しい仕事が増えるのである。

理想を述べる人間には、その証明の為に多くの義務が伴う。タダのホラ吹きや嘘つきは情報混乱の責任をとって、万死に値するのである。

[643] 地下水 2020/11/20 00:31 x3/SCj2LzJW

>>640
お前は現実を直視しろ、このボケが。

[644] 地下水 2020/11/20 00:50 x3/SCj2LzJW

>>640
大切なのは貴方の現実です。

私達人間は何であるのか。
私達人間は今どの様な状態にあるのか。
私達人間には今どの様な事ができるのか。
私達人間は今どの様な事をすべきなのか。
私達人間は将来どの様な状態になるのか。
私達人間は将来どの様な事ができるのか。
私達人間は将来どの様な事をすべきなのか。
私達人間はその将来の為に今から順にどの様な事ができて行くのか。

夢にむかって好きなことを楽しめ。
学び自由にできる事を増やし、奴隷になるな。
同好の士と集い、使命を持ち、求めよ。

[645] タンチョウ 2020/11/20 16:27 x3/GAGilXIy

>>641

『宇宙全体は背景としての二つの無限の方向にわれわれの見えない原理を隠している』

証明されていることなんて大したものはない・・

本当に重要な事=目に見えない現表出来ない真理・・

[646] 地下水 2020/11/20 18:21 x3/SCj2LzJW

>>645
数学の微積や複素積分などでは常に無限小も無限大も使うので大したことない。

パスカルがアホで微積や複素積分を知らなかったので、無限に拘泥してるだけさ。

[647] タンチョウ 2020/11/20 20:58 x3/GAGilXIy

>>646

地下水さんの文章は愛や信仰を嘲笑うような天狗の文章ですね・・

[648] 地下水 2020/11/21 14:53 x3/SCj2LzJW

>>647
まあ、あんたの様な複素積分を知らんアホに言うてもムダやけどね。

[649] タンチョウ 2020/11/21 20:55 x3/GAGilXIy

地下水さんの貧弱な精神が露骨過ぎて(ノД`)・゜・。

[650] タンチョウ 2020/11/23 19:35 x3/GAGilXIy

東京は蟻地獄と言われていて田舎から出て死んで帰って来る人も結構います・・

京都も多数が入れ替わっています・・

地方は廃墟と化し都市部は蟻地獄状態・・

これに南海トラフでは泣きっ面に蜂です・・

どん底に落ちてなお哲学があったら生き延びられます・・来世までの予習が出来ると思います・・

[651] 地下水 2020/11/23 19:44 x3/hf1a91iJ

>>650
別に哲学のスレちゃうし。神のスレやで。まあ神なんて立ちション除けの鳥居マークやけど。

[652] 統合失調症のハーメル45歳#mixi #アメブロ 2022/05/13 04:04 wI/0QmPEWdT

今日も聖恵ちゃんでシコってます。

[653] タンチョウ 2023/01/16 17:25 uZ/Iwn3Jbas

神様に従う天使逆らう悪魔・・

天使と悪魔が同じ場所にいるのに

何故神様はお隠れになっていらっしゃるのか・・

[654] タンチョウ 2023/01/16 19:10 uZ/Iwn3Jbas

>>651

地下水さんの発言は神への冒涜です・・

天罰が地下水さんに今来ているようです・・

神様や仏様に舐めたこと言うと痛い目に遭いますから・・

[655] にゃ 2023/01/16 19:32 ザ-000,026,609号

舐めた?😳

[656] タンチョウ 2023/01/16 20:09 uZ/Iwn3Jbas

飴ちゃんと違いますがな・・

神様舐めたらあかん・・

[657] タンチョウ 2023/01/22 20:05 uZ/Iwn3Jbas

どの国どの組織どの階層にも善人と悪人がいます・・

神様も慈愛の神様もいれば裁きの神様もいれば怒りの神様もいます・・

[658] タンチョウ 2023/01/23 16:32 uZ/Iwn3Jbas

伝達において普遍的言語・・形而上学的実質を持つ言語の客観的に成った直観的な三形式・・

①特殊形態の神話

②或る彼岸の啓示

③神話的な現実

[659] タンチョウ 2023/01/24 20:03 uZ/Iwn3Jbas

祈りは神の隠密性へ押し入る厚かましいことであり、これを人間は極度の孤独と困窮に際して敢えてしかねない・・

これが日々の慣習ならびに形成された習俗となると哲学の手に負えない疑わしい定着である。

[660] タンチョウ 2023/01/25 16:02 uZ/Iwn3Jbas

神様はお隠れになっています・・

隠れた神は審きの神、怒りの神であるのみならず、恩寵の神、慈愛の神でもある。

真理の見地が善の見地・・

神の見地は真理とは違います・・

神を愛さなければ知ることが出来ないらしい・・

[661] タンチョウ 2023/01/28 19:05 uZ/Iwn3Jbas

神様は一年前に私に事故で少しぶつけた夢をお見せになっていらっしゃいました・・

神様が私にお知らせになっていらっしゃったのです・・

今見る夢は崖が崩れていたり古びた街の夢です・・

神様が夢で教えてくださいます・・

[662] タンチョウ 2023/01/31 17:12 uZ/Iwn3Jbas

神様夢で教えてもらえて有難うございます・・

水害とがけ崩れの夢が正夢になりませんように・・

[663] タンチョウ 2023/01/31 20:20 uZ/Iwn3Jbas

慎重に謙虚にしなければ

罰が当たります・・

毎日毎日一日の終わりに反省します・・

皆様もご無事で・・

[664] タンチョウ 2023/01/31 20:21 uZ/Iwn3Jbas

間も無くあの数字でございます・・

にゃさんはどうされますでしょうか?

[665] にゃ 2023/01/31 21:21 ザ-000,026,625号

😆

[666] にゃ 2023/01/31 21:22 ザ-000,026,625号

😲6666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666🌽6666666666666666666666666666666666666666666666666

[667] タンチョウ 2023/01/31 21:32 uZ/Iwn3Jbas

オーメン6〇〇・・呪われた映画の一つでございます・・

[668] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/01/31 22:07 fs/uFreNe2A

気味悪い映画でしたね
あとは13日の金曜日
湖で溺れ死んだ少年がゾンビ化したという
あれは衝撃でした

[669] タンチョウ 2023/02/01 15:53 uZ/Iwn3Jbas

まるで世の中の〇画界は呪われているようです・・

[670] タンチョウ 2023/02/02 20:47 uZ/Iwn3Jbas

7とは人知を超える現象や運・・

6とは人間の人間の二面性・・調和・安定・進歩・発展・健康・幸運・愛情の反面困難・隠されたもの・試練・迷宮

666とは神になれない人間の最高の限界なのです・・

オーメン・・

[671] タンチョウ 2023/02/03 17:04 uZ/Iwn3Jbas

我が家の場所は遠い昔古戦場でした・・

夜戦の夢を見て逃げて逃げて苦しみました・・

清明神社のお札を貼ってからは戦の夢は見ません・・

それでも昨日夜中に薄暗い中で鏡を見たらそこに落ち武者(私)がいました・・

先祖代々の落ち武者そして住んでいる場所は古戦場・・

怨霊になるほどの神様もたまに見かけます・・

[672] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/02/03 19:20 fs/uFreNe2A

陰陽師の御利益は悪霊退散には効果的ですか
悪霊に襲われた時は宇宙の法を念ずるのが良いです

[673] タンチョウ 2023/02/03 20:37 uZ/Iwn3Jbas

守護霊様と魔人(悪霊)様どちらもいるらしいですよ・・

[674] タンチョウ 2023/02/06 20:59 uZ/Iwn3Jbas

日本は・・貧乏神様が増殖しています・・

[675] ด้้้้็็็็็้้้้้็ด้้้้็็็็็้้้้้็ 2023/02/09 04:18 AR/q7jmgTFF

神が善なら世の中になぜ苦しみがあるのか、カルマのようなシステムがあるとして何故そんな苦痛を伴うものを作ったのか 

天国が快適な場所ならなぜ天国にずっと居らずに現世にうまれる必要があるのか

アッラーよ お答え下さい 

神が全知全能で良い存在というのは人間がそう思いたいだけやろうか?

人が暇潰しにアリを潰すように、神も気まぐれで災害やウイルスで人を〆してるのかも 
アリからみたら人間は巨大でアリの想像を絶する力をもつが、やはり完全ではない 

まぁ、こういう悲観的な考え方をするのもまた良くない 

前向きに考える それによって心に光が灯る

[676] ด้้้้็็็็็้้้้้็ด้้้้็็็็็้้้้้็ 2023/02/09 04:24 AR/q7jmgTFF

信仰とは心に光を持つこと。それによって前向きに生きられるなら 

それは宗教でなくても、恋人でも趣味でもいい 

重要なのは心を前向きに保つ何かをもつこと 

それが生であって、命の輝きだな

[677] ด้้้้็็็็็้้้้้็ด้้้้็็็็็้้้้้็ 2023/02/09 04:46 AR/q7jmgTFF

飲酒とか暴飲暴食とかは、いつの世も悪い事とみなされる セックスしすぎとか暴力も 
そういう普遍的な悪はあるんだけど 
人間が本能的に 堕落 を感じるもの 
 
神というのが居るかどうかは別として、人が感動したり神秘体験をしたり、そういった前向きな事を 神 だとか神の導きと形容してるだけって考え方もできる 

[678] タンチョウ 2023/02/09 15:10 uZ/Iwn3Jbas

ヤスパースさんの🔥

人間の根源的な知識欲は・・自分をふり離す我意として・・反抗である。

知識欲における我々の人間存在は既にして『反抗』である。

決然たる反抗の中には帰依や回心の可能性がある・・人間だから・・

[679] タンチョウ 2023/02/10 15:42 uZ/Iwn3Jbas

神様はお隠れになっていらっしゃいます・・

神を知ったものが愛する心を持つのか?

愛する心を持つ者が神を知るのか?

[680] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/02/12 22:53 3v/6n71rPNG

どこの宇宙人も神という言葉を使うようです
アンドロメダ人と遭遇した人がいたなあ

[681] タンチョウ 2023/02/13 17:12 uZ/Iwn3Jbas

宇宙のことを考えると発〇します・・_| ̄|○・・

[682] タンチョウ 2023/02/13 19:24 uZ/Iwn3Jbas

永遠の命を得た地球人はカプセルロケットで

四方八方に散らばって新生命発見の大航海時代を迎えなければ良いのだけれど・・

[683] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/02/15 18:58 3v/ucFEoztq

地球人がこれからも地球だけに留まることはないでしょう
必ず宇宙航行時代はくる
異星で生命の創造を行うのです

[684] タンチョウ 2023/02/15 20:08 5I/Iwn3Jbas

宇宙地図が出来るかもしれません・・

宇宙旅行した人が地球に帰ってきたら浦島太郎状態とか・・

[685] タンチョウ 2023/02/19 17:52 5I/Iwn3Jbas

神様にも縄張りがあるのでしょうか・・

相性の良い神様や相性の悪い神様もいらっしゃるとお聞きします・・

[686] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/02/19 19:49 3v/uFreNe2A

天文法華の乱、安土宗論、比叡山の放火
これが法華経三大流血事件なのです
釈迦日蓮は神と言えるのでしょうか

[687] タンチョウ 2023/02/19 20:29 5I/Iwn3Jbas

ほうなん
【法難】
仏法を広めようとしたために迫害を受けること。

「神と仏は水波の隔て」は神と仏は本来同じもので、水と波との関係のように、形だけの違いとの意味である。 日本人の常識では、神と仏の顕著な相違は、人は死ねば仏になるが、神にはなれないことだろう。

らしいです・・

[688] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/02/19 21:14 3v/uFreNe2A

ふむ、水と波ですか
神は宇宙の法とか…AIなども神ですかね
仏は人間の理性や精神活動かな

[689] タンチョウ 2023/02/19 21:46 5I/Iwn3Jbas

人間は光の海に浮いたり沈んだりする泡沫(うたかた)の波・・

[690] タンチョウ 2023/02/20 17:25 5I/Iwn3Jbas

真理と光は同一視される。光を重視したパルメニデスとプラトンの哲学およびそれを受け継いだ形而上学の伝統は〈光の形而上学〉と呼ばれる。

[691] タンチョウ 2023/02/22 17:38 5I/Iwn3Jbas

世界を持たない孤立した神性についての思想は、無の深淵としてわれわれに現れる。

現存在が存在する場合存在する。

[692] タンチョウ 2023/02/23 17:23 5I/Iwn3Jbas

完璧は神様だけ・・

子供三人いれば一人ぐらい育てるのを失敗するけど家の子は全員立派に育ったと自慢していらした旦那さんの奥様が精神病院暮らしに・・

家族全員完璧に育つ家は無い・・

[693] タンチョウ 2023/02/25 18:41 5I/Iwn3Jbas

私が京都の大学時代解脱しようと三日間断食しました・・

私の事を好きだと言った人がクラスに10人位いたらしいのですが

私は人生誰とも付き合ったことが無いまま断食に入って『南無観世音大菩薩』と全く知らない言葉が降ってきました・・

神秘体験が出来るのは男女交際をしたことが無い人に限ると思います・・

無事に生きて帰れたのは男女交際をしなかったからだと思います・・

京都はその頃女の一人旅が多かったです・・

[694] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/02/26 05:24 3v/VYtRb99I

本能寺の変で有名な本能寺ですけど
あれ日蓮宗の寺なんですよね
信長は少々は法華経を信じる心があったようです

[695] タンチョウ 2023/02/26 17:03 5I/Iwn3Jbas

京都は日蓮宗・法華宗も多いですね・・

聞いた話では身内にも本能寺さん関係の門徒さんもいらっしゃいます・・

本能寺は寺の前を通り過ぎたことはあります・・

宮沢賢治さんも浄土真宗から法華経へ・・

[696] タンチョウ 2023/03/01 15:55 5I/Iwn3Jbas

相対して存在する諸々の根源を統一する根拠は

研究不可能な超越者のうちに横たわっている・・

[697] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/04 07:17 3v/uFreNe2A

戦争で大量死してその後人口増加し飽和
人間の歴史はこれの繰り返し

[698] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/04 07:39 3v/uFreNe2A

最近、昆虫食で食料問題解決だの狂ったこと言ってる
人間減らせば解決だろ?
口を減らすことをなぜ考えないのか
人間が愚かだから大洪水されるんだよ

[699] にゃ 2023/03/04 16:14 ザ-000,026,673号

🐙

[700] にゃ 2023/03/04 16:15 ザ-000,026,673号

😲7000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000🦪0000000000000000000000000000000000000000000000000🌽000000000000000000000000000000000000000🤾‍♂️

[701] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/04 18:24 3v/uFreNe2A

戦争の後は性欲が増す
少子化対策が言われているが高齢者が死んでいくわけだから問題なし
これ以上人間増やしてどうするの

[702] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/04 18:27 3v/uFreNe2A

人間に種の保存の危機なんてほとんど来ないのだから

[703] ザビラー 2023/03/05 13:32 BW/HkYMdgCb

反出生主義という日本語が出現したのは 21世紀になってからと。英語では antinatalism というようです

[704] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/05 13:40 3v/uFreNe2A

戦争と平和を繰り返す内に人口調整して争いを避けようとする霊性が目覚めてくるわけです

[705] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/05 13:48 3v/uFreNe2A

戦争は主に男が大量死する
ということはy染色体が少なくなる

[706] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/05 14:11 3v/uFreNe2A

そもそも人間はアヌンナキの金の採掘の奴隷として創られたとか
始めのきっかけはそんなものかもしれない

[707] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/05 14:15 3v/uFreNe2A

人間は動物と違ってクローン技術があるじゃないか

[708] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/11 20:32 3v/cMrNuQpJ

戦争、束の間の平和、人口増加、
そして待ち受けているのは大規模な飢餓

[709] タンチョウ 2023/03/22 17:27 v9/Iwn3Jbas

地上は山あり谷あり・・

天国も地獄もどこにでもあるみたい・・

愛する者は神を知るらしい・・

[710] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/23 20:01 NN/yvIaYB14

やはりタンチョウさんにいろいろ書いて貰わないと
つまんないです😁

[711] タンチョウ 2023/03/23 20:38 v9/Iwn3Jbas

叔母さんの家の電気製品がすぐに壊れてしまうのは心臓の影響だと思いました・・

手術でペースメーカーにされてからも携帯電話を何回も壊していらっしゃいます・・

心臓は電波を出しています・・

逆も真なり・・

電波は心臓を壊します・・ご用心・・

余り感動しないことが大切だと思います・・

動じない心は何も壊しません・・

[712] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/03/27 22:40 NN/yvIaYB14

都会の方では押し入り強盗など凶悪犯罪が多いですね
人間の雑踏には犯罪はつきもののようです

[713] タンチョウ 2023/04/01 21:52 v9/Iwn3Jbas

スピリチュアルなものがありました・・

お骨を燃やす火葬場でただならぬ気配を感じました・・

火葬場は葬儀件数が80件以上・・喪服満員・・

それから帰りの新幹線で三人座席の奥に一人で乗っていた若い女性がパソコンに小説を書いている感じで物凄く強い気を感じました・・

ようやく今4月になったという感じがしてきました・・

人の死を送るお坊さんになった従兄弟2人は50代で逝去しました・・

もう葬式はこりごりです・・_| ̄|○・・

エイプリルフールなのに嘘がつけません・・

[714] タンチョウ 2023/04/08 20:48 v9/Iwn3Jbas

サミュエル・スマイルズが著書「Self-Help」の中で使った「Heaven helps those who help themselves」という文を思想家の中村正直が「西国立志編」で『天は自ら助くる者を助く』

運を天に任せると言っていた優秀な同級生は大学時代に逝去されたらしい・・

やはり主観と客観と両極を身売りしては破滅への道に・・

今までいろんな人を助けてきましたが自分の事を自分で出来ない介護時代が来る人と来ない人の違いは自助努力の違いでしょうか?

[715] タンチョウ 2023/05/03 18:59 6v/Iwn3Jbas

小さい事で苦しむと

小さい事で喜べる

これを芥川龍之介さんは侏儒と蔑まれました・・

芥川さんが間違いだったことに気付きます・・

[716] タンチョウ 2023/05/03 19:03 6v/Iwn3Jbas

蔑む心・辱める心などを持つと神は容赦なく罰を与える・・

裁きの神様もいるから・・

[717] タンチョウ 2023/05/03 20:55 6v/Iwn3Jbas

小さいことで苦しむと

小さいことで喜べる

小粒だけど珠玉です・・

[718] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/03 21:08 AR/EGZOr4QG

観念は観念。観念を築き行動して意味がある。 
所詮口先だけの事は誰でもいえる。 
 
人殺しでも「世界が平和になればいい」と言うことは出来る。考え方は考え方で、そこに行動が伴わなければあまり意味がない。 

貴方はその考えのお陰で具体的になにか得したことはありますか?と問いたい。チマチマ小さい事を言って達観した気になり自分に酔ってるだけだ。 

まぁそれでもいいさ。人生なんて自己満足だからな。 

ただ本当に偉大になりたいなら考え方に行動をのせて評価を得ないと駄目だ。

[719] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/03 21:16 AR/EGZOr4QG

正しいかどうかって事が相対的な要素を含んでいるからな。グチグチいって自分を正しいと思い込むのは独り善がり。 

[720] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/03 21:20 AR/EGZOr4QG

人生は取捨選択。あまり価値のない事を趣味としてるやつはその時点で頭が悪い。オッサンになってテレビゲームしてたり、アニメみてたり、例外はあれ基本的に気持ち悪い人が多い。

[721] タンチョウ 2023/05/03 21:41 6v/Iwn3Jbas

年取ってからアウトプット出来るのは前頭葉に良いらしいです・・

自分を愛せない人が他人に害を与えるらしいです・・

自己嫌悪が悪の根源ではありませんか?

大の大人が少女漫画や少年漫画の傑作を描きますよ・・

アニメは最先端の思想や科学を取り入れています・・

[722] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/05 13:59 9Z/FhDMbQSh

人のことをとやかく言うやつが手本になるようなことしているかと言えば…
自分に甘く他人には辛口文言を浴びせる

[723] タンチョウ 2023/05/05 17:09 6v/Iwn3Jbas

周りの手本になるような先輩も老いて病に苦しまれています・・

反面教師も真の教師もどちらも教師・・

その人から学ぶことが多いです・・

今日は耳鳴りと頭痛がしました・・

地震が酷くなりませんように・・

[724] タンチョウ 2023/05/10 17:42 6v/Iwn3Jbas

お隠れになっていらっしゃる神が現れるとは?

神を愛さない者は神を知らないらしい・・

[725] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/14 17:13 HS/yvIaYB14

ビル街に屎尿を撒き散らすとは

[726] タンチョウ 2023/05/15 16:42 V8/Iwn3Jbas

江戸時代のような観光地とビル街の観光地・・

住んでる人は大迷惑・・

ゴミだらけの観光地には人が暮らさなくなります・・

[727] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/15 19:14 HS/yvIaYB14

観光客が大量にくるということは…
汚れるというのは自明
屎尿がとんでもないことに

[728] タンチョウ 2023/05/15 20:46 V8/Iwn3Jbas

引き揚げ後、ソ連兵に暴行された女性の中絶手術が秘密裏に。「4、5百件」と医師の証言。国も黙認していたようだ〈証言 語り継ぐ戦争〉

満州に渡った女性たちの性被害・・

山口県や福岡県の観光地は地獄の水子たちであふれているのです・・

地元の歴史を知ったら観光する気にはなれません・・

昔から海を渡るとは地獄を見ることなのですね・・

ジャップと叫んでいたスーパーにいた外国人も目的は・・

光強ければ影もまた濃い・・

観光で輝く反面陰が涙涙・・

[729] タンチョウ 2023/05/15 20:53 V8/Iwn3Jbas

観光地には水子の霊が多いのです・・

意味を知らずに京都の化野念仏寺のふもとで買った紙のお人形のモビールが夜中に風も無いのに回りだしたのです・・京都のお墓の見える女性専用アパートで・・

観光したい所はミッキーの国とユニバくらいです・・

他の観光地は戦の無念仏のあとだらけ・・

[730] タンチョウ 2023/05/15 21:00 V8/Iwn3Jbas

四国巡礼の旅をした身内の死に方は最後は皆に看取られて大笑いして逝去されました・・

私はまだまだ巡礼ってどういう意味があるのかも知らない_| ̄|○・・

[731] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/16 16:40 HS/yvIaYB14

熊というのは人間から自然を守っている
守り神のような存在

[732] タンチョウ 2023/05/16 18:12 V8/Iwn3Jbas

人間も力では熊に勝てません・・

何故人間だけには知恵があるのでしょう?

[733] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/16 22:58 HS/yvIaYB14

人間を創造したときに遡ります
アダムとイブが知恵の実を食べてしまった
それだけの理由ですかね

[734] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/16 23:01 HS/yvIaYB14

知的生命体として創造されたならば科学的活動をする使命が託されたといえましょう

[735] タンチョウ 2023/05/17 17:28 V8/Iwn3Jbas

神の実験室・・計画通りにいっていたら悪魔が出来なかったものを・・

計画は失敗する・・

命が滅びるように・・

[736] タンチョウ 2023/05/18 21:00 V8/Iwn3Jbas

お稲荷様の祟りは恐ろしゅうございます・・

[737] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/21 09:44 HS/8PyKHRf1

大地震とペストの流行
楽しみ😎

[738] タンチョウ 2023/05/21 18:21 V8/Iwn3Jbas

人を呪わば穴二つ(ひとを のろわば あな ふたつ)

人を害すると、密かにやったつもりであっても、同じ仕打ちにあうことを覚悟すべきであるということ。転じて、安易に他人を害しようとすることの戒め。

平安期、加持祈祷を生業とした陰陽師は、人を呪殺しようとするとき、呪い返しに遭うことを覚悟し、墓穴を自分の分も含め二つ用意させたことに由来している。

決して他を害することを願ってはいけません!

[739] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/05/23 00:29 HS/yvIaYB14

狂気の戦争からまだ100年も経っていません
人口が増えると平和があと何年続くかと想像してしまいます

[740] タンチョウ 2023/05/23 16:36 V8/Iwn3Jbas

人間は不完全です・・

完成した途端裂け目が入ります・・

神にひれ伏さねば神の怒りが落ちます・・

[741] タンチョウ 2023/06/09 19:52 ek/Iwn3Jbas

仏壇に向かって私は三通り別々の南無〇〇を称えています・・

家族は一通りです・・

分骨って果たして良いものかどうか?

神社にはお正月だけ・・八百万の神様信者・・

どうしたものかと(≧◇≦)

[742] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/11 02:56 2C/J9RsjVXD

神社詣りはたまにやるだけでしょ
日常的にやってたらおかしいです
仏法の信仰心は日常的ですけど

[743] タンチョウ 2023/06/11 16:10 ek/Iwn3Jbas

京都の本家のおばあさまはお経をスラスラお坊さんに合わせて称えていらっしゃいます・・

先祖代々のお墓もお世話が大変ですね・・

[744] タンチョウ 2023/06/12 18:01 ek/Iwn3Jbas

御朱印集めをした方々が死に方がピンピンコロリみたいにあっけない・・

老後は御朱印集めが良いですね・・良い・楽な死に方をするみたいです・・

[745] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/16 20:19 2C/yvIaYB14

仏法の信仰が良いと思いますよ
法華経が良いとされています
苦悩に沈む時は気に入った一節を念じたり

[746] タンチョウ 2023/06/16 20:33 ek/Iwn3Jbas

天台宗の葬儀では、「法華経」を読んで懺悔らしいです・・本尊や唱える経文に特別な定めはありません。臨済宗では、観音経が枕経として用いられることもあります。遺骨を安置する際の法要でも唱えられます。・・らしいです・・

三つとなえる中に南無観世音大菩薩があります・・(観音経)

これは京都で独り修行している時天から降りてきた言葉です・・

[747] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/16 21:29 2C/yvIaYB14

法華経は昔から無内容説が言われてきましたが
実際たいしたことは書かれてない…
方便品が意味深に見えるくらいで
しかし仏陀の甚深の智慧を感じます

[748] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/16 22:17 2C/yvIaYB14

仏の智慧は甚深無量なり
このくだり好きなんですよね

[749] タンチョウ 2023/06/17 16:07 ek/Iwn3Jbas

仏とは物質なのでしょうか?

限定出来ない心霊・・

[750] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/18 06:30 2C/OexdSG5Q

顕本法華宗に惹かれました
方便品は気にかけてなかったのですがなんかいいこと書いてますね

[751] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/18 06:37 2C/OexdSG5Q

仏とは宇宙の究竟の真理や働きだと思います

[752] タンチョウ 2023/06/18 18:12 ek/Iwn3Jbas

突然変異・想定外・・

例外のない世界があるでしょうか?

[753] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/18 20:02 2C/g3btMXtO

例外があったとしてもわずかでしょう

[754] タンチョウ 2023/06/18 20:28 ek/Iwn3Jbas

昔レインボーマンというテレビでダイバダッタの弟子という・・

ダイバダッタさんが仏教を分裂させた人・・

キリスト教も似たような分裂が・・

全ては四分五裂でございます・・

[755] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/18 21:25 2C/g3btMXtO

ダイバダッタについては壮絶な半生が記録されてますね
釈迦から分派していっただけで仏法は何も変わりません
法に依って人に依らざれです

[756] タンチョウ 2023/06/18 21:30 ek/Iwn3Jbas

大学一年生の最初の授業が・・

法とは何か?

仏に成るとはどういうことか?

課題でした・・

[757] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/18 21:40 2C/g3btMXtO

仏とは最高の悟りです

[758] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/18 21:49 2C/yvIaYB14

阿闍世王という悪行を重ねた人もいましたね
後に釈迦に帰依したとか

[759] タンチョウ 2023/06/19 17:04 ek/Iwn3Jbas

悟・・人間の生き方が解る

覚者・・人間の秘密が解る

ただの存在から↑仏に成り上がる・・らしいです・・

[760] タンチョウ 2023/06/20 18:09 ek/Iwn3Jbas

京都に住んでいた時独りで固都税騒動の最中無料拝観運動のお寺をお参りして回った時

お賽銭を入れたので・・

その後もう京都には行かなくてもいいと思っても法要でいつもお参りしています・・

お賽銭を入れるという行為が縁を作ったのでは?

[761] タンチョウ 2023/06/21 17:47 ek/Iwn3Jbas

神が存在するなら

全能の、偏在の、全知の、愛と怒りの、正義と慈悲の神性・・

が表象に成る・・言表されるものは素朴である。

[762] タンチョウ 2023/06/22 17:20 ek/Iwn3Jbas

京都の身内が春に逝去しましたが

その数か月前に娘が遊びに来て帰ってからは

もう血圧の薬も心臓の薬も飲んでないと電話で・・

もうすぐ施設に入れられそうでもう死にたいとこぼしていらしたから・・

毎日電話して春の日電話に出なかったので隣の県の娘さんに電話して見に行ってもらったら脳内出血でポックリ逝去されていました・・

施設にはいっていたら100歳以上まで薬で生きていられたのに・・

もういいねん・・施設に行きとうない・・もう思い残すことは無いねん・・

タンスには旦那さんの棺に入れた御朱印帳とは別の色んな御朱印帳が出て来ました・・

二人とも何の手もかけずにあっけなく逝ってしまわれました・・

よほど施設に行きたくなかったのでしょう・・

施設に行ってらっしゃる母親のお姉さんの叔母さんは姉妹4人泣いて抱き合われました・・

施設は辛いですね・・

[763] タンチョウ 2023/06/22 17:23 ek/Iwn3Jbas

薬を飲まないと老人は死にます・・

施設に寝たきりで年金を子供が使っている人が多いと聞きます・・

今のお年寄りは年金が多いので年金は子供が使ったりとか・・マイナンバーカードで本当に生きているのか確かめるのも良いのかもしれません・・

[764] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/06/24 11:59 2C/b1dCSB55

親の年金をあてにする子供はダメ
親の脛をかじり続けるだけで親孝行とはいえない

[765] タンチョウ 2023/06/24 16:41 ek/Iwn3Jbas

最近親からおねだりされるようになりました・・

近所仲間の話し合いで子供に支払った金額を帳簿につけることが流行っていて・・こんなにお金がかかったと見せられる人が多いです・・

親は呆けなければ子供孝行です・・

[766] タンチョウ 2023/06/26 22:27 ek/Iwn3Jbas

神さえ知っていればいい・・

芥川龍之介さんの傑作『奉教人の死』(ほうきょうにんのし)

この手法(大どんでん返し)がドラマになる最高傑作でした・・

[767] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/07/01 19:52 2C/yvIaYB14

人間は奇跡を信じなければダメですね

[768] タンチョウ 2023/07/01 20:04 ek/Iwn3Jbas

高校三年間担任の先生が三年の時、英語の教科書を使わずオーヘンリー短編集ばかり読まされました・・

オーヘンリー風に言えば

神を信じている時は奇跡が起こらないのに

絶望して神を捨てた時奇跡が起きるんです・・

偉大な人は一般人と逆さまみたいですね・・

[769] タンチョウ 2023/07/09 19:10 ek/Iwn3Jbas

神(超越者)以外の存在はすべて不満足・不完全・・

[770] タンチョウ 2023/07/12 18:20 ek/Iwn3Jbas

一者は一なる世界でも、すべての者にとって一なる真理でもない。

論理学などの一者の妥当、諸統一における超越は一者の形而上学的捕捉による。

何故に一者としての神性はかくも魅力に富み、あたかもそれが他様では全く在り得ないような一種の自明性を持つのか・・

[771] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/07/13 03:25 2C/0WgmJv5m

愛してます。

[772] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/07/13 12:39 2C/sGlopW6C

しかしすべての者にとって真理となる法は必ずあるはずです
宇宙の神なる法が…

[773] タンチョウ 2023/07/13 16:00 ek/Iwn3Jbas

人間の知識は知ってから愛します・・真理の見地が善の見地に立ちます・・

◎人間を超えた神的な事に関しては愛さなければ知ることが出来ないそうです・・

[774] タンチョウ 2023/07/17 20:00 ek/Iwn3Jbas

仏の教え以外は外道・・外側・・

キリスト教の異端は正統派ではない端っこ・・

怖ろしいことでございます・・神はすべてだから・・仏は無視しても神は無視しない・・

[775] タンチョウ 2023/07/30 20:40 Yl/I34zhAkJ

神を覚知できる者も神を規定することは出来ない・・

[776] タンチョウ 2023/07/31 21:02 Yl/I34zhAkJ

呪いの言葉は自分に返ってきます・・

心配しています・・

違和感のある芸能人は皆問題を起こしました・・

何かオーラにあるのです・・

言霊もあります・・

何かと大変な世の中・・

ご無事で( * ˘ཀ˘🙏

[777] にゃ 2023/08/01 21:57 ザ-000,026,834号

😲

[778] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/08/02 18:42 fj/EpYL2yQ2

仏法を信じていきましょう
他に道はありませんから…

[779] タンチョウ 2023/08/02 20:29 Yl/I34zhAkJ

法に拠って

真理を求めたいです・・

法と真理が別々のものでも・・

[780] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/08/02 20:46 fj/EpYL2yQ2

幾何学的真理ですね
例えば余弦定理には神を感じます

[781] タンチョウ 2023/08/03 16:13 Yl/I34zhAkJ

時間には長さと深さがある・・とか・・

魂は光の海・・とか・・

[782] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/08/03 18:53 fj/3Qi12N6M

数式で神の本体を表すことはできるでしょう

[783] タンチョウ 2023/08/03 20:16 Yl/I34zhAkJ

宇宙を外から見ることが出来ますか?

神の一部分しか見えていない者に・・

[784] 名も無きザビラー@ザ掲示板 2023/08/03 20:20 fj/3Qi12N6M

人間も神の化身とすれば
神の意志はわかるようになっているかと

[785] タンチョウ 2023/08/03 20:54 Yl/I34zhAkJ

人間は真理の一断片しか知ることが出来ないそうです・・

断片を集めたら全体像が想像できるかもしれませんけど・・

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